河畔に咲く鮮花  

第四章 四十一輪の花 4:親衛隊と蘭

***
  蘭が長虎の家へ来て数日経った――。
 だいぶん、長虎の嫌味には慣れてきた。
 下虜という身分で見られるより、ペットとして扱われてはいるが。
 反発しても無駄なので、そのままにしている。 
 その間に分かったのは、相変わらず親衛隊の騒ぎが凄いということだ。
 それと長虎の父が病気に伏せり、この別荘で療養していること。
 蘭は長虎の父親の見舞いや御飯を持っていくために、どうしても柵の前を通らなければならない。
――ああ、また今日も親衛隊のみなさんが来ている
 柵の前で長虎を呼ぶ女性達に飽きもしないものだと感心する。
 だけど親衛隊の女性が蘭に対して嫉妬の言葉を投げてくる。
「なによ、あのブスな女は」
「色仕掛けという下品な技を使用したに違いないわ」
――やじが凄い……
 これだけは慣れないものだと溜息を吐き出して、蘭は長虎の父の車椅子を押して、庭を散歩していた。
「最近はね、咳が少なくなってきたんだよ」
 長虎の父は柔らかい笑みを浮かべて、太陽の光をさんさんと浴びていた。
「それは……良かったです」
 食事を変えたせいか、食欲が湧いているおかげか、長虎の父は体調がよい時が多くなっていた。
「あちらに行くのかい?」
 長虎の父が少しだけ戸惑いを見せた。親衛隊が陣取っている前を散策する。
「行きたくはないですけど……通らないと帰れないもので」
――私だって行きたくない
 蘭は覚悟を決めて車椅子を押し庭を散策しながら、部屋へ戻るルートを歩く。
――長虎様がいる……
 柵の前には女性が立ち並び、相変わらず長虎の声援を繰り返していた。
 長虎も長虎で嫌な顔はせずに、優雅に笑っては女性の相手をしていた。
――あんな笑顔を見せてくれたことないんですけど……
 蘭には見せない優しさなのかも知れないが、そのような態度だから女性も勘違いするのではないかとも思う。
 それを言ったところで、山猿の意見など聞きたくもないと言われるだけだ。
 女性関係に関しては文句を言うのは止めておこうと蘭は諦めている。
――騙されてますよ、女性のみなさん。本当はいや〜な人で、嫌味や皮肉を散々言うんです……
 本当は声を大にしていいたいが、そのような勇気はない。
 柵の前を通り過ぎようとした時、女性の荒だった声が聞こえてきた。
「長虎様、あの女を追い出して」
「長虎様の品位が損なわれます!」
――はぁ……いつもの如くだけど
 毎日のように蘭に文句を言う親衛隊の野次も気にせずに、車椅子を平然と押していく。
――ここで過剰に反応しては思う壺だわ
 だが、その何食わぬ態度が気に食わなったのか、今日はいつもと勝手が違っていた。
「生意気なのよ!」
「この屋敷から出て行きなさい!」
 柵の外から蘭に何かが向かって投げられたのだ。
――えっ、何?
 肌に当たった瞬間に、それは割れてどろりと黄色の中身をこぼしていく。
――これって……
 生卵を投げられたと知り、蘭は柵の外の親衛隊に視線を投げた。
 野次を受けながら生卵が次々と投げられてくるが、蘭は長虎の父を守ろうとひざ掛けを頭から被せる。
「ちょっと、止めて下さい! ここには長虎様のお父上も――」
 言い終わらずに生卵が投げられて来て、蘭をどろどろにしていった。
「もうっ、信じられないっ! 生卵を投げるなんて、もったいないじゃない!」
 食をそんな風に扱う娘達が信じられなくて、蘭は体についた黄身や殻を今度は娘達に向かって投げつける。
「や、やだっ、反撃してきたわ」
「髪に卵の殻がつきましてよ、気持ち悪いですわ」
 親衛隊は蘭から投げ返された卵に驚いたのか、騒然とし始める。
「なにをしているんだい!」
 あまりの騒ぎに長虎が駆け寄ってくるが、蘭と親衛隊の姿を見て唖然と口を開いた。
「君……卵だらけじゃないか……」
 卵を被る蘭を見て長虎はそれだけを呟く。
 見たこともない光景だったのだろうが、今の蘭にはそれも目に入っていなかった。
「食べ物を粗末にするなんて、ゆるさなーい! 貴族の娘さんでも、お仕置きしますからねっ!」
――もう、許さないんだからっ
 蘭が黄身を体中につけたまま、柵に突進していくと娘達はその迫力にきゃあっと黄色い悲鳴を上げて、退散していく。
「ぷっ、あっははははは……これは愉快……」
 いつの間にかひざ掛けから顔を出した長虎の父が、豪快に笑って蘭を見つめる。
「こんなに楽しいことはない」
 長虎の父が目尻に溜まる涙を拭い、いつまでも笑い続けた。
「父上がお笑いになった……」
 長虎が楽しそうに笑っている父を見て、泣き出しそうな顔をする。
「あっはははは。おかしいですね……この格好っ……」
 蘭も自分の姿におかしくなると、長虎の父同様に大声で笑い始めた。
「本当に君って人は……呆れる」
 いつまでも笑い合う蘭と父親を見て、長虎はその冷たい顔にうっすらと笑みを浮かべる。
 ようやくそれは大きくなり、澄んだ空の下で三人は豪快に笑い出す。
 それは初めて見せる長虎の心からの笑い声――。
 こんな風に笑えるのだと、蘭は少しだけだが長虎を見る目が変わっていく。
 どうしてか清々しい気持ちになり、今だけは身分の垣根を超えて、心ゆくまで笑いあったのだった。






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