河畔に咲く鮮花  

第三章 二十九輪の花 3:少年覇王・ともの決意


 
「ねぇ、あと少しで戴冠式で忙しいっていう時にどこに行っていたの?」
 このところ都度姿を消す義鷹が裏でなにかをこそこそしているのは知っている。
 だからともはわざとにそう聞いてみた。
 義鷹は一瞬だけ視線を泳がせて、すぐさま柔和な笑みを浮かべる。
 だが何も答えてくれないので、ともの疑心感は募るばかりだ。
――やっぱり何か隠している?
 ともは嘘を見破ろうとするが、義鷹は一瞬にして心を閉ざし、悟られまいと氷の仮面を被った。
 そうされてはいくらともでも、義鷹の演技を見抜くのは困難である。
 義鷹ほど芝居めいた男は、他にいないだろう。
 じれったくてぎりっと奥歯を噛み締めながら、義鷹を見つめるがやはり無意味のようだ。  
「まぁまぁ、そんなに聞かんとき。な、とも。義鷹も野暮用ぐらいあるやろ」
 そこに秀樹が仲裁に入り、ともの意識は義鷹から外される。
 秀樹は今日もともの家に来て、のんびりとリビングのソファでつろいでいた。
 西の本家も爆破されたというのにいい身分だ――。
 明智光明、それに義鷹の共謀で覇者の世界は混乱しているというのに。
 秀樹も犯人を分かっていながら、いつもの調子で軽口を叩き、何でもない風に平然としていた。
――おちゃらけているけど……
 ともは秀樹を見据えて、何か言ってやろうと思ったが一人でぴりぴりするのも馬鹿らしくなってくる。
――そう、真剣な話しを秀樹にしたところで、時間の無駄だ
 ともは口に出すことすら面倒くさくなり、心の中だけでそう思った。
 「それにしても、その指輪そのままでええの?」
 秀樹の視線は、ともの小指に嵌っている覇王の記に向けられている。
 ともは指輪を室内の明かりに透かして、きらりと光らせた。
「うん。これでいいんだ。雪から渡された時のままで。蘭おねーさんのサイズのままで。あの二人を胸に抱いて僕は修羅の王となる」
 本当は雪から奪ったもの。
 蘭おねーさんの指に嵌る前にこの手にしたもの。
 だがともは事実を歪曲し、秀樹にはそう伝えていた。
 義鷹が微かに肩を揺らせるが、そんなことはどうでもいい。
 どうせ、一連のことを見ていたのだろうが義鷹も同じ裏切り者である。
 何も言えるはずがないと、ともは義鷹を一瞥した。
 ともの思った通りに義鷹は、顔を俯かせたまま静かにしている。
――そう、義鷹……余計なことは言うんじゃないよ
「そうか、そうやな。あの二人の意思を胸にか。とももいつの間にか大人になったんやなぁ。なんか、見違えたわ。それを分かって雪も覇王の記を託したんやな」
 秀樹は雪のことになるとしみじみした語り口調になる。
「ああ、蘭ちゃんもええ子やったのに」
 そしていつもその後には、蘭のことを思い浮かべて、長いため息を吐き出すのだ。
 それをこの三ヶ月間、いやすぐに四ヶ月目が来る。
 その間に嫌と言うほどともは見て来た。
 そして義鷹にちらりと視線を流すが、今日はどことなく様子が違う。
 その話になると蒼白になり、瞳は生彩を欠くというのに。
 心なしか、微笑んでいるように見えた。
 だが、放たれるオーラに覇気は見当たらない。
 ――気のせいか?
 ともはそう考えて、傍に控えている義鷹をじっくりと観察した。
 視線に気がついたのか義鷹は顔を上げて、明らかに狼狽する。
 一瞬だけ氷の仮面が崩れ、素顔が垣間見えた。
 だがすぐにとも目を逸らして、私は向こうの様子を見て来ますとそそくさと退出した。
「な〜んか、様子が変やったな。ていうか、覇王の戴冠式パレードに一般市民の街まで出向くんやって? あの革命家の明智光明が見つかってないのに。大丈夫なん? また暗殺とか狙ってるんとちゃう?」
 秀樹がソファを転がりながら、こちらをじっと見てくる。
 一応、心配してくれているのだろうがともにも考えがあった。
「別に、明智が来てもいいよ」
 それはそれで明智光明が姿を現すなら、好都合である。
 それも踏まえてともはわざわざ一般市民街まで下る。
「パレードの時は護衛は倍の人数をつけるし、それで獲物が引っ掛かってくれたら嬉しいんだけどね」
「なんや、そこまで計算しとんかいな。急に大人になった感じやな」
 秀樹は相変わらず無造作に伸ばし放題の金髪の髪をばりばりと掻いた。
 その度に、耳に嵌められているピアスがちゃらちゃらと鳴る。
「そうだね。両親があの状態で僕は徳川を継がなきゃ行けなくなって、少しは気持ちを変えたんだ」
 ともはまだ寝たままの両親を思い、胸がぎゅっと絞られる思いに駆られる。
 だがもう自分は前に進むと決めたのだ。
 だからここで留まるわけにはいかない。
「雪の時は氷の王って呼ばれていたしね。僕はもう少し下の階級にも優しい王様って言われたい為にやっているんだ。親しみが湧けば、混乱も少なくなる。きっと僕なら上手くやれる。敵がいない天下を」
 ともの意思を感じ取って、秀樹は小さく微笑んだ。
「そうやな。ともは運も手にあるわ。にっくきテロの明智光明やけど、一番の反勢力の伊達を潰してくれたんやもんな。あれがなくなったら、ほんまに平和な天下を導けるかもなぁ」
 秀樹はともの見ている方向に目を移す。
 最上階のこの部屋から見える風景。
 全面窓は開け放たれて、眼下には広がる覇者の世界が見える。びっしりと立ち並ぶ家々。
 ――ああ、僕はこの風景を見たかった
 その向こうに貴族、商売人、一般市民、下慮の領土がある。
 広がる景色を見て、ともの気持ちはぴりっと引き締まった。
 ――もう、引き下がるわけにはいかない
 絶景のはずなのに、胸の中に広がる苦い感情がなんなのかが分からない。
――全てをこの手にしたはずなのに
 どこか空虚に思えるのはパレードを迎えた前の緊張感からくるものだろうか。
 それとも――愛しき者達を犠牲にしてまで登りつめた贖罪からくる気持ちなのか。
 ともは迷いを振り払うように、ぶんぶんと首を横に振った。
――もう、考えてはいけない
 胸の前で拳を握り締めて、ともはもう一度景色を見つめる。
「心配でんでもええ。俺も手伝ったる。この広がる世界の王になる、とものことを」
 秀樹がからからと明るく笑い、ともの気持ちを軽やかにしていく。
 それにともはなにも答えない。
 ただその瞳には修羅と悲しみを宿して、いつまでも焼きつけるように広がる世界を見つめていた。








 





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