河畔に咲く鮮花  


 

***


「蘭……手を握って寝ようか」

 情事が終わった後で、長虎に綺麗に体を洗われて部屋に戻ってきた。

 ぐったりとする蘭の髪に何度も長虎が口づけ、手をぎゅっと握ってくる。

「僕を好きになってくれた?」

 艶を含んだ唇が上がり、長虎の顔が間近に迫る。

「そ、その、それは……」

 媚薬を盛られたとはいえ、長虎の上に乗り腰を揺さぶる自分を思い出し口ごもった。

「いいよ、こうやって毎日、好きになるように洗脳するから」

 くすくすと笑って長虎は蘭の手を力強く握り締めた。

「意外に僕は気が長いらしい」

 微笑を浮かべる長虎は何の迷いもなく無邪気に見えて、蘭も思わずくすりと笑ってしまう。

「何だか……変わりましたね。長虎様」

「変えたのは君だよ、蘭」

 長虎が甘えるように擦り寄ってきて、髪の間に顔を埋めてくる。

「子供みたいです……」

 すりすりと頬ずりしてくる長虎は、ふふと楽しそうに笑うだけで一向に止めようとしない。

「長虎様……眠れません……

 困ったと蘭は思うが、それでも長虎は甘えてくる。

「じゃあ、寝なくていいよ。もう一回、スル?」

 長虎が耳元で甘く囁き、意地悪そうに笑った。

「も、もう寝ます!」

「なんだ、残念だな」

 少し不満気に言いながら手を握る力を強めてくる。

「長虎様……少し痛いです」

 長虎の指が食い込み、顔をしかめるが力は弱まらなかった。

「だって……手を放したら今日みたいに離れていきそうだからね……僕はこうして掴まえておくしかない」

 寂しげに漏らす長虎がふっと微笑んで、天井に視線を移していく。

「おかしいだろう……僕がこんな風になるとは。あんなに君を毛嫌いしていたのに」

 会った当初のことを思い出し、蘭は懐かしいと瞳を細めた。

「でも、本当に心を開いて君と接するたびに、不思議と毎日が充実してきたんだよ。父上も楽しそうに笑い、僕は本当に嬉しかった」

 最近では長虎の父の体も回復し、元気になってきた。

 長虎は父を大事にしているので、それは本当に喜ばしいことなのだろう。

「僕と一緒に父上を守ってくれないかい」

 驚くような申し出に蘭はくるりと顔を向けるが、長虎は天井を向いたままだった。

「僕……咲子とは婚約解消したんだ」

 口がはっきりと動き、長虎はそれだけを言う。

 健吾の言っていたことが事実だと知り、蘭は驚きを瞳に刻みつけた。

「何も言わなくていい。君のせいにするつもりはないから……ただくだらなく思えてきただけなんだ」

 一人で喋る長虎はどこか遠くを見る目で続ける。

「政略結婚だったけど……咲子は綺麗だし、これまでの生活は別に何も変わらないと思っていた……だから咲子にも考え直して欲しいって言われてさ」

 蘭が盗み見していた時の会話を思い出し、蘭は何も言えずにいた。

「恋など錯覚なんだと言われて……でも咲子にキスされた時……笑えるほど何も感じなかったんだ」

「え……」

 蘭は思わず驚いて目を丸くしてしまう。

 咲子のキスを受け入れていた長虎がそんなことを考えていたとは。

「何も感情が湧かなかったんだよ……でも、どんな子としても同じだからそんなものだと思っていたんだ……そうだったはずなのに……

 そこで一旦長虎は言葉を途切り、ゆっくりと口を開く。

「蘭とキスした時……不思議と感情が湧いてきた……甘くて……切ない……不思議な感覚だったよ……それでも僕は恋なんて――勘違いだと思っていたけどね」

 長虎は苦笑しながら、話を続けた。

「鬼ごっこをした時……蘭が僕の手から離れていくと思ってした……あの時のキスは悲しかった……辛くて苦くて……切なくて。やっぱり勘違いじゃないってその時思ったよ

 微かに長虎の瞳が揺れ、ぎゅっと手を握る力が強くなる。

「その後に、咲子にされて……僕ははっきりと違いが分かった。咲子とキスしながら蘭のことばかりが頭に浮かんだんだよ

「長虎様……」

「甘くて、切なくて、幸せで、ほろ苦くて――僕にとって全ての気持ちが蘭とのキスに集約されているようだったんだ……」

 そこまで長らく語った長虎はふっと肩の力を抜く。

「恋をするって……こういうことなんだね……蘭……君とのキスは本当に色んな感情を僕に与えてくれる」 

 長虎がちらりとこちらに顔を向け、美しい笑みを向けてきた。 

「君を手にした今日のキスは……身も心も蕩けそうになったよ

 瞳を潤ませる長虎は心からの笑みを浮かべて――

「僕は……本当に今……幸せなんだ……君と……いられて……

 長虎の瞳が何度か瞬き、瞼は重そうに閉じられていく。

「長虎様?」

 ひょいっと顔を覗き込むと、長虎の目は閉じられていた。

「寝たんですか……」

 長虎は健やかな寝息を立て、口元はうっすらと笑みを浮かべていた。

「無邪気な顔して……」

 子供のようだと笑いながら、蘭は繋がれた手を握ったまま静かに目を閉じた。 








 





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