河畔に咲く鮮花  

第四十七輪 思いを馳せて


 ***

「なぁ、俺が頼んでくれたことを調べてくれているか?」
 雪が縁側に座り、庭で畑をしている綾乃に声をかける。綾乃は玉ねぎを採取していて、典子と一緒に籠に詰めていた。
「あんたさ、そんなところで見ていないでちっとは手伝ったらどう?」
「駄目です、綾乃さん。覇王に土いじりなどさせるなど」
 典子がずいっと綾乃に近寄り、雪を庇いたてする。
「はい、はい」
 綾乃が諦めたように気のない返事を返すが、雪は縁側にある草履を引っ掛け、畑へとやってきた。
「楽しそうだから、やってみてもいい」
「え、覇王?」
 典子が慌てるが、雪はその場に腰を下ろし、綾乃の隣りで土をじっと見下ろす。
「おい、綾乃。これ、どうやるんだ?」
 雪が聞いても綾乃はぼうっとしているだけで、手がぴたりと止まってしまっていた。
「おい、俺に見惚れんな」
 びしっと額にデコピンをしてやるが、綾乃は緩慢な動きをしながら手でさするだけだった。
――やっぱ、蘭の方が反応おもしれぇ
 人によって反応が違うことを初めてしった雪は、くすりと笑う。
「な、なに笑っているのよ! 乙女にデコピンなんて、なんて男なの。そんなことされてすっごく嬉しい!……じゃないわ。そんなわけないでしょう」
「は? 何わけわかんないことできーきー騒いでんだよ。早く教えろ」
「あんた……本当に傲慢ね……ああ、弟と似ていてむかつく」
 そういいながら額をさする綾乃の顔は赤色に染まりあがっていた。
「と、とにかく、こうやって玉ねぎを土から出すの。分かった?」
 綾乃がやってみせると、雪はこきこきと首を回しながら、凄い勢いで玉ねぎを取り始める。
「おい、典子、籠貸せ。全部入れろ」
「は、はい、覇王」
 どんどんと積み上げられていく玉ねぎの山を見て、雪は子供のような笑顔を浮かべた。
「これ、おもしれぇな。覇者のくせにこんなことやってんのか? お前って変わってんな」
「あんただって……元覇王のくせに……随分と変わっているわよ」
「そっか? ともはやらねぇだろうが、秀樹なら一緒に楽しんでやると思うぜ」
「ふ、ふーん。それより……あんたの花嫁……だっけ……蘭ちゃんって子……ああ、何で私がそんなこと調べなきゃいけないの……いや、いや……え〜となんだっけ」
 綾乃が不愉快げに顔をしかめて、物思いに耽って蘭のことを思い出そうとする。
「そのぉ……残念だけど……死んだってことになっているわ」
 気が引けるように言う綾乃は顔を曇らせているが、雪はざっと血の気を引かせてぎらりと鋭い瞳を向けた。
「そいつは確かなんだろうな? 俺は信じねぇ」
「そう言われても徳川だって必死で探していたみたいだけど……もう半年近くになるのよ。どこにも生きているという情報を拾えなかったわ。もし、もっと詳しく知りたいなら、弟の健吾に聞いてみて。あいつの方が情報通だから」
「で、健吾はどこにいるんだよ?」
 雪がきょろきょろと辺りを見回すが、健吾の姿はここ数日見えなかった。
「あ〜あいつ、ちょろちょろしているからねぇ。でも、今日は友達を連れて来るって言ってたから、帰ってくるわよ」
「そうか……じゃあ、夕飯の時にでも聞いてみるか」
「あんた、元覇王ってこと健吾は知らないのよ?」
「そこは伏せればいいんだろ? 爆弾事件の時に巻き込まれた下虜を探しているって言えばわからねぇだろ」    
「はいはい、好きにして」
 何を言っても無駄だと思ったのか、綾乃はやれやれと髪を掻き乱し、籠一杯になった玉ねぎを見つめる。
「ねぇ――」
「食事の手伝いはしねぇぞ」
「ちっ……分かったか……結講鋭いわね」
「大丈夫です、私がしっかり働きますからね、綾乃さん」
「典子〜あんたいい子だねぇ。こんなの止めて、うちに仕えなよ。大事にするよ」
 雪がぎろっと一睨みし、綾乃と典子は慌ててそこから退散した。
 太陽が明るく照りつける中で、雪は静かに溜息を吐き出す。
「蘭――死んでいるはずがねぇ……誓っただろ……二人が死を分かつまで一緒にいるって」
 雪は土まみれの拳を胸に当てて、蘭は必ず生きていると――そう信じてぎゅっと目を閉じた。








230

ぽちっと押して応援して下されば、励みになりますm(__)m
↓ ↓ ↓



next/  back

inserted by FC2 system