河畔に咲く鮮花
「蝶姫、ここは大人しく他に行った方がいいよ? 雪が機嫌を損ねないように」
ともがにこりと綺麗に微笑みながら、蝶子をけん制した。蝶子は空気を察したのか、ぎりっと奥歯を噛み締め、席を立った。その潔さも蘭にとっては美しく見える。
「僕、蝶姫のこと苦手だな。小言うるさいし、気位高いし」
立ち去った後でともが、首をこきこきと回してコリをほぐした。
「まぁまぁ、斎藤家の長女やし。ばりばりのお姫様やで、仕方ないって」
秀樹がたしなめるように言うと、蘭に座って、座ってと促した。
「蘭ちゃんも気にせんとき。な? こいつがいっつも色んなもん拾ってくるのは今に始まったことやないし」
悪気はないのは分かっているが、拾い物扱いされて蘭ははぁと頷く。
「そうだよね、雪は変わってる。気に入れば下慮でも自分の傍に置くもんね」
次に棘の含まれたともの声。ずばずば言われて蘭は少し肩を落とした。
「俺がなにしようが勝手だ。てめぇらも文句言うなら俺の傍にいるな」
雪がばしっと言いきって、場はシンと静まり返った。
「そんなこと言わんといて〜。俺がゆっきーのこと大好きなん、知ってるやろ」
秀樹がしだれかかるように雪の肩に倒れ込む。
「こら、止めろ、秀樹。気持ち悪いんだよ」
そうやって、秀樹が場を和ますと笑いが戻って来た。
「ふん、いい身分だな、御三家の馬鹿どもは」
通りすがりに嫌味な声をかけてくる男に蘭の意識は向いた。覇者、それもトップ3の御三家にそんな口が聞ける男がいるのかと蘭は目を丸くする。
同じように雪達もそちらを向いた。そこには、雪達と同じ五年生のネクタイをした、右目に眼帯をした男子生徒。
その後ろには肩まで髪をざんばらに伸ばした男子生徒が軽く睨みつけてくる。
この二人は異様なほどのオーラを全身に纏わせて、雪達をじろりと見る。普通の男達と違うことは肌をぴりぴり刺す痛みで分かった。
――きっとこの二人も覇者。蘭は直感的にその二人を覇者だと悟る。それもかなり名家の出身。
「笑っていられるのもせいぜい今の内だ――雪は溶けて春がくる」
眼帯の男は不敵ににやりと笑うと、後ろにいた男を促してその場を悠然と立ち去った。張り詰めた空気が一気に緩んで蘭はほっと胸を撫で下ろした。
「相変わらず、伊達政春(だて まさはる)と真田唯直(さなだ ただなお)は敵意をがんがんぶつけてくるなぁ」
秀樹は二人の後ろを見やり、面倒くさそうにそうこぼした。
「くだらねぇ」
雪はどうでもいいと言った風に、視線を戻して食べかけのパンにかぶりついた。覇者には覇者達の争いがあるのかも知れない。
もし、東と西の織田家と豊臣家が仲が悪ければ、今頃戦中だと誰かが言っていたことを思い出す。
そう思うと、蝶子が言っていたように織田家の寝首をかいて、全国覇者、覇王の称号を手に入れたいと思う輩もいると言うことだ。
蘭は風呂で見た雪の傷だらけの背中を思い出した。あれはもしかして、狙われた時についた傷。
古いものもあれば新しいものもあった。それを思うと、なぜだか蘭は雪という男を悲しく感じた。
***
学園から帰って来た蘭の姿を見て、驚いたのは義鷹だった。それもそうだろう。蘭の姿は男物の学生服に変わっているのだから。事情を述べて、女物に戻してもらおうと思ったが義鷹はにこりと微笑む。
「そちらの方が蘭にとってはいいね。だって、女の格好のまま雪様に連れ回されたら、今度は女子達から苛められる」
そう言われて見ればそうかも知れない。釈然とはしないが、蘭はそれで納得した。
ちらりと視線を向けると義鷹は、ん? と首を傾げる。蘭は慌てて何でもないと顔を逸らせた。昨日、義鷹に絶頂させられて、顔を赤らめる。だけど、あれはただの調べ物。そう、今になって分かる。雪は、覇王だもの。仮にも蘭が処女じゃなければ、蘭どころか義鷹まで殺されてしまうかも知れない。
それが証拠であるかのように義鷹の目の中は獣めいた情欲が消えている。いつもと変わらぬ優しい笑顔。
蘭はほっとして、与えられた部屋へ戻り、いつもの着物姿に着替えたのだった。
雪は本当に家出して来たようで、今日も我が家のように義鷹の家でくつろいでいた。食事する時も、蘭を傍に置き、あれこれと注文してくる。
人参は嫌いと、蘭の皿の上に転がすし、逆に海老をくれと言って食べたこともないご馳走をかっさらっていく。
これが本当に覇王なのかと蘭には分からなくなる。もっと威厳があって大人なのではと思うが、丸っきり子供だ。
五年生ということは蘭より二つ上。二十歳にもなるのに、こんなので大丈夫かと蘭は目を丸くする。
ご飯が終わりさっさと部屋へ戻ろうとするが、雪は新しく手に入れたおもちゃをまだ手放そうとはしない。
また背中を流せと命令されて、蘭は否応にもそれに従うしかない。
こんなの詐欺だと蘭は内心舌打ちする。雪が覇王なんてなんの冗談だろう。国を治めるのトップに出会い、小姓になる。抗おうとしても抗えるわけがなかった。機嫌を損ねたら、すぐに家族ごと処刑されそう。いや、蘭が住んでいる下虜街一帯の全てを焼き払おうとするかも知れない。血気盛んという噂は間違いではない。蘭は仕方なく風呂場に足を踏み入れる。
待ちきれないのか雪はこちらを向いて椅子に座っていた。
「おせぇよ。湯ざめするだろうが」
「そんなこと知らないわよ」
思わず悪態を吐いて、あっと蘭は口を塞ぐ。だけど雪はそれもおもしろそうに笑っている。
「そうそう、その元気を出せよ。お前みたいな女は初めてだ」
そう言われてそりゃそうだと思う。覇王にこんな口の聞き方をするのは蘭ぐらいだろう。
後は身分の高い貴族の姫様や、今日見た蝶子のような娘達。こんな言葉遣いの悪い女が珍しくてたまらないのだ。
そのうちに慣れて、きっと飽きて捨てられる。蘭はその日が来るのを根気よく待つしかない。
「今日はここを洗えよ、もちろん手でな」
雪はタオルをバッと剥がして、自分の下肢を露わにする。ハッと息を呑み、蘭は身を引いた。
雪の肉径はすでに大きく張りあがり、ぴたりとお腹にくっついている。
「なぁ、早くしろよ、待てねぇ」
甘い蜜のような雪の声が蘭の耳をくすぐる。こういう時だけ雪は蕩けるような声音で甘えてくる。ずるい、と蘭は思いながら恐る恐る、その場に跪いた。
「そこの液体で洗え」
雪が透明なボトルを手に持ち、蘭の手の平に中身をこぼした。冷たくて、粘ついた透明な液体が、蘭の手の中に溜まる。
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