河畔に咲く鮮花  





 アユリはあちゃぁと、顔をしかめて渋々その場に腰を下ろし、静かに草むしりを始める。
「ぼうっとしている暇があるなら、追い出すぞ。それとも、貴族の娘は手を汚したくないのか?」
 志紀がつんと取り澄ました顔で、そう言い放つ。
――その言い方……何とかならないわけ……
 偉そうな態度で言われるが蘭は腰を下ろして、アユリと同じように草をむしり出した。
 志紀は突っ立ったままで、蘭の草むしりの様子を見ながら紙面に何かを書きこんでいる。
――ううっ……チェックされてる……
 それから、山での山菜摂りに、花の水やり、井戸での水汲み、全てについて来ては、いちいちとチェックをするのだ。
「ほら、もっと気合入れてやれ」
 手が止まると、すぐに偉そうに注意してくる。
――はぁ……息つく暇もない
 そのスパルタな姿勢は蘭とアユリをほとほと疲れさせた。
 一通り終えて、家に戻ってきても蘭の仕事は終わらない。
「茶を淹れろ。俺は夏でも熱いのを飲む。まずいと淹れなおさすから、覚悟しておけ」
 疲れた体に追いうちかけるように、志紀はびしりと傲慢に言い放った。
「人使い荒い……なによ、自分はなにもしない癖して」
「なんか言ったか? 文句あるならすぐに追い出すぞ」
「す、すぐにお茶を淹れます!」
 じろりと志紀に睨まれて、蘭は慌ててキッチンでお茶を淹れる。
――人の弱いところにつけこんで……
 なにかあるたびに追い出すと言われる蘭は冷や汗ものだ。
 キッチンに繋がったリビングで、志紀は仕事用の眼鏡をかけて、しきりにパソコンを打っていた。
 邪魔にならないように、お茶をテーブルに置き、蘭は肩をこきこきと鳴らす。
 眼鏡をくいっと押し上げて、志紀はお茶を口に含んだ。
「ふん、色も良く出ているし、香りもなかなかいい。だがこんなもので終わると思うな。洗濯して、風呂洗い、夕飯の支度だ」
 蘭を一つも休ませる気はないらしく、志紀は次の用事を命令して来た。
 顎でしゃくられて、蘭は今度は洗濯を開始する。
――なによ……この洗濯の量……
 ぐちゃりと置かれた洗濯物の山を見て、蘭はがくりと肩を落とす。
 志紀とアユリの服が籠から溢れているのだ。
――こんなことで、追い出そうとしても無駄だからね 
 志紀は蘭を貴族の娘だと思っている。
 公人が上手く下慮という真実を避けて話したからだ。
 慣れないことをさせて、音をあげさせる。
 そうやって志紀はよそ者の蘭達を早く追い出したいのであろう。
 だが、公人の怪我が治るまで置くと見栄を張ってしまった為に、自分からは無理に追い出せない。
 働かせるだけ働かせて、もう嫌だと言って、出て行くのを待っているに違いない。
――絶対に思い通りにはならないんだから
 傲慢で、すぐに偉そうに命令してくる志紀を思い浮かべ、絶対に負けないと蘭は意思を固めた。
――やっと……終わった……
 蘭は一日の仕事が終わり、へとへとになって部屋のベッドで寝そべった。
 夕飯の片付けはアユリの当番で、蘭はその間に風呂をいただく。
 休んでいたのも束の間、ちりんちりんとベルが鳴らされた。
 志紀が蘭を呼ぶものらしく、鳴れば一分以内に来いと命令されている。
――嘘でしょう……何時だと思っているの
 蘭は軽く溜息を吐くと、体をほぐして志紀の部屋へと行った。
 志紀の部屋は広いが、ぐちゃぐちゃに紙や物が置かれて、足の踏み場もない。
――昼間……掃除したばかりなのに……
 ベッドに寝そべっている志紀は、ちらりと蘭を見やり、来いと不遜に命令してきた。
「マッサージを忘れている。早くしろ。俺は肩が凝るんだ」
 寝たまま肩をぽんぽんと叩き、揉めと促してくる。
――本当に人使いが荒いんだから……
 蘭ははぁと溜息を吐きながら、志紀の傍に寄った。
 うつぶせで寝ている志紀の肩を揉むと、気持ち良さそうに目を閉じる。
 横に向いたままの顔は心地良さそうな表情を浮かべ、頬を白いシーツに擦りつけていた。
長く繊細なまつ毛の影は頬に落ち、官能的な唇は少し微笑んでいる。
――随分と気持ち良さそうね  
 いい気なもんだと蘭は肩を揉みほぐす。
 これまでは、マッサージを受けていたのは蘭だったはずなのに。
 そこまで考えて、また蘭はハッと脳裏に浮かんだ言葉を反芻する。
 ――マッサージを受けていた。誰から? 
 ぼんやりと浮かんでくるのは公人だったような気がする。
 まさか、公人からそんなことをされていたのか。
――そんなわけないか
 蘭は軽く頭を振って、肩揉みに集中した。
「……そう言えば今日の飯はなかなかうまかった」
 ふと志紀が目を閉じたまま呟く。
「それはそれは、志紀様のお口にあって良かったです」
 蘭は大仰に言って、志紀からのお褒めの言葉に預かった。
「まぁ、材料がいいから下手な奴でも上手く作れる」
 褒めたと思えば、けなされて蘭はむっと顔をしかめる。
「そうですねぇ。今日この里で採取した山菜もいれたから、新鮮でさぞおいしかったでしょ」
 蘭は力をいれて志紀の肩をごきっと揉んだ。
「うっ!」
 志紀は痛かったのか目を見開き、体をのけぞらせる。
「貴様、わざと力強く揉んだな。罰として、後十分延長だ」
「えぇ〜」
 嘆きの声を上げるが、志紀がそれで許してくれるはずはなかった。
――さ、最悪……
 蘭は余計なことをしたと、肩の力を落として肩揉みに集中するのである。
 そして、マッサージを終えた頃は、深夜を過ぎた頃であった。



  ***
  

「なんだか、楽しそうにしているな」
 里に来て一週間も過ぎた頃、蘭とアユリを見て、木陰で休んでいる公人はそう言った。
 今は、蘭とアユリは川で魚釣りをしている。
 釣りといっても、網を端から端まで張って、そこまで魚を追い込むという、アナログなことをしていた。
 蘭が木の枝でばしゃばしゃと音を立てて、驚いた魚を網のところまで追いたてるがなかなかと上手くいかない。
「蘭姉ちゃん、下手なんだよ。ちょっと、俺にやらせて」
 見かねたアユリが、今度は両手で大きな石をめくり、その下に隠れている魚をばちゃばちゃと走って追いたてた。
「へっへ、俺の勝ちだね。今ので三匹もゲット」
 アユリがピースサインをして、氷の入ったボックスに放り込む。
「あぁ〜またアユリに負けたぁ」
 蘭が川の中で腰に手を当てながら、無邪気に笑うアユリを眺めた。
 アユリはにまりと企んだ笑みを漏らして、わざと石を蘭の近くに放り投げる。
 バシャンと水飛沫が高くあがり、蘭はそれを頭から浴びてしまった。
 水浸しになり、蘭はふるふると体を震わせる。
「アユリ! よくもやったわね!」
 蘭はまたやられたと怒りに身を任せて、今度は反撃をかえしする。
 腰を曲げて、両手で川の水を汲み、アユリにばしゃばしゃと浴びせる。






 





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