河畔に咲く鮮花  

第三章 三十八輪の花 1:ともと上杉健吾の食事会


 ***

 ともは徳山に命令して、スケジュール調整をしてもらい、上杉家を御三家に迎えるにふさわしいか食事会を開くことにした。
 もちろん上杉家が御三家に入ることは、誰の目から見ても意義を唱えるものはないだろう。
 だが、上杉家の健吾とその姉、綾乃とこれから親交が深まることになれば、二人がどういう性格なのかを見極めなければならない。
 とも一人ではなく、秀樹と義鷹に出席してもらい、気まぐれにも稲穂といちるにも見定めてもらおうと思った。
 稲穂の本多家は徳川に仕える家系であるし、いちるの家は中国・近畿地方では力を持つ名家だ。
 多くの者の考えを取り入れ、意見を交わすのもいい。
 それを秀樹に言うと、初めての民主主義やな、とその案が斬新なことのように言ってのけた。
 考えて見れば、確かにいつもは雪が決めていたし、決定権も雪だけにあった。
 傍若無人ともいえる性格なので、自分が決めたことは一度言ったら曲げない主義でもあったし。 
 その意見に秀樹とともは迷うことなく、ついていっていたというわけだ。
 それは横暴なようだが、意外に雪は先見の明を持っていたらしく、上手くいくことが大半だった。
 抗えない絶対的なカリスマ性を持ち、その先を見通す目で物事を決め、見定めて、いつも一歩も二歩も前に歩いていた。
 こまで物思いに耽っては、ふっとともは苦笑を浮かべる。
 自分は、雪ではない―― 
 だから、自分は自分のやり方で決断し、判断し、意見を求め、最終的に決定を下したらよいのだ。
 そう、雪のやり方では他の者の意見を取り入れないが為に勃発する争いの種にもなるのだから。
 今までもそうして敵を作り、たくさんの傷を負って、恨まれてきた。
――もっと上手くやればいいのに、事を波立たせないやり方はいくらでもあるのに。
 今頃になってそんなことに気がついても、もう雪には忠告することも出来ない。
 ともは一つため息を落として、食事会の時間になるであろう、本宅のダイニングルームへ足を運ぶ。
――みんな揃っている……か
 すでに全員揃って長方形のテーブルについているが、健吾は姉の綾乃に怒られながらも、先に出ていたワインをがぶ飲みしていた。
「豪快な飲みっぷりやなぁ、俺も飲み友達が出来て嬉しいわ」
 空になるグラスにすぐに秀樹がワインを注ぎ、自分も手酌をしては煽るように酒を飲んでいる。ともは呆れながらも、会話に花を咲かせる秀樹と健吾に目を巡らせては、稲穂の隣に自然に腰を下ろした。
 とものグラスに並々とワインが注がれ、みんなが片手に持ち、言葉がかかるのを待っている。
 視線が集まると、ともはここに席を降ろしている一同を見回し、グラスをすっと宙に掲げた。
「急に集まってもらって悪いね。彼は上杉家の健吾と、姉の綾乃さんだよ。今回御三家の一つとして申請してくれてね、まぁ顔合わせみたいなもんだけど」
 秀樹と義鷹は事前にともから聞いていたのか、そう言われても平然としているが、稲穂といちるは驚きを刻み、健吾と綾乃に視線を向ける。
 綾乃は苦笑いしながらグラスを傾けるが、健吾はにやけ顔で、乾杯の音頭もないのにワインをぐいっと飲み干した。
「こらっ、家朝様の許しもないのに勝手に飲まないの!」
 綾乃が健吾からグラスを取り上げて窘めるが、ともは気にしていないと二人を手で制した。
「素のままでいいよ。堅苦しいよりはいいでしょ? さぁ、みんなも食事を堪能して」
 ともがにこりと笑うと各々はちらちらと様子を伺いながら、食事を取り始めた。
 食事が進むに連れ、酒の量も多くなり会話も弾み始めるが、義鷹だけは気もそぞろで会話には参加していない。
 心、ここにあらずと言った義鷹に気がついたのは、ともだけではなく、酒の量が多い健吾もだった。
「それよりも、俺が御三家に入るには、何か手柄を立てなきゃいけないのか?」
 健吾がグラスを傾け唇の片側を吊り上げるが、視線は義鷹に向けられている。
 だがすぐに健吾は視線を外してともに向き直り、何がおかしいのかくっくと肩を揺らして笑っていた。
「あんた、わけわかんないこと言わないでよ。あ、すみません、こいつ馬鹿なんで」
 綾乃がすかさず健吾に肘鉄を食らわすが、ともはワインを一口飲んでふっと微笑する。
「いいよ、別に。どんどん飲んでくれても」 
 ともの笑いはどこか楽しげな響きを含ませていたが、瞳の奥では健吾の真意を推し量ろうとしていた。
「手柄って武勲のこと? 戦国時代じゃないんだし、どうやって手柄を立てるのさ」
 その話がおもしろそうなのか、いちるも会話に交じり、チーズをつまんでは健吾に先を促した。
「もしかして、俺に新しい女の子を何十人も紹介するって手柄かも知れんし……そや、ともの童貞の相手を見繕うってのもありやな」
 秀樹はすでにほろ酔いなのか、顔を赤らめて喜々と瞳を輝かせていた。
 それには稲穂が少しだけ顔を翳らせて俯かせるが、すかさずいちるが肩を抱いて声を荒げる。
「家朝様の相手はこの稲穂がいるから、大丈夫! 必要ないから。ね? それより、ご貴族様の義鷹様の相手はどう? 相当モテるって聞いているけど特定な人が一人もいないって」
「ちょ、ちょっといちる!」
 稲穂が慌てて顔を上げるが、いちるはいいから、いいからと笑い、義鷹に話を振る。   義鷹はグラスをテーブルに置いて、ようやく自分に話題が振られたことを知り、静かに微笑む。
「私はいいのですよ。特に必要とはしてはおりません。それより、いちる姫は好意を持つ
殿方はいらっしゃらないのですか」
 義鷹ににこりと極上に微笑まれ、いちるは顔を紅潮させると視線を逸らしてワインをぐびっと豪快に飲んだ。
「へぇ、貴族の権力者の今川義鷹の女かぁ、その相手を見繕うのも一興かもな」
 健吾がにやりと笑うが、義鷹は柔和な笑みを浮かべてそれ以上は何も答えない。
――義鷹……演技しているのか
ともはそれをじっと見守っていたが、健吾の意見に同意する答えを出す。
「それもいいかもね。義鷹が夢中になる女性を見てみたいよ」
 ともの流し目を受けて、義鷹は始めて綺麗な顔に苦渋の色を浮かべた。
――ほら、もう仮面を崩し始めた
 義鷹の瞳にはどこか動揺を滲ませているが、ともは気にせずに揺さぶりをかける。
「義鷹はいつもそういうことに関しては教えてくれないんだ。秘密主義らしくてさ」
 明らかに顔色が変わり始めた義鷹にともはそう追い討ちをかけるように喋る。
――さあ、どうする?
 義鷹はこの頃、様子がおかしいのを知っている。
 いつも気がついたらいないことが多く、どこに行っているのかも分からない状態だ。
 それを健吾に探らせるのもいいかも知れないとともは密かに笑む。
「じゃあ、俺も一緒に頼むわ〜。いい子を紹介してや」
 秀樹がわざとにおどけて健吾にお願いと手を合わせて頼み込み、場はどんどん義鷹にとって苦しいものに変わってきた。
「そんなに、無理やりに見繕うものじゃないと思うけど。なぁ、稲穂」
 いちるが簡単に女を見繕うと言う言い方が気に入らないのか、稲穂に賛同の意を促した。
「え、ええ。まぁ」
 稲穂は遠慮がちに頷いて、ともに嫌われないような曖昧な答え方をする。
「まぁまぁ、探してきて気に食わなければそれでもいい。でもこの俺様が、今川義鷹殿が夢中になるぐらいの女性を探してきてやるよ」
 健吾が傲慢な態度で言ってのけると、綾乃にまた肘鉄を喰らい、顔を思い切りしかめた。
――義鷹に見合う女……ねぇ
 ともはおもしろそうだとばかりに口元に笑みを浮かべる。
 そのやり取りを見ながら義鷹はいつまでも不満そうに唇を引き結んでいる。
 結局、健吾が女を見繕うという話で、食事会は終わってしまい、その日の顔合わせはお開きとなった。



 




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