先輩、僕の奴隷になってよ hold【6】

hold【6】 文化祭前夜

「大丈夫、椅子を綺麗に並べ直しただけだから。その気持ちだけで嬉しいよ」
「先輩は……優しいんですね」
 思いがけない言葉を愛斗から貰い、暗闇の中で頬をぼっと赤く染める。
 よく考えてみれば、二人っきりで愛斗とプラネタリウムを見ているなど、考えられないシチュエーションだ。
 こんなのがファンクラブ会長の美奈江に見つかれば、即刻除名されるかもしれない。
「きちんと、映っているみたいですね。これで明日も一安心です」
 愛斗が空を見上げ、ふと口元を緩めた。
「愛斗君……装置の確認してくれたんだ」
 明日が本番で、外からも色んなお客さんが足を運んでくれるだろう。
 それを確認してくれた愛斗に申し訳なくなってしまう。
 春香の方が一級上の先輩だというのに、愛斗に全て負けていて。
「ありがとう、愛斗君」
 それだけを囁くと愛斗はすっと指を差した。
「先輩、ほら……天の川……今の時期は見れませんけどこの装置なら季節が関係なく見ることができますね」
 愛斗の指先に目がいき、そのまま満天の空を見上げる。
「あ……」
 真っ暗闇に映し出される星空は都会で見る空より美しく輝いて、春香の胸をじんと打った。
「わし座のアルタイル……僕はいつまで織姫を待たなければならないのだろう」
「――えっ?」
 愛斗がぽつりとこぼした言葉は、この静寂に満ちた空間に溶けて消えていく。
 空を見上げる愛斗の横顔はどこか物憂げで、その表情が寂しそうに見えてしまった。
 それでも愛斗はじっと食い入るように空を見上げ、こちらを振り返ろうとしない。
 わし座のアルタイルは彦星という意味で、一年に一度だけ織姫と出会える運命の星だ。
 もしかして愛斗が特定の彼女を作らないのは、自分の運命と思える女性を待ち望んでいるのかもしれない。
 アルタイルと自分に置き換えての呟きは少しだけ春香の気持ちを痛ませる。
(愛斗君はやっぱり……彼女が欲しいのかな?)
 本当は誰とも付き合って欲しくないし、いつまでのみんなの王子でいて欲しい。
 愛斗が待つ織姫に自分はなれないことを知っている。
 だから、変わらないままでいて欲しいと願っているのに。
(それはわがままな願いか……)  
 春香はもう一度だけ満天の星空を映し出した空を見上げて、静かに愛斗との時間を楽しむ。
 とんっと触れた愛斗の肩からじんわりと熱が伝わってきて、緊張に体を固まらせた。
 まるで、恋人同士みたい――。
そんな錯覚にも陥ってしまい、頬が赤らんできてしまう。
(このぐらいならいいよね……)
 どきどきと高鳴る胸を押さえながら、春香は文化祭最後の思い出をゆっくりと噛み締める。
 グラウンドでダンスは出来なかったが、これはこの空間で心地よいものだった。
 星降る中で春香はこのまま時が止まればいいのにと――いつまでもそれだけを願って満天の空を見上げていた。














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