先輩、僕の奴隷になってよ《番外編02-1》とある弓平君の欲望

番外編02《1》


《番外編02-1》とある弓平君の欲望


 

「……くっ……ぁっ……はっ……んっ……先輩っ……うっ……」
 弓原俊介は美術部の教室で、キャンパスに絵を途中まで描いたまま、自慰行為に耽っていた。
 いつも思い浮かべるのは、相原春香のことで自分よりも二歳上の先輩だ。
「ぁっ……先輩っ……僕をもっと……乱して……くっ……はぁっ……」
 今日は美術部は休みの日だが、俊介はコンクールに応募する作品を描く為に教室を開けてもらっていた。
 芸術に強いこの学校を選んだのだが、春香を校内で見た時に一目惚れしてしまった。
 笑顔が綺麗な人で、天文学サークルに所属していると知った時は美術部を辞めようかと思ったほど。
 だが中学からコンクールで賞を取っていた俊介は、周りの期待もあって美術部を辞めるわけにはいかなった。
 彼女は俊介より一つ上になる鳴沢愛斗の追っかけをしていて、その元気な姿も微笑ましく思えた。
 愛斗は特定な人と付き合わず、ファンクラブもあって、学園的な王子の役割をしていた為に春香と付き合うなどと思ってもみなかったのだ。
 それなのに、実は愛斗が春香を狙っていたとは露も知らずに二人は付き合うことになった。
 春香は高校を卒業してしまい、系列の大学にそのまま進学してしまう。
 俊介は高校二年に進級して、鬱々とした毎日を過ごしていた。
 コンクールに描く絵も思い浮かばず、適当に筆を走らせていたが悶々とし始めて、自分の肉棒を扱きあげた。
「……っ……あっ……春香先輩っ……ンっ……」
 誰もいない教室で何度も擦り、扱いては、懸想に耽り高みに昇っていく。
「うっ……っ」
ティッシュを慌てて取り出して張り出した先端を覆った瞬間、勢いよく若い精が放出された。
こういうのを日に何度か繰り返し、全く絵が描けない状態である。
(困ったな……コンクールは間近なのに)
 粘りを含む液を綺麗に拭いて、分からないようにゴミ箱に投げ入れた。
(春香先輩を描きたい)
 そう考えるとまたむらむらとし始めて、収まった雄が欲望にいきり勃ってくる。
 そんなことを考えていると、美術部のドアが躊躇いがちに開かれた。
「ゆ、弓平君……ちょっといいかな?」
 ドアから顔を出して呼んでくるのは、一級上の先輩だ。
何度か話しかけられたことがあるが、実は名前を覚えていない。
 ただ、先輩と呼んでいるだけの人だった。
 高校二年になった俊介は、一年の時よりも背が伸びて女っぽい顔も少しだけ男らしくなったし、体つきも逞しくなってきた。
 それは春香の家に何度も自転車で訪れているということもあって、筋肉がついたというだけのことだったが。
 一年の時から――いや中学時代から告白はされていて、俊介はこういう手合いはその前触れだと分かっている。
 またか、そう思いながらも根は優しい性格なので呼ばれたら断れないのが自分でも嫌なところだった。
 先輩の後について裏庭へと呼び出され、お決まりの告白を受ける。
 その時、目の端に愛斗を見つけて、意識はそちらに向いてしまった。
 どうやら雰囲気的に俊介と同じように告白されているようだった。
(あ、鳴沢愛斗)
 どうやらあちらは下級生に告白されているみたいだが、愛斗はどっちらけな顔をしている。
「悪いけど、春香以外に興味がないから」
 一年前までは天使と言われていた愛斗が突き放すように断る姿は俊介にとってはなかなかと衝撃的な場面だった。
 それだけを言って愛斗がこちらに気がついたようで、俊介は慌てて視線を逸らせる。
「弓平君……え〜と、前から気になっていて、付き合って欲しいんだけど」
 そういえば告白されている途中だと気がつき、俊介は少しだけしおらしい表情を浮かべた。
「ご、ごめんなさい……先輩……気持ちはありがたいし、とても嬉しいんですけど……僕は相原先輩が好きで……誰とも付き合えないんです」          
 これは告白されるたびに用意している言葉であり、この噂が広まって春香まで届けばいいと計算をしてあった。
 もう春香は卒業していないが、愛斗を目の当たりにしてついそう言ってしまう。
 愛斗の表情があからさまに歪むのを見て、俊介は忍び笑いを漏らす。
 春香が大学に通っている以上、愛斗が休憩時間のたびに春香の教室に訪れることが出来ないのを知っている。
 やきもきする愛斗の顔を見るのは一種の優越感をもたらせた。
「え、相原さんって……鳴沢君の恋人? 弓平君が好きって噂、本当だったの」
 先輩が驚いたように言うので、俊介は眉を寄せて表情を曇らせた。 
 さすがに鳴沢君には敵わないでしょう、そう言った言い方が気に食わない。
「相原先輩も大学に通って離れちゃったし……鳴沢先輩とはもう別れているかもしれませんし……だから僕はまた告白しようと思うんです」
 怒りを抑えながら、平気な振りして目の前の先輩に言ってやった。
「こ、告白って……弓平君……告白したことあるの?」
 先輩はいつの間にか自分が振られたことより、俊介の恋について興味を示しだしたようだ。
「はい、卒業式の日に相原先輩に告白しました」
「で、それで、どうなったの?」
 先輩が食いついてくると同時に、視界に映る愛斗も形相を変えている。
「結講……僕としては脈があったと思います。告白しても、断ってくることはなかったし、連絡先も貰ってくれたので」
 本当は強引に連絡先をポケットに詰め込んだ――が正解だがそこは俊介の都合よく解釈させていただいた。
 実際に断られてはいないのだから嘘はついていないことになる。
「へ、へぇ……そうなんだ。じゃあ、脈があるかもしれないね」
 先輩は複雑そうな顔をしながらそう言っていたが、俊介は愛斗の方ばかりを気にしてしまう。
 愛斗が不機嫌を露わにすると、びりっと空気が歪んだようだった。
(結講……怒ってるな) 
 挑発しすぎたかと思ったが、春香に渡した連絡先を握り潰されるし、家のポストに入れた手紙も全て愛斗に捨てられてしまったので、ちょっとした仕返しでもある。 
 その上、愛斗は春香の家の前でキスをして、電信柱に隠れていた俊介に見せつけることも頻繁にあった。
(春香先輩のことになると、結講余裕がないんだな)
 俊介の目には愛斗の方が春香を追い回しているようにも見え、チャンスがあればこの手に出来るかもしれないと淡い期待を抱く。
 ふいに視線を逸らされて愛斗はその場から立ち去っていった。
 それが合図になったように、俊介もまだ話かけてくる先輩を振り切ってその場から立ち去る。
(今日も春香先輩の家に行こう)
 それが今の俊介の一つの楽しみにもなっていた。
 ストーカーと言われるかもしれないが、春香は俊介のことに気がついてもいないのだからそれまでには及ばない。
 迷惑をかけていないのだから、ストーカーではないはずだった。
 俊介は小さい頃から物を大切にする性質だし、夢中になれば没頭してしまう癖がある。
 一つ興味を持てばとことん突き詰めるタイプだったが、それが女性に対しても同じと気がついたのは春香を好きになってからだった。
 小学生の時は女の子に間違えられることが多くて、告白されることはなかったが、それが中学になってからモテはじめた。
 整った顔立ちと言われ、知らぬまに人気物になってしまい女の子に告白されることが多くなった。
だが当時の俊介は女の子より絵を描く方が好きで、朝から晩まで没頭していた。
 そのおかげで、コンクールで賞を取っていたというわけだが。
 芸術にも力を入れている高校に入り、家から近いということもあったが、そこで初めて春香を見たのだ。
 入学式は桜が美しく咲く日だった。
その日は風が強くて、天気予報では春の嵐と言われていた。
 咲き誇った桜の花びらが強風によって、一斉に空に舞い上がり、ひらり、ひらりと宙に降り散る中心で春香は綺麗な笑顔を浮かべていた。
 その瞬間――一目惚れしてしまい、すぐに春香をキャンパスに描いたものだった。
 今もそれを大事に部屋に飾っていると知れば、どう思うだろうかと考えることもある。
 一層のことプレゼントしようかと思ったが、自分のモノとして置いておきたくもあった。
 それから学校で春香のことを密かに見ては、いつも持ち歩いているスケッチブックに顔を描いた。
 それを見ながら家で自慰に耽ることもあり、挙句に見たこともない裸体を書き加えて興奮を煽ったりしている。
 夢中になりすぎて、家を突き止め、それが自分の家から五駅しか変わらないことを知り、自転車でよく見に行っていたりした。
 とにかく存在を知って欲しくて、俊介は告白されるたびに相原先輩が好きなのでと言うことを付け加える。
 それでも鈍いのか、春香は俊介に気づいてくれることはなかった。
(春香先輩……)
 俊介はまたもや自転車を走らせ、春香の家の前まで来てしまう。
 そろそろ大学から戻る時間で、いつもと同じように電信柱の影で張っていた。
 すると、向こうから春香の姿が見えて心躍らせるが、その隣りに男が並んで歩いて来るのを見て眉をしかめる。
(雪哉さん……)
 そう、最近は雪哉が春香にべったりで、大学でも同じサークルに入っているのを俊介は知っていた。
(ダークホースだな、雪哉さんは)
 高校の時は愛斗と並ぶほどの有名人だったが、どちらかというと派手で女遊びが激しいイメージの人だった。
 だが、大学に進学した途端に、夜遊びが激減し春香につきまとっている。
 よりによって、春香の家に上がり込み母親も交えて一緒にご飯を食べている姿を頻繁に見かけた。
 その後で愛斗がやってきて、雪哉を追い払っているようだが、結局は居座りみんなで食卓を囲んでいる。
(雪哉さん……完璧に春香先輩のことを好きだな……特定の彼女がいないのはそのせいか)
 今頃その真実に気がつき、やきもきとするが俊介はまだその舞台にすら立っていなかった。
(僕も一緒に肩を並べたい)
 だが、愛斗と雪哉の間をかいくぐり、春香の元へ辿りつくのも困難なことだ。
 何とか春香に近づきたいと試行錯誤しているところ、二人の会話が耳に届く。
「は? 有名な美術の講師のモデルの話がきているって? 今度大学来る奴だろ? なんで春香が」
「私だけじゃなくて、友達の美香ちゃんにも話がきてるし、他の子にも。何人か用意して欲しいって頼まれたらしくて。今度のA・J東欧コンクールに出す作品を描くんだってさ」
(それって……僕も出すコンクールのだ)
 世界的にも有名なコンクールは入賞でもすれば、一気に知名度は上がりこの先の画家としての未来を約束されたようなものだった。
「俺はいいと思うけど、愛斗が許さないだろうなぁ」
「でも、バイト料が出るから……ちょっといいかなって」
「ふぅ〜ん、で、いつ来るの?」
「三日後に大学に来るって」
「もしモデルに抜擢されても愛斗には黙っててやるよ」
 雪哉と春香の話を聞いて、俊介はある欲望がむらむらともたげる。
(それ、僕が描きたい……)
 そう思うとそれしか考えられず、最大のチャンスを掴もうと俊介は思った。
(三日後……)
 俊介は三日後のことを思い、大学に潜入して何とか春香を描こうと計画を立てて、密やかに微笑んだ。  
 


 









            
  

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