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エゴイストな夜 side4ー9 【綾子と速水の大人な恋!?編】



***



  速水はこの頃、桜ちゃんの見舞いに行かなくなった。
 一旦、正樹君に任せると――自分は引くと言っていたが、本当は桜ちゃんを見るのが辛いのだと私には分かっていた。
 そうやって徐々に距離を取り、生命維持を外す準備をしているのだ。
 私はそれに関して何も言うことがなくただ成り行きを見守ろうと思った。
 そうして、時間は流れ――
 ひらり、ひらりと舞う桜の花びらが美しい春の季節がやってきた。
「桜とキスをしたことがあってな」
 私は珍しく速水と花見をしに――いや、思い出巡りの場所の公園に来ていた。 
 速水はこの公園で、桜ちゃんとキスしたことを私に話してくる。
「ほら」
 ベンチに座り、速水は私に缶コーヒーを渡してきた。
 私はブラックコーヒーなのに、速水はミルクと砂糖入りの甘いコーヒーだ。
 速水は確実にブラックだと思っていたのに、過ごす内に案外甘党ということを知った。
 なんだかちぐはぐだが、それでも意外性があって私の胸はときめいたものだった。
「それって……桜ちゃんが好きってこと?」
 妹と思っている桜ちゃんとキスしたことがあるとは、もしかして私は勘違いしていたのかもしれない。
 胸がもやもやしだしたが、それを見た速水がくすりと笑う。
「妹みたいに好きっていう気持ちはあるが、女としてではない。それにキスしたのは桜の好奇心だ」   
 十四歳だった桜ちゃんはキスというものに憧れて、してみたいと言ってきたそうだ。
 甘酸っぱいものだと思って、誰かれにキスしてしまう桜ちゃんに思い切り大人のキスを速水はしたらしい。
 それを聞いて速水も大人気がないと思ったが、それは的中して桜ちゃんは全然、甘酢っぱくないと口を尖らせたそうだ。
 何でも少女漫画のように胸をときめかせるキス体験をしたかったらしい。
「ふふ、大人のキスって……そりゃあ、生々しすぎて十四歳じゃ気持ち悪いかもね……で、あんたはどう思ったわけ?」
 桜ちゃんの好奇心からのキスということは分かったが、速水はしてみてどう思ったのだろう。
 妹――と思う気持ちが一瞬でも女として見れてしまうようになったのか。
 図るような言い方に、速水は意地悪く口元を片側に吊り上げる。
「何も感じなかった。子供とのキスとしか思えなくてな」
「へ、へぇ、ふうん」
 私は嬉しくなって速水の答えに満足しながらコーヒーを飲む。
「お前とのキスの方が情熱的で、そそられる」
 速水が近づいてきて、あっという間に私の唇は塞がれた。
「――っ」
 いきなりで驚いていたが、唇の隙間をこじあけむりやり速水の舌が侵入してくる。 
 強引で積極的――速水の方が私より何倍も情熱的なのではと思ってしまうが、すぐにこのキスに違和感を感じる。
 貪るように舌を絡め、粘ついた液を啜りあげてくる速水の表情はどこか苦しそうで。
 風が舞い荒れ、桜の花びらが青い空一面に散っていく。
 桜が艶やかに散っていく――。
 それが病院で寝ている桜ちゃんと重なり――胸が苦しくなった。
 すべての終焉が近づいている――そう思ったから。
 私は速水が桜ちゃんとの思い出を語り、思い出の場所を巡り――一つの決心を胸の内にとどめたまま、その激情をぶつけてきているのだと思った。
 心の隙間を補うように、苦しみを埋めるように――速水は私を貪っているのだ。
 ――もう、決めたのね
桜ちゃんの生命維持を外すことをきっと決断したのだろう。
 言葉はなくともそのせっぱ詰まった様子で全てを理解する。
 そうすると私もなぜか悲しくなって、速水の舌に自分のを絡め、お互いの隙間を埋めるように貪った。
 そのキスは情熱とはかけ離れ、胸を切なくする悲しみを帯びたもので――。
 陽気な気候とは裏腹に、どんどんと心臓は冷たく凍りついていく。
――もう、終わるのね……桜ちゃんと速水を繋ぐ楔が外される…… 
それは、私が生命維持を外してと言った――二年後の春の日のことだった。



***
 


 いつものように速水と御飯を食べて、酒をいただいて帰る夜のこと――。
「綾子……話しがある」
 速水がそう呼び止め、私達は暗い路上でお互いに見つめあった。
 桜ちゃんのことだと直感的に分かり、私は覚悟を決めた。
 そのぐらい速水の瞳は真剣で、暖かいというのにぶるりと背筋が震えてしまう。
「桜の生命維持を外す」
 分かっていたことなのにそれを聞いた瞬間、私は表情を歪めてしまった。
――ああ、この時が来てしまった……
 生命維持を外してと言って、二年――。
 それは遅いようで、早かった気もする。
「俺は覚悟を決めている」
 私もいずれかは通る道だと分かっていたはずなのに、でもそれ以上に速水が辛そうで、苦しげな吐息を漏らす。
「うん……分かった……正樹君には?」
 ずっと桜ちゃんを見守っていたもう一人の少年――結局会うことはなかったが、彼のことが思い浮かんだ。
 あの少年はきっと気が狂ったように泣き叫び、速水を罵倒するに違いない。
 それが想像出来て、胸がかきむしられそうだった。
 私が引導を渡したのだ。だから、それを言われるのは速水ではなく、私でなければいけない。
 速水が罵倒されたら、きっと立ち直れないに違いなかった。
 そう思うと、怖くて――
 本当に私の前から消えていなくなってしまいそうで。
「もし、言うのが嫌なら私から言おうか……私が生命維持を外してって言っていることを」
「いや、俺から言う」
 速水が淡々とそれだけを言い放ち、私は黙るしかなかった。
 速水はもう決心をしている――振り返らないことを。    
「その日、終わったら会ってくれないか」
 その日――桜ちゃんの生命維持を外す後でのことを言っているのだろう。
 私はもちろん会うと速水に答えた。
 そうしなければ、私だって不安になってしまう。
 自暴自棄に陥り、速水がどこか遠くへ行ってしまわないかと心配しているのだ。
「また、連絡する」
 速水が眼鏡の奥の瞳を悲しげに揺らせて、くるりと踵を返した。
 その背中はいつも逞しくて広いのに、その夜だけは寂しげで小さく見えた。







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