河畔に咲く鮮花  

第三章 三十五輪の花 2:蘭と義鷹


 義鷹を見た公人は狼狽したが、すぐさま厳しい表情を刻んで睨みつけてくる。
 そんな殺気にも似た鋭い視線を受けながら、蘭と義鷹は二人にしてくれる時間を志紀から与えてもらう。
 その時間はきっかり一時間というのが約束だ。
 義鷹は壊れものを触るように、蘭の髪につと触れてきた。
「……葉がついているよ、蘭」
 アユリが散々散らした紅葉が、蘭の髪にもくっついたのであろう。後で、説教をしなければと蘭はしかめっ面をする。
 だが優雅で長い指が伸びてきて、蘭は緊張のあまりにアユリのことすら頭から消えた。するりと指は蘭の髪を梳いて、紅い葉を取り払ってくれる。
 

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 その一連の優美さに蘭はどきどきと胸を高鳴らせた。
 やはりご貴族様は、所作の一つ一つが美しい。
 泥だらけで汚い作業服を着た自分が恥ずかしく思う。それでも義鷹は憂いを含んだ瞳で蘭を見つめてきた。
 蘭がどんな姿であっても、まるで意に介していないように。
「もう少し、傍によっていいかい?」
 義鷹が蘭に恐る恐る聞いてくる。蘭は顔を赤らめながら、こくこくと頷いた。
 すっと音もなく義鷹が隣に寄った瞬間に、むせかえるほどの濃い花の香りが蘭の鼻を掠める。
――ああ、この香りは義鷹様のもの。懐かしい
 蘭は香りに包まれて、しばらくの間、酔いしれた。
「蘭……なにも覚えていないのだね……知りたいのかい? 自分の過去のことを」
 義鷹が蘭の記憶に関することを言うので、思わず首を横に振ってしまった。
「どうしてか思い出すことが怖いんです。フラッシュバックが起きて、倒れることもしばしばで……」
 顔を俯かせた蘭の体は、ふわりと義鷹の腕に抱き寄せられた。
 花の芳しい香りが体を包み、蘭は義鷹の胸の中で目を閉じる。
 なぜだか、安心出来る香りと体の暖かみ。
 なのに、義鷹は体を震わせて、蘭を力強く抱き締めた。
「済まない……済まない……蘭……」
 何度もそう謝っては、声を震わせる。
――どうして、義鷹様が謝るの?
 蘭は謝罪の意味が分からずに、義鷹の背中に手を回した。
 そして、優しく何度も震える体を撫でては落ち着かせる。
「……大丈夫です、義鷹様。蘭は、どんなことがあっても義鷹様の味方です」
 そう言うと、義鷹はますます泣き出しそうに声を震わせた。
「……また会いに来てもいいかい?」
 済まなそうな顔をして義鷹は蘭に許しを乞う。
「当り前です、義鷹様」
 元気よく答える蘭に義鷹はようやく表情を緩ませた。
「ありがとう……蘭。しばらくはここで庇護してもらうんだ。いつかお前を自由にしてあげるからね」
 意味深なことを囁き、義鷹はもう一度蘭を抱き締める。
 蘭も久々の再会に喜んで、時間の許す限りに義鷹の胸に顔を埋めていた。
 優しく背中を撫でてあげると、ようやく落ち着いてきたのか、ゆるりと体を離す。
 その顔は焦燥を刻み、悲しげに瞳を揺らせていた。







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