河畔に咲く鮮花  

第三章 二十五輪の花 2:月と血の饗宴 


 
 
蘭と公人が人魚の里にやってきて、数ヶ月が経った。
 夏が終わり、やんわりと涼しい風が吹いてくる。
 盛大な稲刈りが行われて、手伝った蘭も泥まみれになった。
 そばかすの真樹子も同じように、手足を汚して笑っている。
 かなりの豊作だったようで、それを祝う豊穣祭が近々行われると聞いた。
 もちろん開催するのは人魚の里だが、広場には特設ステージを設置するべく、男どもが木を切って作っている姿を見かける。
 遅い夏祭りを一緒にするのよ、と真樹子が教えてくれた。
 店も立ち並び、焼きそばやたこ焼きを売る。
 水風船や射的場まであるし、大人達はお酒を飲んで、カラオケ大会もする。
 里一色が祭りムードになり、打ち上げ花火まで上がると目を輝かせて話してくれた。
 真樹子が一緒に浴衣を作ってもらおうと里の作業場へ連れて行ってくれたり、お菓子を一緒に作って店で出そうと、家に誘われたりと大忙しの日々を送る。
 蘭は特設ステージに張りつける、花をティッシュで作りを家でしていた。
 真樹子から教わった通りに、交互に折り目をつけながら花を作る。
 熱中していた蘭は、今が深夜だということにようやく気がついた。 
 明日も忙しいしな、蘭は一つ伸びをして肩の凝りをほぐす。
 寝る前に用を足そうと、蘭は部屋を出た。
 志紀の家はだだっ広く、夜はエコだといって、廊下の電気は消される。
 月のない日などは恐くてトイレにも行けないことも当初はあった。
 だが、生活にも慣れた蘭は、周りが見えはしないが壁を伝ってトイレに行く技を身につけた。
 それについて自慢気に志紀に言うと、電気を点けない俺への嫌味かと返されたが。
 だが、アユリはそんな話に乗ってくることなく、ただひたすら静かにしていた。
 あの川へ落ちた事件の日から、アユリとは一切口を交わしていない。
 おはようの挨拶さえしても、アユリから返事が返ってくることはなかった。
 頑張って声を掛けようとしても、スッと離れて行かれるし、あからさまに無視までされた。
 それは志紀に対しても同じで、最小限のことしか会話をしなくなった。
 まるで、みんなに心を閉ざしてしまったかのようだ。
 さすがに落ち込んでしまうが、それでも蘭は諦めなかった。
 ここで、引いたら里の者と同じような扱いをしてしまうことになる。
 ――腫れ物を触るような扱い
 里の者は、どうしていいかが分からないという戸惑いで、そのような態度を取ってしまっているのだ。
 確かに今のアユリには蘭もどう接していいかが分からない時もある。
 元々、気まぐれで気難しい気性を持ち合わせていた。
 だが、蘭までそんな風になってしまえば、アユリはどんどん一人になり本当に孤立してしまうだろう。
 蘭は負けじとアユリを見ればしつこいぐらいに声を掛けるし、どんどんと歩み寄っていった。
 そんなことが続きアユリとの距離が離れてしまった夜、見ては行けないものを見てしまう。
 志紀の家には使われていない部屋が何部屋もあった。
 いつもは蘭が掃除しているのだが、どうしても一部屋だけ掃除をしなくていいと言われる部屋がある。
 そう、それが『開かずの間』だった。
以前に偶然部屋の扉が開いていて、つい室内を見てしまった時がある。
 蘭はその部屋に嫌悪感を覚えたことだけは記憶に残っている。
 白一色の部屋は奇妙な匂いがして、どことなく不気味な印象であった。
 あれから扉は鍵がかけられて開くことはなく、蘭も気にすることを止めたのだ。
 もう随分と前のことで蘭自身も『開かずの間』の部屋の存在を忘れかけていた。 
 なのに今日はその部屋の扉から少しだけ明かりが漏れているのだ。
 信じられない思いで、じっとその部屋を凝視してしまう。
 今日は満月で、月明かりが綺麗な夜であった。
 廊下を歩くにも壁伝いに行かなくてもいいほど、月光が隅々を照らしている。
 この間、和葉と志紀の密会を見た夜も奇妙な予感がする、このような夜のこと。
 満月の夜は人の心も乱すと言い伝えられることもしばしばある。
 蘭の気持ちはざわめき、これは月のせいだと思うようにしたが、頭の隅では違うと言っていた。
 この嫌な気持ちは開かずの間が開かれていることが理由だと蘭には分かっていた。 
――開かずの間が……開いている
 まるで暗がりにいる蘭を誘っているような、ぽつんと漏れた淡い光。
 ごくりと唾を飲み込み、心音が激しいほどの音をたて始めた。
――行っちゃ駄目……なのに
 そこに吸い寄せられるように、蘭は足を運んでしまった。
――駄目……ここは
 なぜだか心がざわめき、そこを覗いてはいけないと警鐘を鳴らしている。
――でも、どうしても気になる
 本能はその正体を確かめたがり、蘭は開いた扉から室内を覗いてしまった。
 前のようにすんなりと抵抗もなく扉は開き――
 蘭はその室内の異様な雰囲気に一瞬で目を奪われてしまう。
 室内はびっしりと蝋燭が並べられて、橙色の明かりが淡く灯る。
 白一色の部屋なのに、怪しい火の加減で今日は血のような赤色に染まっている。
 それが尚更、不気味さを助長させていた。
――なに、この部屋……蝋燭なんて前はなかった
 驚いて目を見開いていると、ひんやりと冷たい風が蘭の頬を撫でいった。
――風……?
 蘭は風が吹いてきた方向に視線を向ける。
 以前と同じく窓には鉄格子が嵌められているが、今日は開いているのだろう。
 風がゴッと荒々しく吹きこんできて、蝋燭の火を一斉に揺らめかせた。
 それと同時に、中央にある天蓋付きベッドから垂れている絹カーテンをばさりとはためかせた。
「はあっ……はあっ……くっ……おいしいよ……ああっ……」
 その瞬間、蘭の目に入って来た光景。
――アユリ?
 まさか部屋に人がいるとは思わずに、蘭は目を剥いてしまう。
 開かずの間だというのに、今まさにアユリによって禁断の部屋が開かれてしまった。
 蘭はどくどくと早まる心音を聞きながら、暗がりにいるアユリを凝視する。
――アユリ……ベッドで何をしているの?
 簡単に声をかけられない雰囲気があり、蘭はアユリが何しているかを見つめた。
 ベッドにアユリが両膝を折って座り、手になにかを持って顔を上げている。
 そしてそこから零れるものを、アユリは浴びるように――おいしそうに飲んでいた。
 ――あれは、なに?
 蘭は目を細めてその物体を見つめる。







 





144

ぽちっと押して応援して下されば、励みになりますm(__)m
↓ ↓ ↓



next /  back

inserted by FC2 system