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エゴイストな僕 side1ー3(1)



* * *


 意識を失うように寝ていた僕は病室ではなく廊下のベンチの上に寝かされ、毛布をかけられていることに気がつく。  
 パッと意識が目覚めて、慌てて身体を起こした。  
 時間を見ると、お姉ちゃんの生命維持が外される頃だった。  
 僕は無我夢中で、廊下を走り間に合えと心から祈った。  
 お姉ちゃんは生きている――意識があるのだ。  
 昨日、お姉ちゃんは僕に会いに来てくれた。  
 あれは、絶対に夢ではない――僕はそう確信している。  
 だから、止めなければいけない。
 このままでは、お姉ちゃんはたった一人で、運命を受け入れて逝こうとしている。    そんなことは絶対に嫌だった。  
 そして僕は勢いよく、お姉ちゃんの病室の扉を開け放った。  
 お姉ちゃんが寝ている病室にはお兄さんや看護師さん、医者までいて物々しい雰囲気だった。  
 すでに取り外しが始まっており、僕は身を乗り出した。
――そんな、駄目だ
「お願いだから、止めてくれ! お金なら僕が払うからっ! チューブを外さないで!」   僕が興奮していると思い、警備員が駆けつけてきて体を押さえ込む。  
 病室から連れ出されそうになるが、僕は必死で抵抗した。
「嫌だっ、お姉ちゃんは生きたいと願っている。僕の声が聞こえるんだ! お願い、戻って来て! 僕のエゴでもいい、僕の為に戻って来てっ!」
 じたばた暴れる僕は二、三人の警備員に掴まり――引きずられるように病室を連れ出される。  
 だけど僕は必死で抵抗して、戸口に手をかけるとその場で押しとどまった。
 絶対に僕は諦めたりしない。
「お願いだから、諦めないで……戻って来て!! 僕と生きてよっ」  
 僕の喉など潰れてもいい、お姉ちゃんに通じるなら枯れるまで声を上げ続けるだろう。  それだけしか出来ないが、僕の全てを懸けてずっと叫び続けた。  
 それを憐れむ瞳でお兄さんは見つめ、粛々とチューブは外されていく。
「お願いだからっ――!」  
 掠れた声しか出なくなったが、それでも僕は止めなかった。  
 僕と出会ったお姉ちゃんはまだ蕾だった。
 だから僕がこの手で綺麗に咲き誇らせたい。  
 叫びすぎて、ごほごほっと咳が出る。  
 口の中を噛んでしまい、血の味が混じった。   
 それでも僕は叫ぶことをやめない。  
 全身全霊をかけて、声を上げ続ける――そんな僕は滑稽だろうか。  
 哀れな人間だろうか。  
 愚かな人間だろうか。
 周りに何を思われてもいい、僕はそれだけお姉ちゃんを必要としていた。
――お願いだから、届いて、僕の声――
 その刹那――
「……大きな……声だね……君は」  
 静かな――とても静かな旋律が室内に響いた。  
 僕はその声を聞いて、胸が打ち震えてしまう。  
 その声は少しだけ掠れていたが、澄んでいて綺麗な声。  
 そう、僕が死のうとした時に聞いた――凛とした美しい声――。  
 僕の大好きな――大好きな、お姉ちゃんのもので。
「まさか――」  
 医師が驚いた声を上げ、信じられないという風に手を止める。  
 病室にいるみんなが、まるで時を止められたように動かなくなった。
「桜……」  
 お兄さんでさえもそれだけを紡ぎ、動きの全てを制止させていた。  
 その中で僕だけが時間の流れを無視して、真っ直ぐに歩いていく。  
 その綺麗な声は間違いなくお姉ちゃんのものであって、僕の唇はわなわなと震えた。  お姉ちゃんのところに近寄り、その綺麗な顔を見下ろす。
――ああ、なんてことだろう  
 その瞬間、僕はせきを切ったように溢れ出る感情を止められなかった。  
 それは涙となって、とめどなく頬を伝い落ちていく。  
 ぽたぽたと流れる涙がお姉ちゃんの頬にこぼれ落ちて――。  
 ああ、神様ありがとう――こんな僕の祈りを聞いてくれて――  
 僕は顔をくしゃくしゃにさせて、情けないほど嗚咽を漏らして泣いた。
「泣かないで――君」  
 お姉ちゃんが目を開けて、僕にそう優しく言ってくれた。  
 僕を見つめる瞳には生気が宿る、力強さも感じて――   
 ああ、戻ってきてくれたのだ、僕と一緒に生きるために。
「泣かせているのは……君だよ……桜お姉ちゃん」  
 僕の願いが通じたのか、お姉ちゃんはようやく目覚めてくれた。  
 六年間も待ち続けていた甲斐があったのだ。  
 信じられないほどの長い時の中で、本当はつまづきそうになったことがある。
 暗闇の中にいるときは、心が闇に沈みそうになった時も。
 それでもいつかはお姉ちゃんが目覚めることを夢見て。
 優しく手を繋いでくれることを想像して。 
 僕はこの時を、ずっと――ずっと待っていた。
 ようやく僕の前に戻って来てくれたお姉ちゃん。  
 諦めなくて良かった――。  
 見捨てなくて良かった――。  
 ずっと想い続けて良かった――。   
「お姉ちゃん……おかえり……」
 僕の声は情けないほど震えていて、少し恥ずかしくなってしまう。
 それでもお姉ちゃんは――
「ただいま……君……」
 僕の言葉にお姉ちゃんははっきりとそう応えてくれる。
 それを聞いて、またじんと胸が熱くなってしまった。
 僕はお姉ちゃんの手をそっと握り締めて、冷たい手を暖める。
「あったかい……」
 お姉ちゃんが、僕とはじめて手を繋いでくれた時に言ってくれた言葉。
 それが懐かしくもあり、切ない思い出を呼び起こす。
 僕はぎゅっと力強く握り締めて――
「これからは僕がずっと温めてあげる」
 それを心から誓った――。
 お姉ちゃんはそれを聞いて、微かに微笑んでくれた。
 そして僕の手をきゅうっと握り返してきてくれる。
 僕は繋がれた手に視線を落とし――
 この日を一生忘れないだろうと――そう思い、泣きながら最高の笑みを浮かべた。  
 それは桜が蕾をつけはじめた、美しい――とても美しい春の日のことだった。

















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