河畔に咲く鮮花  

第三章 二十九輪の花 3:ともの戴冠式


 
「坊ちゃん、用意はいいですか?」
 徳山に声をかけられて、ともは控え室でぴくりと体を跳ねさせた。
 今日は盛大に新生・覇王としての戴冠式パレードをする日だ。
 雪の時はほとんど身内だけで、戴冠式を静粛にしたが、ともは親しみやすい覇王を目指している。
 それで一般市民領区まで出向いて、家朝の存在をしらしめたかった。
 今までと同じではいけないと思い、雪とは別の方法で戴冠式に臨む。
 ようやくこの時がきたというのに、なぜか心は沈んで冷え切った感情が広がっていた。
――なんで、こんな風に落ち込む? ようやく全てを手に入れたんだ。喜ぶべきだ
 ともは自分にそう言い聞かせて、すっとソファから立ち上がり背を伸ばした。
――上手くいく……そう全てが
 外では既に大きな歓声がともの耳まで届いてきていた。
 民衆が求め、ともの姿を一目見ようと出て来てくれている。
――そう、この僕が覇王となる
 ともは指に嵌めた覇王の指輪を見つめて、少しだけ悲しく瞳を揺らせた。
――雪……蘭おねーさん
 愛しき二人のことを思い浮かべて、ともは決意を宿した瞳を上げる。
 そして身を翻し、徳山の待つ場所まで悠然と歩いて行った。
 その後ろ姿には、もう迷いも見られなかった。 
 

 ***
 
 
 
 この何日間、蘭の周りはどこか様子が変だった。
 些細なことではあるが、真樹子がたまに蘭様と呼んで来たり、それを見つかってアユリに怒られていたり。
 問い詰めると新しいゲームだとアユリは笑う。
「新生・覇王の徳川家朝様が真の覇王となり、一般市民街まで来るって。ほら、花園市場に神輿貸したでしょ。それが映るか見ようと思って」
「それに、徳川家朝様って凄い若いんでしょ? 超絶美少年だって! 」
「分かる、分かる、この目に焼き付けたいよね〜」
 里の娘はきゃあきゃあと沸き立ち、新生・覇王を一目見ようと色めきあっていた。
――ああ、新生・覇王のパレードが中継されているんだ
 蘭はなるほどと一つ頷き、娘達の関心ある新生・覇王を一緒に見ることにする。
「あ、蘭さん、こんなところでさぼってる」
 そこに慌ただしく真樹子も乱入して来て、娘達の輪に入ってきた。
 元気よく、なにが始まるのと聞きまくり、事の流れを聞く。
 だが、新生・覇王のパレードと聞いて、ざっと顔色を青ざめさせた。
 そして、蘭をちらりと盗み見してくる。
「蘭さん……見ない方がいいんじゃない?」
 真樹子の声とは思えないほど小さな呟きに蘭は思わず顔をねじった。
 言った後で真樹子はあっと口を閉じて、困った顔をする。
 蘭は不思議に思い見つめていたけど、娘達の歓声によって意識はテレビに戻された。
「きゃああっ、出て来た! 凄い、盛大なパレードね」
 テレビには遠目に、豪華に飾り付けられたパレード車がたくさんの護衛に囲まれて進んで来る。それを道路の両端で見ている駆けつけたたくさんの人。
 徳川家の家紋を振りかざして、紙吹雪が空一面に舞っていた。
 その圧倒されるパレードに蘭もみんなも世界が違いすぎて呆気に取られてしまう。
――なんか、凄い……
 真樹子もテレビに夢中になって、その壮大なパレードにぽかんと口を開けていた。
『新生・覇王がお通りします。織田家から変わり、真・覇王は徳川家朝様でございます! あっ、来ます、来ます、こちらにっ』
 テレビ中継のキャスターも今までにない興奮を帯びた声で叫んでいる。一面の紙吹雪と、人々の歓声。
 キャスターの声が混じり、場は最高潮に盛り上がったいた。
 そして、パレード車にクローズアップされて、上に乗って手を振っている金髪の少年が映し出された。
 頭には眩しいほどの宝石が埋め込まれた王冠を乗せて、なびく柔らかそうな金髪の髪の毛。
 小さな顔には大きな空色の美しき瞳を湛え、そのスッと伸びた鼻筋も、情感めいた唇も、全てが神々しく華やかだ。
 満面の笑みを浮かべて、家朝は視線を巡らして手を民衆に振る。
「きゃああっ! すっごい美少年!」
「なんて言うの、オーラが半端じゃないんだけど!」
 きゃあきゃあ色めきたつ、娘達を見ながらじんわり蘭の背中には汗が浮かぶ。
 動悸が激しくなり、なぜだか胸が苦しい。
 テレビに映る少年覇王は威風堂々とした様子で、王者としての風格を存分に兼ね揃えていた。
 そんな凄い人を知るわけないのに。
 この胸を締めつけられる思いは何だろう。
『あっ、家朝様がこちらに振り返られました!』
 キャスターの声と共にアップになる徳川家朝。
 美しい笑顔をその顔に浮かべて、堂々と手を振ってくる。
「やだっ、今私に手を振ってくれたわよ!」 
「こっち見てるっ!」
 テレビの向こうの世界だと言うのに、目が合ったと娘達はきゃあきゃあと声を弾ませていた。
 だが蘭は久しぶりのフラッシュバックに襲われる。
――十七歳の誕生日に貰いにいくから
――逃げても振り向くまで追い掛けるよ
――僕に鳴かぬなら、鳴くまで待とう……ってね。蘭おねーさん?
「蘭さん? ねぇ大丈夫? 蘭さん?」
 真樹子が体を揺すっているのは分かっていた。
 だが蘭は脳裏に浮かぶ言葉の数々に意識は奪われている。
――もう、逃れられないよ。蘭おねーさん
――覚悟してね、僕は惜しみなく君を奪う
 可愛い顔に騙されてはいけない。
 彼は、その裏に毒と狂気を含んでいる
 じっと機を狙い、ゆるゆると蜘蛛の巣を張り巡らせる。
 そして、それに絡め取られて、じっくりと食べられる獲物達。
 ――ほら、王手(チェックメイト)
 ほら、全ては彼の思い描いた通りになった。
 みんなを騙して、私を騙して、大切なあの人まで騙して。
 ――それって、誰? 大切なあの人って誰?
 駄目だ、なにも思い出せないっ!
 あの張り巡らされた蜘蛛の巣から逃げなければっ!
「いやああああっ!」
 激しいフラッシュバックは蘭に打撃を与える。
 目の前で光が何度も明滅し、眩しくなって目を閉じた。
――どうして? 私はあの人を知っている
 だけど頭が痛んで思い出すことが出来なかった。
 その瞬間に体のバランスを保てなくなり、蘭はぐらりと倒れていく。
 そして蘭の意識は暗闇に沈みこんでいった。



 






 





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