河畔に咲く鮮花  





 だが、はっと目を瞠り、恐怖に体をわななかせた。
――アユリ……それは…… 
 それは輸血用パックだった。
 四角い透明のパックにはなみなみと赤い血が入っている。
 蓋を開け放ち、アユリはごくごくとそれはそれはおいしそうに飲みほしていた。
 蘭は絶句し、目を見開いたままそれを凝視してしまう。
 赤く鮮明な血は、アユリの口だけではたらずに、頬をこぼれて、白い肌を染めていく。
――う……そ……
 蘭はその状況が理解出来ずに、身体をぶるりと震わせた。
 それでもアユリは狂気めいた瞳を輝かせて、喉を鳴らして血を飲み干している。
 すでに真っ赤に染まった舌を突き出して、血を飽き足らずに飲んでいる様はまさしくヴァンパイアのようだった。
 窓から差し込む月明かりに照らされて、アユリの白い顔はおびただしい血によって染まる。
――こんなの現実じゃない……
 血の臭気が漂い、うっと蘭は自分の口を塞いだ。
――もしかして……このためにこの部屋は使用されていた?
 白い壁にはところどころ血の跡の染みがついていた。
 そう考えれば納得いくが、なぜアユリが血を飲んでいるのかは把握することが出来ない。
 そう、常軌を逸していて、到底理解出来るものではなかった。
 それをせせら笑うように、アユリはにやりと妖艶な笑みを顔に貼り付ける。
「んっ……うまい……ああっ……最高……なぁ真樹子、もっと……しゃぶれよ」
 その名前に蘭は耳を疑い、暗闇の中に蠢く影を見た。
 アユリが血を飲んでいる様にしか注意が向かずに、膝元に誰かがいるかなんて気がつかなかった。
 早まる心臓を押さえて、蘭は恐る恐るアユリの下半身に目を移す。
 蘭はその姿を確認して、はっと目を大きく見開く。
 真樹子がアユリの下半身に顔を埋めて、しっかりと肉径を咥えこんでいたのだ。
 ――真樹子が、なんで? 昼間も一緒だったはずなのに。
 元気に笑っている真紀子の表情とは違い、うっとりとした面持ちはどこか大人顔負けの色香を放っていた。
「ああっ、もっと血が欲しい……ああっ……おいしいっ……興奮する……ンっ……ああっ……」
 アユリの綺麗な顔に血がこびりついている様は凄絶に美しい。
 絹カーテンがはためく中、アユリは夢中で血を飲み、腰を激しく揺さぶっては、真樹子の口に突き差していた。
 怖いくらい淫靡で、背徳的な光景に蘭は微かに震えていることに気がつく。
――なんなの、これ……
 吸血行為をしながら、真樹子の口に抜き差しされる肉径。
 その異常で、狂った饗宴に蘭の心は恐怖に侵食されていく。
――どういうことなの、意味が分からない。
 アユリは血を飲み、性的興奮を覚えて、真樹子にその処理をさせている。
――血と性への饗宴――
 そんな言葉すら思い浮かび、蘭の息は乱れ始めた。
――こんなことって……
 血を飲みながら、雄のソレをいきり勃たせて淫猥な行為に耽る。
 そのようなうすら寒い行為に、蘭はただただ立ちつくして茫然と見ることしか出来なかった。
――失望させない自信がある? 
 アユリの声がふっと降ってくる。
 それってこういう行為を、蘭にもさせようとしていたということだろうか。
 まだ十四歳のアユリが男としての機能を十分に果たし、良く知った真樹子を蹂躙している姿にもショックを覚える。  
 だが真樹子は嬉しそうにアユリの肉径を、その小さな口に一生懸命に咥えて前後に動かせていた。
『アユリ君を助けてあげて欲しいの』
 真樹子が蘭の手を握って、そう真剣に語った言葉。
――それが、こういうことなの、真樹子?
 血を飲み、性の処理をさせる、それが普通のことなの?
 蘭の考えがまとまらない今も、アユリは血を浴びるように飲んでは、真樹子の口に肉径を埋め込む。
――アユリのがあんなに大きく……
 子供と思っていたアユリの肉径は普通より立派に見えた。
 もう限界が近いから、そう見えるのかも知れない。
 反り返って固そうな肉径は、傘も大きく張り出し、竿の部分も太くて立派で、アユリの体についているとは思えないほど逞しい。
「んっ……んっ……興奮するっ……血が……うまくて……はあっ……いいっ……もっと……しゃぶれよ……」
 ごくり、ごくりと喉が鳴り、そこに血が飲み込まれていっているのであろう。
――駄目……頭がおかしくなる……
 むせる血の匂いが鼻をつき、それと同時にアユリと真紀子の熱気めいた体臭が漂ってくる。
――くらくらする……
 蘭はふっと意識が遠くなりそうになって、体をふらつかせた。 
 その瞬間に後ろからがしりと両肩を掴まれて、蘭はゆっくりと振り仰いだ。
――志紀……
 そこには志紀が立っており、怒りを滲ませた双眸で室内を睨みつけている。
 これも夢なのだろうかと蘭は虚ろな目で志紀を見つめていた。
 だが肩に乗る志紀の手が食い込んでくるほどに掴まれて、蘭はこれは現実なのだと思い知らされる。 
「アユリ、なにをしているのだっ!」
 志紀が躊躇なくバンッと扉を開くと、アユリの動きはぴたりと止まった。
 真樹子も肉径を口から出して、さっとこちらを向く。
 アユリも視線をこちらに向けて、驚きの表情を刻んだ。
「蘭……姉ちゃん……」
 アユリが茫然自失とそう蘭の名を呼び、大きな瞳には光が戻る。
 正気に戻ったのかアユリはゆっくりと腕で、口元に流れ落ちる血を拭った。
 真樹子も慌ててアユリから離れると、決まりが悪そうに顔を俯かせる。
「真樹子は家に帰れ。アユリ、お前はここに残れ」
 志紀の声が低く発せられると、真樹子は慌ててベッドから降りた。
 そして、蘭の横を通り過ぎた時に、ちらりとだが視線を向けてくる。
 真樹子は絶望したように、すぐに視線を外して静かに立ち去って行った。
 真樹子に見られた時に蘭はどんな顔をしていたのだろう。
 絶望させるほどの、呆れた顔だろうか。
 それとも、悲しそうな顔だろうか。
 そんなことをぼんやり考えていたら、志紀は蘭の肩をしっかりと抱いた。
「済まない……蘭も部屋へ戻ってくれ」
 振り仰いだ志紀の顔は焦燥を浮かべ、悲しそうであった。
――志紀……
 蘭はそれ以上に立ちいることが出来ずに、アユリから顔を背けてその場を立ち去ってしまう。
 なにも考えたくなくて、これが全部夢だったらいいと思いながら、蘭はベッドに潜り込んで、力強く目を閉じた。





 





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