河畔に咲く鮮花  

第三章 三十輪の花 1:ともの花嫁候補《1》



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「徳山、これなに?」
 ともは、別宅のホールにひしめきあっている女達を見て、秘書の徳山に大きな瞳を巡らせた。
 その目には呆れと苛立ちが浮かべられている。
「まぁまぁまぁ、え〜やん。徳山は色んな覇者や娘達を呼んで、少年覇王の祝賀パーティを催しているんやから。ああ、あの子かわいいな。どこの家の子やろ。あっちもええな。これは迷うなぁ」
 パーティドレスに身を包んだ淑女を見て秀樹は嬉しそうに今日の夜の相手を物色しているようだった。
 もちろん覇者や貴族の子息もいるが、そんなのはただの数合わせにしか過ぎない。
 徳山の腹の底は、ともに花嫁を見つけさせようという魂胆が見え見えであった。    
 それをともはすぐに察知して、くだらないことをと溜息を吐く。
「なぁなぁ、今日はもう一気に二、三人ぐらい相手にして貰うってことで、迎賓ルーム使用してええよな? あそこなら広いし」
 浮かれた秀樹を見て、自分は当事者じゃないから気楽なものだと呆れた目を向けた。
 その視線を感じ取ったのか秀樹は、こほんと一つ咳払いして、お茶目にウインクをしてくる。
「ともも交じる? だったらパーティルームで大乱交ってどうや? あそこ、プールもあるし、バーもあるやん。ああ、それええやん。気に入った子、どんどん呼んでやりまくろ」
 秀樹はいつもの調子でちゃらちゃらと喋っては、その間にもせわしなく目を動かせて、品定めをしていた。
 だが、気乗りしていないともに気がついたのか、秀樹はにやりと意地の悪い笑みを顔に張りつかせる。
「そうか。心配せんでもええ。ともが童貞でも恥じることはない。せやけど、覇王が童貞いうんが、ともは恥ずかしんやな? なるほど、そうやったら俺がリードしてくれる子、見つくろってきたる。な? 心配せんでええ」
 秀樹はとんだ勘違いで、一人で納得しているようだった。
 覇王になったともが童貞で恥をかきたくない。
 そう思って、気が乗らないと思っているようだった。
 ともはもう一度、秀樹に気づかれずに深い溜息を落とす。
 確かに、秀樹はなにも知らない。
 秀樹が蘭に対して無理やり情事に及んだことは、ともは知っている。
 そのネタで蘭がともに脅されて、何度も体を重ねたことは秀樹は知る由もないのだ。
――ああ、蘭おねーさん。最高に良かった。何度も愛し合ったあの夜が忘れられない
 ともは蘭との行為を思い出し、うっとりとした表情を浮かべる。
 初めは脅して無理やりだったけど、蘭おねーさんもあんなに泣き叫んでよがってくれてた。
 最後は愛に応えてくれて、自分を愛してくれた。
 ――そうだよね、蘭おねーさん
 じゃなきゃ、あんなに泣き叫んで、何度も壊れちゃうって言ってくれるわけない。
 それは僕に狂っていた証拠だ。
 あの情事に毎晩耽っていた甘美な夜を思い起こす度に胸が痛む。
 本当に蘭は死んだのであろうか。
 毎日がめまぐるしく忙殺されるような日々を送っていた。
 徳川の当主となった後は、すぐに新生・覇王に名乗りを挙げて、つつがなくその座に就いた。
 本玉寺の件については全て義鷹に一任してある。
 だが、あいつを信じていいのだろうか。
 灰と化した本玉寺には徳川の配下もいた。
 あの革命を起こした明智光明の爆薬によって、多くの者を失った。
 本懐し、遺体を探すのも苦労を強いる。
 わざわざ灰を集めて、DNA鑑定にまでかけているのだ。
 なのに、まだ蘭達の遺体が発見されたとは聞いていない。
 ともの胸にざわりと嫌な予感が波立つ。
 こういうときの勘は嫌でも当たるのだ。
 義鷹はなにかを掴んで、隠している可能性が高い。
 もしかしたら、蘭も、雪も生き延びているかも知れない。
 だが、あの後も潜伏しそうなところは全て使いの者をやって、探した。
 織田に懇意にしている家や、手助けする輩達。
 織田家も光明の爆薬によって、倒壊していた。
 父親たちは無事で親戚のところに身を預けているようだが、そこにも雪はいない。
 警護役の典子の一般市民街まで踏み込んだが、そこにもいなかった。
 蘭の実家の下慮街も使いをやったが、なにも収穫はなしである。
 それにあれからもう四ヶ月が経っている。
 生きていたら、なにかしらコンタクトは取ってくるはずだ。
 特に雪の性格を考えると、堂々と訪ねて来そうである。
 だが、それすらもなく沈黙の毎日。
 それを思うと、やはりあの二人は今生にはいなさそうだ。
 もし、生きていたらこの世の果てまで探しに行くだろう。
 裏切られた雪は、少年覇王となったともを見てなんと言うだろうか。
 蔑み、怒り、恨むだろうか。
 それでも、きっと雪はとものことを許すだろう。
 あの本玉寺の時のように――
 ともは、小指に嵌められた覇王の記に視線を落として、あの裏切りの夜を思い起こす。
 裏切られたと知った雪はともを許し、全てを受け入れて、一緒に歩もうと手を差し伸べてくれた。
 爆薬がなければ、きっとあの手を掴んでいたに違いない。
 雪の呆れるほどのひたむきさは、今でもともの心を切なくする。
 やっぱり、好きなんだ――雪のことを。
 誰よりも尊敬して、気持ちを許せる最高の友達。
 ずっとそのままの関係で良かったのに。
 だけどともにも譲れないものはあった。
 一生、雪と秀樹に守られるわけにはいかない。
 いつまでも子供のままではいられないのだ。
 欲しいものを二人におねだりして、与えられる子供のままでは。
 欲しいものは奪われないように、自分のものにしなくては。
 自分自身で考えて、道を切り開いていかなければ。
――見ていて、雪。この僕が天下太平に導くから
 ともは小指に光る覇王の記に愛おしげにキスを落とした。
 これは蘭おねーさんの指に嵌められていたもの。
 雪が愛の結晶として渡した伝統の証。
 覇王は代々、愛した女性にこの記を送る。
 一蓮托生という意味で、一人ではないことを記していた。
 二人で支え合い、苦難を共に乗り越えていく。
 そこまで考えて、ともはゆるりと顔を巡らせ多くの者達を見つめる。
 自分の為に集まった人を見ながら、パーティに参加しようとする気がようやく向いてきたのだった。







 





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