河畔に咲く鮮花  

第二章 九輪の花* 2:小夜時雨パーティ


  「これがパーティ?」
 蘭は自分が思っていたパーティとは違っていてあんぐりと口を開けた。
 上流階級が出席する華やかで品のあるものだと思っていたが。
 そのイメージは一気に覆される。
 一言で言うなら派手でうるさい。
「主催が秀樹だからな」
 雪は苦笑すると、うす暗い室内に回るミラーボールを見上げる。
 ホテルを借り切ってするほどのものだろうかと呆れてしまう。
 声を張り上げないと分からないほど音楽が鳴らされ、若い男女が酒を浴びながら踊っていた。
「まぁ、気落ちするな。お前がもう少し教養を身につけたらきちんとしたパーティに連れてってやる。今日は肩を抜いて楽しめ」
 雪はそういい残すと、電話をしてくるといって蘭を一人にする。
 講師達に社交界デビューを頑張ってと背中を押されてきたのだが、今からどう報告しようか考えてしまう。
 周りを見渡すとみんなラフな格好で、ドレスを着ている蘭はかなり浮いているといえるだろう。
 いきなり一人っきりになった気がして、不安気に辺りに視線を配ると秀樹の姿が目に飛び込んできた。
 気軽に声をかけようとしたが、秀樹の足はかなりおぼつかない。
「あ、蘭ちゃーん、今日は楽しんでいってな〜」
 かなり酔っ払っているのか、秀樹が両脇に色っぽいお姉さんを抱きかかえ、目の前を去っていく。秀樹の女癖が悪いのは相変わらず健在のようで呆れるやら感心するやら。
 ここに招待されている男女も覇者や貴族の者なのであろう。
 露出度が高い服を着て踊る女性に、それを軽くナンパする男達。
 上流界の方が乱れているのは本当のようであった。
 蘭はそれについていけずに、ぽつんと壁に寄りかかる。
「蘭おねーさん、そんなに暗い顔しないで。カクテル飲まない?」
 いつの間にかともが目の前に立ち、軽く手を振ってきた。こういう場で知り合いに会うのは安心する。
 初夜でのことを瞬時に思い出すが、ともの様子は何も変わらない。
――あの時のこと、何も思っていないようだわ
 蘭はほっと胸を撫で下ろし、口元に笑みを浮かべた。
「ねぇ、行こう。こっち、こっち」
 ともは蘭の手を掴むと、人を掻き分けてバーカウンターまで連れてくる。こういう時のともの人懐こさは蘭を安心させてくれる。
 秀樹も悪い人ではないのだが、他の女に気を取られている印象が多く、とものように世話を焼いてくれない。
 それを言うなら、こんな場所で一人にする雪も雪だが。
 蘭はむっと顔をしかめて、辺りを見回すがまだ雪は戻って来ていないようだ。
「ねぇ、何がいい?」
 ともがメニューを見せてくれるが、蘭にはよく分からない。カクテルの種類が多すぎて、どれを選んでいいか迷ってしまうのだ。
「んーと、じゃあ僕が選んでいい?」
 ともは慣れているのか蘭からメニューを取り上げるとカウンターに置いた。
「見なくていいの、とも君?」
「うん、お酒は大体は頭に入っているから。えーと、グラッド・アイをちょうだい」
 年下といってもその堂々とした様子に感心してしまう。もう一度メニューに目を通して、ともの言った名称のカクテルを探そうとするが、それでも見つからなかった。
 メニューと悪戦苦闘していると、バーテンダーがシェイカーを振り終わったようで、グラスにアルコールを注いでくれた。
 目の前に出てきたカクテルは目の冴えるような、鮮やかなエメラルドグリーン。
「うわぁ、綺麗だね」
 暗い室内でも際立つカクテルに目を奪われる。ともがすっと差し出してきて蘭が手に持とうとした瞬間、カクテルは奪われた。
「これは、曲がりなりにも覇王の花嫁に差し上げるものではないのでは」
 落ち着いた声が後方からかかり、蘭は思わず振り返る。
「あなたも、お酒をいただくなら、もう少し考えた方がいいのでは」 
 後ろには神経質そうな青年がいて、細い眼鏡をくいっと持ち上げた。
 その丁寧な口調にはどこか刺を含む苛立ちが隠されている。
 青年はグラッド・アイのカクテルをすーっとカウンター上で滑らせて、ともに戻す。
「……石田三久(いしだみつひさ)……君がこんな場所に来るとはね。西の本家で引きこもっていたんじゃないの?」    
 ともは三久から返されたカクテルグラスを掴むと、嫌そうに顔をしかめた。
「……ブルームーンを」
 三久はともを無視してバーテンダーに声をかける。シェイクされてカクテルグラスに注がれた色を見て蘭は感嘆を上げた。
 カクテルグラスに月が落ちたような美しい青。
「これを徳川様にお返し下さい」
 三久は飲まずに蘭に差し出すと、くいっと顎をしゃくる。
 三久の鋭い目に怖気づき、蘭は思わずともにカクテルを差し出してしまった。
「……ブルームーン……その意味は、出来ない相談……ね」
 ともが呆れたように溜息を漏らして、じろりと三久を睨みつける。それでも三久は表情を崩さずに、ともを見ていた。
「相変わらず、君はくそ真面目なんだから」
 ともがグラッド・アイとブルームーンを立て続けに一気飲みしてグラスを置いた。
「苦手な奴が来たから僕は行くね。またね、蘭おねーさん。今度はカクテルを受け取ってね」
 ばちりとウインクをしてともはその場を立ち去って行く。残された蘭は怖々と後ろにいる三久に振り返った。
「あのー何かカクテルに意味があったんでしょうか?」
 ともと三久のやり取りを見て、蘭は意味があったことに気がつく。だがその内容はさっぱりであった。
 三久の眼鏡の奥の双眸がぎらりと光り、蘭は肩を竦めてしまう。
「グラッド・アイはあなたに色目を使うって意味です。それを出来ない相談だとブルームーンで返したということですが」
 三久は淡々と喋り、もう一度バーテンダーに振り返った。
「あの方らしい無邪気な遊びです。この方に、ジン・デイジーを」
 三久が新しく頼んだカクテルは、白ベースに淡いピンクが混じった可愛らしいアルコールだった。
「どうぞ」
 三久に差し出されて蘭は躊躇いながらそれを受け取る。これにも意味があるのかと思い、困惑するが三久は興味がなさそうにまたバーテンダーに振り向く。
「私はクローバー・ナイトを」
 三久の注文したカクテルは透明色でクローバーが浮かんでいるものだった。
「この小夜時雨パーティも、随分と派手で来るのが嫌だったんですがね」
 三久がカクテルグラスを空に掲げるので、蘭もそれを真似てみる。
 三久が軽くグラスを合わせて、クローバー・ナイトを一口喉に含んだ。
「飲まないのですか?」
 三久に促されて蘭はカクテルを飲む。カクテルは酸味と甘みが混じりあいすっきりとした味わいで飲みやすく仕上がっていた。
「あ……おいしい」
 蘭は素直に感想を言うと、三久の目がまた鋭く光る。
「容姿B+、教養D-、品性C-、頭脳D+、感受性B+」
「え〜と、あのう」
 三久からぶしつけに評価をされて蘭は困惑する。さきほど会ったばかりの男性にそのようなことを言われるのは少々傷つく。
「失礼ですが、あなたはどちら様なのですか?」
「ああ、失礼しました。私は豊臣家に仕えている石田三久という者です」
 三久は今気がついたように、会釈をしてくる。
「普段は西の豊臣家にいるのですが、今日は秀樹さんに呼ばれてこっちに来たわけです」
――だからこんな場所に居るんだ
 三久は秀樹のお付きとして来たようだ。そうでなければこの派手な場所には不似合いだ。 





 





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