河畔に咲く鮮花
第三章 三十六輪の花 1:御三家候補・上杉健吾編
御三家候補・上杉健吾編
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ともは不機嫌極まりない面持ちで、椅子に腰を深く沈めていた。
本皮張りの高級な椅子は豪奢で質感も良く、とものお気に入りであるが、今は腰掛けていても機嫌が一向に直らない。
すぐ隣には徳山が立って、しきりに髪を撫でつけていた。
ともの機嫌が悪いのを見て取って、落ち着かないのだろう。
「若い、若すぎるな」
そう、目の前の男は突っ立ったままともを見て
前髪が半分左目にかかり、残る右目だけでともを見つめてくる。
身長も高く、体格もがっしりとしている。
一部の隙もなく鍛え上げられた肉体は、服の上からも見て取れるほど、逞しさを誇示していた。
顔立ちも精悍で勇ましい美丈夫である。
鋭い目には楽しそうな好奇を滲ませ、肉感的な唇は片側に吊りあがっていた。
「俺は、
健吾は肩の上で一つに束ね、胸の上までかかる細い髪の毛を鬱陶しそうに後ろに払う。
覇王に初めて面どおりするというのに、健吾はスーツではなく普段着姿で、臆することなく堂々と突っ立っていた。
「……知っているけど、何の用かな?」
ともは椅子のひじかけに肘を乗せて、手首を曲げるとその上に自身の柔らかい頬を預けた。下から舐めるように見上げては、ともより十歳ほど上の健吾を観察する。
上杉家といえばかなりの名家で、多くの領地と商売人や貴族を囲っている。
確か、一、二歳違いの姉がいるとも聞いたことがあるが、かなり我が強い女と噂されていた。
御三家ともつき合いが薄く、反勢力とも距離を取っている。
どこの覇者からも手助けはなく、独立した世界で上杉家はこれまでやってきた。
それが、いまごろ何の用かと、ともは胡散臭そうに健吾を見やる。
「別に俺はどうでもいいんだけどな、親父が勝手に御三家候補に申請したから来たってわけ」
健吾はわざとらしく肩を竦めて、大袈裟に溜息を吐き出した。
それを聞いてともはぴくりと眉を上げて、横目で徳山を見据える。
――徳山、また勝手なことを
徳山はともに軽く睨まれても態度を崩さずに、こほんと一つ咳払いをする。
そして姿勢を正しては、改めて健吾に向き直った。
「今や、織田家は失墜。領土もテロによって爆発され、株も大暴落、依然大きな損失を出しております。復興に徳川家が全力を出しておりますが、この機を狙い反勢力がいつ攻撃してくるか分かりません。そこで……」
「そうそう、そこで織田家の変わりに、上杉家に白羽の矢がむけられたってことだ」
健吾は徳山の説明を遮って、まるで他人事のようにあっけらかんと喋る。ともはそこまで聞いて、はぁと深い溜息を落とした。
「上杉家は全然、御三家や覇王争いにも興味がなかったはずだけど、どういう気?」
ともはけだるそうに健吾を眺めたが、その目は嘘を見破ろうとする強い思いがこめられている。
そう、ともにくだらない嘘は通用しない。
目の前にいる態度の悪い健吾が、どんな人物か押し図ろうとしているのだ。
「退屈だから、ここに出向いただけだ。だけど、気が変わった。少年覇王か――ただの飾りのお坊ちゃんかと思いきや、これはこれは飛んでもないな」
健吾はともに洞察されていることが分かったのか、ふんと鼻を鳴らす。
自分の想像とは違っていたのだろう。冷えた目つきのともを見て、なおも嬉しそうに口元を歪めた。
「俺の退屈を紛らわせてくれるなら、御三家に入ってもいい」
不遜に言い放つ様は、どことなく雪を思い起こし、ともの胸はちくりと痛んだ。
雪と比べて見るが、態度がでかいだけで、繊細な部分はひと欠片も見受けられない。
雪はああ見えて、実は繊細な部分があった。
健吾は裏表がなく悪い奴には見えないが、まだ御三家に組み込むというのは早いかもしれない。
「もう少し、考えさせてくれない? 秀樹とも相談したいし」
ともは少しの間だけ時間をくれと健吾に促す。
「いいぜ、俺もしばらくはこっちに姉ちゃんといるからいつでも連絡してくれ」
そこでともは秀樹も交えて、食事会でも開こうかと思いつく。
義鷹も呼んで、意見を聞くのもいい。
みんなにお披露目して、この健吾という男を見極めさせる。
上杉家を御三家に入れることについては問題はなかった。
ただ、この男が受けいられるかどうかは、秀樹や義鷹に意見を求める方がいい。
ここは慎重にならねばならないと、ともは心の中で思った。
「ねぇ、今度さお姉さんも連れておいでよ。食事会でもしながら、秀樹や義鷹に会わせるからさ」
ともはそう言って、健吾にチャンスを与える。健吾もまんざらでないのか、ニカッと豪快な笑みを浮かべた。
「いいな、じゃあ今度、みんなでご飯でも食べようぜ」
ただの食事会が開かれると勘違いしたように、健吾ははしゃぐと大声を張り上がる。
「よおし、それまで都見物して回ろう」
健吾はともの前にいるのも忘れたように、空中へ目をやってはきらきらと輝かせていた。
それを見て少しだけともは好感を得る。
態度はでかいが、なかなかとおもしろそうな男じゃないか。
「じゃあな、少年覇王様。食事会が決まれば連絡くれ」
健吾はひらりと大きな手を振って、くるりと背を向けた。
そして、どすどすと大股でともの前から去って行く。
その大きな背中を見ながら、ともはいなくなった雪を思い出し、少しばかり切なげに目を細めた。
「あの男は少しだけ思い出しちゃうよ――雪」
誰に言うまでもない呟きは、静かな空間に消えていくだけだった。
徳山もそれに関しては口をはさんでくることはない。
それがともにとっては嬉しい心遣いであった。
「坊ちゃん、予定を立てましょう」
「ああ、それは徳山に任せるよ」
ともはすぐに徳山にスケジュールの調整をするようにいいつけて、自身も椅子から立ち上がる。
まだ今日の公務は終わってはいない。
ともは、疲れた体をこきこきと鳴らしながら、その部屋を出て行った。
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