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エゴイストな夜 side4ー10 【綾子と速水の大人な恋!?編】




***


  その日――と言ったのに、速水は生命維持を外す前日に私の前に現れた。
 どしゃぶりの雨の中、傘もささずに突っ立つ姿は幽鬼に見えたぐらいである。
「速水、どうしたの!」
 私は慌てて傘を速水にさして見たが、随分と落ち込んでいるようで微動だに動こうとしない。
「速水……?」
 顔を窺うと速水はもたれかかるように私を抱き締めてきた。
 その瞬間、反動で赤い傘がくるくると放射線を描き暗い夜空に舞った。
 水を含んだ服が重く感じたが、私は倒れないようにしっかりと速水を支える。
「どこにも……行かないよな……」
 速水がぽつりと囁いた声は雨に混じり、聞こえづらかったが私は顔を上げた。
 正樹君にきっと何かを言われたのだろう。
 身体が震え、これは雨の寒さのせいではないと感じ取った。
「俺は汚い……綾子のせいにして……生命維持を外すって……」
 まるで懺悔をしているように速水は思いの丈をぽつぽつと吐き出す。
「いいのよ……」
 そう言ってみても抜け殻のような速水はどこか上の空で、今にも消えてしまうのではないかと心配になった。
明日は病院の前で張り込む覚悟をしないと、速水はこの腕に戻って来ないのではと。
「綾子は行くな……」
 速水がうわごとのように繰り返す行くなと言う言葉が――逝くなに聞こえてしまいぎゅうっと胸が締めつけられる。
「大丈夫よ、私はどこにも行かないから……」
 そう、簡単に逝くわけには行かない――速水をこの世界に残して。
速水の濡れた髪の毛先から雨が滴り落ちて、私の肩を濡らしていく。
 ざあざあと降り止まぬ雨の中で、私はしっかりと速水を抱き締めた。
「大丈夫……私がいるから……大丈夫……」
 子供をあやすように私は速水に安心させる言葉を囁く。
 すると速水の震えが小さくなり、こわばっていた体からふっと力が抜けていった。
「ね……私はどこにも行かない」
 もう一度、そう言って速水を安心させるが速水がびくりと体を跳ねさせた。
 ゆっくりと肩から顔を上げ、私の後方を鋭い視線で見つめ続ける。
――どうしたの?
 私は不思議に思い、その視線の先を追って半身をねじり確認した。
 その直後、雨の中に佇む人物を見て硬直してしまう。
 そこには男が立っていて、手には光る銀色の――そう、刃物を持ってこちらを凄い形相で見つめていた。
「あいつ……」
 確か、取り巻きの一人だった男だと虚ろに思い出すが、最近は音信不通だったはずだ。
 いや、私が速水を追っかけていて、取り巻き男達とは縁を切っていた。
 だがしつこくメールや電話を寄越してきていた男を思い出す。
 一日、何百件もメールを入れてきていたが、私は無視をして着信拒否をしていた。
 諦めていたと思ったが、まさかこんな風に目の前に現れるとは。
 雨と共に、血の毛がざーっと引いていく音が聞こえた気がした。
 私を抱き締める速水の力が強くなり、私を守ろうとしているのだと感じる。
――速水……あんた……
 だがすぐに私を庇って死ぬ気では思ってしまい、力の限り濡れた身体を押した。
「速水……大丈夫よ、私は絶対に死なないから」
 強くそれだけを言って、私は速水の体から離れていく。
「綾子っ……」
 速水の悲痛な声に私は一瞬だけ顔をねじり、大丈夫だと頷いて見せた。
 そして男の目の前に立ち、じっと見つめてやる。
「綾子さん……どうして……俺からのメールに返してこないの」
 男はぶつぶつと口の中で喋り、刃物をぎらつかせる。
 だがその手は震え、怯えているようだった。
「ごめんなさい。私……好きな人がいるの……本気なのよ」
 ざばざばと雨の音が言葉をかき消していくが、私は声を張ってそう言った。
 男は驚愕に目を開き、刃物を持つ手が大袈裟なほど震える。
 それでも私は絶対に引くことはしない。
 本当は身体が震えて怖かったけど、これが男に対する精一杯の誠意。
 いつも遊びで愛を語り、本気になることがなかった私自身の罪の償い。
 それでもこの男に命をくれてやるわけにはいかない。
 私は速水に死なないと――約束をしたのだから。
 数秒――男は悲しいほどの視線を絡めてきて、手からぽろりと刃物を落とした。
 地面に刃物が転がり、男も同じようにその場に崩れ落ちて肩を落とす。
「ごめんなさい……」
 こんなに心のこもった謝罪の言葉を出せるなど今までの私からでは考えられないことだった。
 気持ちを弄んできた私は速水に触れて、ようやく思いやる心や愛する気持ちを知ったのだ。
 その一部始終を見ていた速水ががくりと膝を崩し、顔を俯かせている。
 私が死ななくてほっとしているのか、それとも庇って死ぬことが出来なかった空虚感なのか。
 私はすぐに速水の元へ駆け寄り、ぐいっと襟を持って上向かせた。
「見なさい、私はちゃんと生きている……だから、あんたもしっかりしなさいっ! いつまでも甘ったれてんじゃないわよっ!」
 雨の中、身体は濡れていき寒さで震えてきたが、そんなことはどうでも良かった。
 速水に私は生きていると――証明したかった。
 すると速水は私の腕を掴み、確認するように何度も指を往復させた。
「綾子の肌は温かいな……お前はきちんと地に足をつけて立っているんだな……」
 生というものを確認しているのか速水がぽつりとそれだけを吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。
 俯き加減だった速水がしゃきっと背を正して真っ直ぐに立つ姿は、強い雄を感じて目を細めてしまう。
――そうよ、速水……辛いことがあっても私がいるから……
 打ちひしがれていた速水はもう迷いをふっきたのだろう。
 瞳に光りが戻ってきて、濡れた髪をばさりを掻きあげた。
「俺は……お前にこんなにも迷惑をかけていたんだな」
 じっと見下ろしてくる速水は少しだけ微笑んで、私の額にかかる髪を優しく払ってくれる。
 桜ちゃんにしているような暖かさを感じて、私は涙がこみ上げてきそうになった。
「もう……大丈夫だ……」
 速水がそれだけを言って、頬をそっと指で撫でてきた。
「泣くな……」
 その言葉が理解できなかったが、私はどうやら泣いていたらしい。
 速水に優しくされて――桜ちゃんと同じように扱われて――心を開いてくれているのだと分かり、感激してしまったのかもしれない。
「泣かせているのは……あんたよ……速水……」
「そうか、済まなかった」
 速水に謝られると余計に涙が溢れてくる。
――馬鹿……私、なんでこんなに厄介な男を好きになってしまったのだろう
 それでも強烈に私を惹きつける速水が愛しくて、彼の胸に顔を埋めた。
「とことん……あんたを追ってやるから」
 それに対して速水は何も言わなかったが、微かにこの雨の中で笑った気がした。
――好きという言葉一つも貰っていない私は、エゴな彼の腕に抱かれて静かに目を閉じた。









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