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エゴイストな夜 side4ー11 【綾子と速水の大人な恋!?編】
***
とうとう、生命維持を外す当日――私はやはり病院の前で速水を張っていた。
腕時計に視線を落とし、深い溜息を吐き出す。
午前中には外すと聞いていたのに、すでに正午を過ぎていた。
昼ごはんも食べずに、私は馬鹿みたいにじっと待っている。
長い――とてつもなく長い時間で、待つことに慣れていない私は気が遠くなりそうだった。
それでも速水が桜ちゃんを見守る時の長さに比べれば、私の時間などちっぽけなもので。
速水から例えるとほんのまばたきの一瞬でしかないだろう。
私は背を正して、暗い表情をしているであろう自分の顔を思い切りつねった。
私が沈んだ顔をしていたら、速水も自分の弱さを見せられないはず。
今日はとことん速水に付き合うつもりで、泣いても喚いても私が支えてあげる覚悟がある。
気持ちを入れ替えて背筋を伸ばして立ち、そしてそこからまた時間が進み――
空が不気味なほど赤く染まる、夕方になった頃、病院からふらりと出てくる速水の姿が見えた。
夕日を浴びて赤く染まる速水の顔は濃い陰影を刻み、見ているだけで切なく胸を締め上げる。
とぼとぼと歩いてくる速水の前に立ち、じっと見上げて手を差し出した。
だが速水は手を取ることなく、がばりと私を抱き締めて体を震わせる。
すぐに泣いているのだと分かり、私は速水の背中に手を回して抱きしめた。
「良く頑張ったね――」
そう慰めの言葉をかけたが、速水がぶんぶんと大きく首を横に振る。
「違うんだ……違う……」
速水が何度もその言葉を呟くが、何のことか分からなかった。
――もしかして、外せなかったの?
私はそう思ってしまい、速水の震える背中をゆっくりと撫でる。
「いいのよ……あんたの決断だんだから……外せなくても……」
私は生命維持を外せなかったと理解し、理性を失っている速水に優しく語りかけた。
だけど速水が次に呟く言葉は私の理解の範疇を超えていた。
「違う……桜が……桜が……目覚めたんだ……」
「――え」
その瞬間、ぞわりと肌が粟立ち――自然と私の胸に熱いものがこみあがってくる。
「桜が……目覚めたんだ……」
速水がもう一度掠れた声を出した瞬間、私の瞳からぶわりと涙が溢れてきて頬を伝い落ちていった。
「そんな……信じられない……」
――奇跡ってあるの……?
速水が何度も目覚めることを願い、ずっと桜ちゃんを見守ってきた姿が思い浮かび、涙が止まらなかった。
私の体もわなわなと震えはじめ、背中をさすっていた手で速水を力強く抱き締める。
「速水……あんた……良かったじゃない……ここまで待ったあんたの勝ちよ……」
鼻声でそれだけを言うと、速水がゆっくりと顔を放して私を見下ろす。
夕焼けに染まる速水の涙がきらりとまつ毛を弾き、頬にこぼれ落ちていく。
――綺麗な、涙……
私はそれに見惚れてしまい、じっと見上げていたら唇を塞がれる。
優しくて甘いキスは蕩けそうで、甘美な心地よさに陶酔してしまう。
「綾子……お前の勝ちだ……ずっと俺を追って、見捨てなかった……お前の……」
――どういう意味?
ぼんやりと見上げていると、速水はふっと表情を崩して笑う。
なんて無邪気に笑うのだろうと、見入っていたら速水はぐいっと涙を指で拭った。
「俺とこれからも桜を見守ってくれるか? 婚約者として」
「――え」
速水の言葉に戸惑いを覚え、何度も目を瞬かせてしまう。
――速水がまだ私を必要と言った?
桜ちゃんが目覚めたなら、もう私に用はないと思っていたのに。
私は速水を慰めるだけの女――そう決めつけていた。
「なんだ、嫌か?」
速水が意地悪く言うので、私は慌てて首を横に振った。そう、もげるほどに。
「守る、守る、守る、守る! 私も桜ちゃんを絶対に守るっ! あんたと一緒に!」
「はっ、くくく」
私の表情がおかしかったのか、速水が馬鹿みたいに大笑いした。
馬鹿にして――と思ったが、その屈託のない笑みはあまりにも綺麗で。
心の底から笑っているのだと気がつき、私の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
サイボーグだと思っていた速水は、誰よりも人間らしい感情を持ち合わせていて、頑なに閉ざしていた心をようやく開いてくれた。
それが嬉しくて、感激してしまい胸が仄かに暖かくなる。
「――だから、俺はお前を選んだ」
速水が真剣にそう言って、私の涙を繊細な指でそっと拭ってくれた。
「あの、それって……」
選んだ理由が他にあるのだと分かって、聞き出そうとした時に速水がもう一度キスを落としてくる。
このキスを受けると何もかもを忘れ、酔いしれてしまい思考が止まるのだ。
それを知っている速水はキスをして、誤魔化しているのだろう。
――ずるい、男
そう思ったが、速水の暖かい唇に触れていたくて私はキスに溺れていった。
目を灼く痛いほどの夕日が眩しくて、私はゆっくりと目を閉じると速水のキスだけに意識を集中させる。
冷たい唇ではなく――暖かく甘いキスはいつまでも私を幸せな気持ちにさせてくれるのであった。
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45 side4−11 エゴイストな彼