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エゴイストな私 side2ー4 【桜視点】





 正樹君は願い通り、私を見つけてくれた。
 病院に来て、全てを知り愕然としている。
 それもそうだろう、私は二年前からずっとベッドの上で寝ているんだから。
 すると正樹君は私の生命維持のチューブを外そうとする。
 私は焦ったけど、正樹君の心は泣いていた。
 それを見ると別にあの世へいってもいいか――そんな風に思った。
 だけど私は一命を取り留め、幽体のまま正樹君の後を追う。
 すると正樹君は親戚の話を聞いて、茫然自失としていた。
 それも、そうだよね。
 私が聞いてもショックなんだもん。
 そこに従兄妹のお兄さんが現れて、話を聞く。
 正樹君が私を守りたいという強い気持ちが聞こえてきて――その想いが痛いほど胸に突き刺さった。
 今すぐにでも目覚めて、小さな体で守りたいという正樹君を抱き締めたかった。
 だけど、私の本体は相変わらず動かなくて。
 歯がゆい気持ちだけが募っていく。
――それから、恐ろしいほどの時が過ぎていったのだ。
 正樹君は小学校を卒業し、中学に入った。
 あどけなさはあるけど、少しだけ大人びてくる。
 確かにいち早く、男女の経験をした正樹君が同級生を子供っぽいと思っても仕方ないだろう。
 女の子に告白されるのを見て、私は少しだけどきどきとした。
 だって、ずっと寝ている私なんかより目の前の女の子の方がいいだろう。
 そう思っていたけど正樹君は断ってくれる。
 それがとっても嬉しくて、私は幽体なのに頬を赤らめてしまった。
 それからまた時間が過ぎ、季節は巡って――正樹君は高校生になった。
 お兄さんはもうお見舞いに来てくれなくなったけど、正樹君だけは毎日来てくれた。
 寒い日も、暑い日も、雨の日も、嵐の日も――凍てつく雪の日でさえも。
 幾度も季節を巡り――それでも、正樹君は私を見捨てない。
 伸びた爪も切ってくれて、髪も綺麗に梳かしてくれた。
――ありがとう、正樹君
 その献身的な姿に、私はどんどんと胸が苦しくなってきた。
 私のエゴで、正樹君を繋ぎ止めて、人生を台無しにしているのではないかと。
 格好良くなった正樹君は高校でも、告白されるようになった。
 それでも正樹君は断る、目覚めない私の為に。
――これが、本当に私の望んでいたこと?
 ごめんね、正樹君。
 私が君の人生を狂わせてしまった。
 私、このまま目覚めなければ、正樹君の全てを駄目にしてしまう。
 生きていても、私だけに人生をかまける、無駄な時間を過ごすだけ。
 もう、解放してあげるから、君は青春を謳歌して。
 君は、もう私無しでも生きていける。
――そうだよね? 大丈夫だよね? 
 そんな折に、とうとうお兄さんが生命維持を外すと言ってきた。
 ああ、この時がやって来た。
 私は悲しいやら、どこかほっとするやら。
 それでも正樹君は認めたくなかったようだ。
 その上、私が死んだら自分も死ぬなんて言う始末。
『大丈夫、ずっと僕が一緒だよ。だから、この命あげるよ』
馬鹿だね、君は――。
本当に大馬鹿。
君まで死んで、どうするの――。
それでもその想いは、私の胸をじんと震わせて――いけないことだけど嬉しく思ってしまった。
正樹君は私の手を握り、暗闇でも引っ張っていってあげると言ってくれる。
――ありがとう、正樹君……私も君と一緒ならどこへでも歩いていける
 それでも大丈夫だよ、正樹君。
 もっと君と手を繋いでいたかったけど、もう解放してあげる。
 その夜、私の幽体に変化が現れはじめる。
 この感覚は前に正樹君と波長があった時の――。
 そうか、正樹君が死を意識した為に私と波長があってしまったんだ。
 久しぶりに正樹君の目の前に現れた私。
 正樹君は泣いていて、私が声をかけたらもっと泣き出した。
 正樹君を撫でると、指先からあの懐かしい暖かさが伝わってくる。
 本当は生きていたい――君ともっと。
 本当は抱き締めて、もっと話をしていたい。
 ああ、私はなんてエゴイストなのだろう――。
 こんな風に思うなんて、ひどく強欲な人間だ。
 六年間も私を見捨てなかった彼をまだ楔で縛ることなど――もうできやしないのに。
 そう、もう分かっている。
 これ以上は正樹君を繋いでおくことができないって。
 ありがとう――君は今までよくやってくれた。
 だから、もういいよ。
 私は正樹君に生きていけるよ――そう心にもないことを言った。
 本当は辛いけど、君はもう自由になるべき。
 私は正樹君と別れを告げて、彼を眠りに落とす。
 そして、静かに本体に戻り最期の時を待っていた。
 私は本体と共に、深い眠りに落ちていく。
 暗い――とても暗い中で私は一人ぼっちで彷徨っていた。
 ああ、これが死なのだ――
 そう思いながら、ひたすら暗い道を歩いた。
 ひんやりとして、とても冷たい。
 意識も何だかぼんやりとしてくる。
 私はこのまま、存在自体がなくなってしまう。
 それでも最期に彼に会えて良かった。
 彼と話が出来て、その暖かい体を抱き締めることが出来て良かった。
 本当はもう少しだけ話がしたかったけど。
 それを考えると、少しだけ死ぬのが怖くなくなった。
 そして死を自覚したとき――
 暗闇に光る一筋の光りが私を照らし出す。
 お迎えがきたのかと私は目を細めて前方を見つめた。
 その時、正樹君の声が聞こえてきた。
「お願い、戻って来て!」  
 その声は、愛しい彼のもので――僕と生きて欲しいという全てがそこには集約されていた。
 私はもう一度、生きたいと望み、彼の手を握り締めたいと強く願った。
 神様――お願いですから私を彼のいる世界に戻して下さい――
 私も君のためなら、何もかもをあげることが出来るよ
 望むならなんだってしてあげる――
 君が必要としてくれるなら、ずっと傍にいてあげる
 その瞬間、私の視界は急に眩しい光に包まれて――
 私は神様が願いを叶えてくれたのだと、心から感謝した。
 パパ、ママ、ごめんね―― 
 まだそっちには逝けないよ、私
 大事な人が待っているんだ――
 心の中でそれだけを伝えると――、
 『そう、しっかりと手を繋いでおきなさい』
 パパとママの声が聞こえてきて、私は少しだけ振り返った。
 一瞬だけパパとママが光りの中で手を振ってくれて
 行くね――パパ、ママ
 私は最期の挨拶をして、足下を照らす光りを戻っていった。
 きっとこれは正樹君が照らしてくれている一筋の光りなのだと――そう思いながら愛しい彼の元へ還る。
 そして――気がつけば動くことのなかった指がぴくりと動いた。
 ぼんやりと私は白い天井を眺めていて、正樹君の喚きを聞いて、呟いていた。
「大きな声ね――」
 すると病室の中にいたみんなは時が止まったしまったように動かなくなった。
 その中で彼だけが、私のもとへやって来て、また泣き出した。
 私ははっきりと目を開けて、正樹君の顔を確認する。
 ああ、私は彼に救われたのだ。
 なくなるはずだった私の命――今度は正樹君に預けよう。
 私はその時、それを決心した。     









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