先輩、僕の奴隷になってよ hold【5】

hold【5】 文化祭前夜

***  
文化祭前夜―― 

「あ〜、やっと終わった〜」
 春香は前夜祭を終えて、教室で一人、乱れた椅子を整理整頓していた。
 グラウンドからは前夜祭を祝う、音楽が奏でられていて――ふと窓に目を向けてしまう。
「あ〜あ、みんな食べたり飲んだりして、騒いでいるんだろうなぁ」
 ダンスなどもあったりして、気になる相手と踊ると上手くいくという学園にありがちなジンクスがあった。
 春香は高校三年間、誰とも踊ったことがないし誘われたことすらない。
 思えば愛斗が入学してから、ずっとファンクラブとして追っかけていたので他の男子など目にも入っていないのが今に至ったのであろう。
「一人ぐらいキープしておけば良かったな」
 高校三年の文化祭がこのような形で終わっていくのがどこか寂しい。
 それでも愛斗以外に居たいと思える人もいないので、仕方ないと肩を落とす。
「愛斗君は王子だし、特定な彼女も作らないからいいんだよね、これで」
 春香は愛斗と話しが出来るだけで有難いと思い、また椅子を整頓し始める。
「あ〜、疲れた……」
 どっと椅子に腰を下ろして、ぼんやりとしていると廊下から声が聞こえてきた。
「私と付き合わない?」
 どうやら女子が男子にそう語っているようで、意識がそちらに向いてしまう。
(凄い……高圧的な女子だなあ)
 それだけ自信があるのを感じて、文化祭にありがちな告白を聞いていた。
「いいでしょ、鳴沢愛斗君?」
 だがその名前を聞いて春香はばちっと目が開き、気がつけば椅子を弾いて立ち上がっていた。
(愛斗君が告白されてるっ!?)
 これは一大事だと思い、春香はそっと窓に近寄りひょいっと廊下を覗いた。
 ファンクラブの人間であれば処罰されることを知っての行為なのだろうかと訝る視線を向ける。
 愛斗のファンクラブには掟があり、出し抜いて告白しないということになっていた。
 だけどそこにいるのはファンクラブの者とは違い、同じ学年の女子の姿が見える。
「西島恭子……」
 春香はぎょっと目を剥いて、その名前をぽつりとこぼした。
 制服から張り出している大きな胸の下で腕を組み、その大きさを強調させている。
 派手で華やかな出て立ちは女子からも一目置かれている存在だ。
 取り巻きの男子もいるぐらいで、影ではその様子を西島牧場と噂していた。
(ま、まさか、愛斗君も西島牧場に加えようとしている?)
 可憐な愛斗が愛らしい子羊に見えてしまい、めぇぇとか細く鳴く姿が想像出来て今にも飛び出しそうになった。
「先輩……本当にごめんなさい。僕はその誰とも付き合う気がありませんので……すみません」
 春香の心配もよそに、愛斗は恭子に向かってそう断った。
(しゅ、瞬殺っ!)
 恭子の頬がひくりと吊り上がるのが見えたが、すぐさま余裕の微笑みを漏らす。
「ば、馬鹿ね、からかっただけよ。冗談に決まっているじゃない。私は色気のないお子様より、雪哉みたいな艶っぽい男がいいのよ、はは、ははははは」
(美人って……大変……)
 春香には分からないほどの高いプライドがあるのだろう。
 恭子は終始、ひきつり笑いを漏らしながらその場をそそくさと立ち去って行った。
(ていうか、あの人って雪哉にもアプローチしてなかったっけ?)
 恭子が雪哉にまとわりついていたのも何度か見かけた。
「雪哉……その時ってどうしてたっけ?」
 うろ覚えで雪哉が恭子に対してどうしているかが思い出せない。
 それだけいつも愛斗を見ていたことに気がつき、春香はそろそろと窓を離れた。
(愛斗君……断ってくれて良かった……)
 愛斗は学園のアイドルで、王子的存在。
 だから特定の彼女は作らず、みんなに平等に接してくれる。
 それだけが春香、いやファンクラブのみんなにとって安心できることであって。
 春香はもう一度、椅子に腰掛けるとふっと教室の電灯が消される。
「えっ?」
 停電かと思ったが、天井に映し出される満点の星空――。
 春香はそちらに目を奪われて、美しい空になんとも言えぬ溜息を漏らした。
「先輩、ご苦労さまです」
 そこに愛斗が現れて、すっと隣りの椅子に座り、同じように空を見上げる。
「ま、愛斗君……まだ残っていたの?」
 わざとらしくそう聞くが、愛斗は告白をされていたなどおくびも出さずにこちらに振り返る。
「はい、先輩一人に整理させるわけにはいきませんから」
 にこりと微笑む愛斗はやはり天使のようで、うっとりと見入ってしまった。
「でも、すみません……もう終わってしまったようですね」
 がっくりと肩を落とす愛斗に心配かけまいと、春香はにこりと微笑み返した。













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