先輩、僕の奴隷になってよ hold-39

hold-39 本編完了



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  春のうららかな日――春香は高校の卒業式を迎え、同じ系列の大学へ進学することになった。
 桜降る中で、卒業式の余韻をひきずりあちこちでは卒業証書を持ったまま写真に収める姿が見える。
 その中でも雪哉と別れる下級生は大袈裟に泣き、制服のボタンを強引にひきちぎっていた。
(雪哉……相変わらずモテてるなぁ)
 本当はいい男だと知った春香は微笑ましく見ていると、目の前に知らない男子生徒が立った。
 見れば下級生のようで、まだあどけなさが抜けていない可愛らしい顔をしている子だった。
 何だろうと見ていると、男の子は顔を赤らめてもじもじと体を動かしている。
「あ、あの、相原先輩……ぼ、僕……その……ずっと好きでした……」
(――へっ)
 いきなりの告白に驚きを隠せない春香はぽかんと口を開けてしまう。
「その、校内で先輩を見た時から一目惚れして……僕は一年生だけど……あの……その……気持ちを伝えようと思って……」
「あ、えっと……その……」
 堂々と告白してくる男の子にどう対応していいかが分からず、口をぱくぱくと開けたり閉めたりした。
「で、でも、その鳴沢先輩と付き合っているのは知っています……でも、僕は諦めが悪いので……もし別れたら……チャンスを下さい……」
(――うっ)
 大きな瞳を潤ませてそう言ってくる男の子にどきりと胸が跳ねる。
(純粋そう……ってそうじゃない……諦め悪いって……私どれだけ……しつこい人に好かれやすいのよ)
 愛斗の顔が思い浮かび、ぶるりと背筋が冷たくなった。
 このような場面を見られたら、どうなることやらと辺りを見回す。
(愛斗君、いないわよね……)
「あの、えっと、これ僕の連絡先です……気が向いたら電話してください……」  
 男の子は連絡先を書いた紙をポケットに突っ込んでくると、ばたばたと走り去っていった。
「い、意外に強引なのね……」
 何となく愛斗に似ているような気がして、春香は頬をひきつらせた。
 それにしても愛斗の姿は見えずに、ちょっとだけ拗ねてしまう。
 とぼとぼと歩いて帰ろうと思った時――ざぁっと風が吹いて桜の花びらが一斉に空に舞い散った。
(あ……)
眼前が桜色に染まる本流の中で、木立に背を預けている愛斗の姿が視界に止まった。
 ひらり、ひらりと舞う桜の花びらを受けながら、愛斗がにこりと綺麗な微笑を浮かべる。
(綺麗……)
 桜をバックに立つ愛斗は息を呑むほど美しく、その様に目を奪われてしまう。 
「春香……遅いよ」
 愛斗がゆっくりと歩いてきて、春香の髪の毛に乗った桜の花びらを手に取り、そっと宙に放った。
 その優雅な仕草にもうっとりとしてしまい、春香はじっと見つめてしまう。
「卒業おめでとう、春香」
 にっこりと笑って祝福してくれる愛斗を見て、ようやく気持ちが融解していく。
(愛斗君……待っていてくれたんだ)
 それが分かり、嬉しくなって愛斗に飛びついた瞬間――
 かちゃり――
 懐かしい音が耳に届いてきて、ずしりと手首が重くなる。
「あれ?」
 春香は嫌な予感がして、視線を落とすと銀色の輪っかがしっかりと手首を掴まえていた。
「ま、愛斗君?」
 愛斗を見上げるが、にこにこと笑いながらもう一つの輪っかをかちゃりと自分の手首にかける。
「見てたよ、春香」
 愛斗がすっと寄ってきて、ポケットから紙を取り出しじっと見つめた。
「弓平俊介……一年B組……美術部に所属……家は春香のところから駅で五駅ほど向こう。趣味は映画鑑賞、美術鑑賞、好きな食べ物はケーキ、甘いもの」
 小さな紙にどれだけの情報が詰まっているとかと不思議に思い、春香は一緒に覗いてみた。
 だが、そこには名前と連絡先しか書かれていない。
「最近は一年で可愛いともてはやされ、人気者になっている。告白は多い日で一日、四人ぐらいからされているが、相原先輩が好きなのでとわざわざ名前を出して断るところが……ちょっと腹黒……なので、弓原が春香を好きなのは一年や二年では誰もが知っている。知らないのは卒業間近の三年生と当人なのに鈍い春香だけ」 
 愛斗がそれだけの情報をぺらぺらと喋り、にっこりと笑いながら紙をぐしゃっと握り潰した。
「ま、まさか……その弓原君のことを調べたとか……?」
「ご主人様として当たり前でしょ」
 愛斗がぐいっと手錠を引っ張り、にっこりと微笑んできた。
(こ、この笑顔……怖いんですけど……)
「これから春休みに入るしね、ちょうどいいと思って」
「え、でも、春休みは映画や公園に遊びに行こうって」
愛斗と色々デートする計画を立てていた春香は恐る恐る様子を窺う。
「うん、行くよ。もちろん、手錠をかけたままね」
 あっさりと言う愛斗は本気で言っているようで、春香は乾いた笑みを漏らした。
「だって、一緒にいなきゃ……あいつ、また来るよ。春香は隙だらけでうっかりさんだし……どMだから、強引にやられちゃうよ。主人として管理するのも仕事だしね」
(どMって……)
 愛斗は管理といって、春香の動向を二十四時間見張るつもりだと悟った。
「あいつ……黒い匂いがぷんぷんするんだよね……同類ってそういうの分かるっての? ある意味雪哉よりやばい」
 また雪哉を引き合いに出し、愛斗は繋がった手錠を引っ張る。
(私……とんでもない人に好かれたかも……)
 そう思ってしまうが、綺麗な愛斗がここまで自分を好きになってくれるのが嬉しかった。
 そう考える春香はすでに、愛斗という悪魔に毒されているかもしれない。
 それでも春香は愛斗にならそうされてもいいと思って、ちゅっと軽くキスをした。
「――っ」
 愛斗がキスされるとは思っていなかったのか、目を見開きぽっと頬を染める。
 それが可愛くて、また春香はキスをしたくなる。
「どこにもいかないよ、私のご主人様」
 春香はおどけた風にいって、にこりと微笑んだ。
「もう一度、キスして」
 愛斗は照れくさそうに笑い、春香にキスを強要してくる。
 春香はそれに応えるべくもう一度、唇を重ね合わせた。
「春香……好き……」
 愛斗が恥ずかしそうに囁き、春香を抱き締めてキスを交わす。
 春爛漫――春香が生まれた季節は美しく輝いて見えて、幸せに包まれたままいつまでも桜降る中、二人はキスをし続ける。
 それは、それは――砂糖菓子のように甘くて、幸せに満ちたものであった。




        本編     完了      




 
 
  

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