先輩、僕の奴隷になってよ hold-8

hold-8

***


「……そういうことで、手錠が外れるまで一緒に過ごすことになったんですが……」
 リビングのテーブルの対面には春香の母である、相原秋子が座っていた。
 うら若き娘が男としばらく暮らすことを告白する。
 普通なら猛反対するところなのだが――
 秋子はずずっとお茶をのんびりと飲んで、おかきをばりばりと食べ始めた。
「春香も食べたら。これ、美味しいのよ」
「はぁ……」
(お母さん、分かってるの?)
 それでも秋子に進められて春香は手を伸ばしてしまう。
 これが親子の遺伝を強く感じるところで――。
「うん、お母さん、これおいしいよ」
 おかきをぼりぼり食べながら、うまさに同意する。
「そうでしょう、春香。ここのは高いのよ」
「やっぱりね……って」
(私、なにをいつもの調子で喋ってんのよ。違うでしょ!)
「ほら、愛斗君もお食べなさいな」
 このような時でも秋子は自分のペースを崩さない。
 にこにこと微笑んで、愛斗にもおかきを進めた。
「すみません、僕が至らないばかりに、このようなことになってしまって」
 愛斗がはきはきと喋り、春香の変わりに深々とお辞儀した。
「ま、愛斗君が謝ることないわよ。私が悪いんだから。でも、私の家で良かったの? 愛斗君の家ってお金持ちなんでしょ。こんな家でもいいのかしら」
「こんな家って……一軒家で立派だし、綺麗だと思うんですけど」
 愛斗がリビングを見回すので、春香もつられて眺める。
 ほとんどご飯など作らないのに、立派なシステムキッチンに、天井は太陽の光を取り入れる為、吹き抜けになっている洒落た仕様だ。
 広々とした家は、確かに母と娘二人で住むには大きすぎるほどであった。
「先輩とおばさま二人で住んでいるんですか?」
 愛斗も不思議に思ったようで、秋子にそう問うた。
 秋子は額に手をやり、少しだけ逡巡した後に口を開く。
「ええ、夫が病気で亡くなってね。今は春香と二人きりなのよ」
「病気で……? すみません、立ち入ったことを聞いてしまいまして」
 愛斗が決まり悪そうに顔をしかめて、すぐさま頭をさげる。
「愛斗君、いいのよ。もう、随分と昔の話なんだから」 
 春香がフォローを入れるが、愛斗は申し訳なさそうにしょんぼりとしていた。
「あら、私はもう仕事に行かなきゃ。しばらく夜勤だから二人でゆっくりしてね」
 秋子は湯呑のお茶をぐいっと飲み干し、慌てたように立ち上がった。 
「じゃあ、ごゆっくり。あ、そろそろボーナスが出るから、出たらみんなでおいしいもの食べに行きましょうね〜」
「え、ちょっと、お母さんっ! もっと何かあるでしょう、ねぇ!」
 秋子はにこにこと笑い唖然としている春香と愛斗を置いていく。
(嘘でしょ〜、ど、どうしたら……)
「はははは、ごめんね。私の母親ったらマイペースで。看護師の仕事でね、人手不足なのか夜勤勤務が多くってさ〜普通、若い男女をそのままにして家を空けないよねぇ〜」
 とりあえず笑ってごまかすが、愛斗は冷静そのものであった。
「看護師さんですか。立派なお仕事ですよね。それに今の季節にボーナス出るなんて珍しいですね」
「あ、うん……母親の勤めている個人病院は、秋にボーナスが出るんだってさ」
 春香の説明を聞き、ふぅーんと愛斗が頷いて沈黙が降りる。
 隣り合わせていた愛斗の肩が触れ合い、春香は体を硬直させた。
(なななな、何か喋らなきゃ)
 愛斗の暖かい体温が伝わってきて、いつもより緊張してしまう。
 秋子がいなくなり、しんと辺りが静まり返ると落ち着かなくなってしまった。
 話すことが思い浮かばないまま春香はごくごくとお茶を飲み干す。
(ああ、なんか話題、話題を探さなきゃ……って……ん? あれ? や、やばい……お茶ばかり飲んでたら……トイレに……)
 春香はそこまで思い、さーっと血の気が引いていくのを感じた。
(我慢……いや……我慢していたら……ますます……うっ……)
 もじもじとしている春香の様子に気がついたのか愛斗が小首を傾げる。
「先輩……寒いんですか?」
「へっ……寒い……いや……そうでなくて……うう〜」
 何とか尿意を我慢するが、思った以上に体が揺すられていたのだろう。
 愛斗は目を見開いてゆっくりと何かを察したように頷いた。
「先輩……トイレに行きたいんですか?」
(ぐっ!)
 的を射られて春香は思い切り目を剥く。
「う……うん……トイレに行きたくて……」
 恥ずかしさのあまりに顔を俯かせて小さく呟いた。
「女性は我慢したら良くないといいますよ。先輩、すぐに行きましょう」
 愛斗が気を利かせて椅子から勢いよく立ち上がる。
 左手が引っ張り上げられて春香の体は斜めに傾いた。
「あ、先輩。すみません」
 愛斗が申し訳なさそうに謝る姿が愛しく感じるが、今はそれどころではない。
「先輩?」
 じっとしている春香を不思議そうに見下ろす愛斗。
(分かってるわよ〜でも、トイレってどうしたらいいの)
 のそりと緩慢に動き、春香はようやく立ち上がった.。.
 一歩、一歩踏み出すが鉛を引きずっているようで、トイレになかなかと行き着けない。
 いや、願わくば一生たどり着きたくない。
「先輩、もしかして限界ですか? 僕が抱っこして行きましょうか」
 愛斗が心配そうに言ってくるが、春香はぶんぶんと首を横に振った。
(違うわよ〜トイレに一緒に行きたくないのよ〜)
 のそのそと歩いていたが、所詮は家の中での移動だ。
 あっという間にトイレについてしまい、春香はゆっくりとドアを開く。
「あの……き、聞かないで……」
 ドアを開け放ち、くるりと後ろを振り返るが愛斗はきょとんとしているだけだ。
「聞かないでって何をですか? 先輩」
 そして天使のような愛らしい顔でそう言ってきた。
(て、天然なの? いや……愛斗君はそんなことすら知らないんだわ。キスってどういう風にするんですか? と同レベルなことを聞いているだけよ)
 春香は心の中で思い切り突っ込むが、愛斗は不思議そうに何度も目を瞬かせる。
「あの、先輩……教えて下さい。何を聞かないでって言っているんでしょうか」
(ぐっ! ここまで天然だとあっぱれ!)
 春香は諦めの境地でそろそろと口を開いた。
「え、ええええと、トイレの音を……」
「トイレの音、ですか?」
「だから〜トイレする時の音を聞かないでっ!」
 やけくそになりながら春香は大声を張り上げるが、下っ腹に力が入り尿意が抑えられなくなる。
「うっ……」
 少しだけ尿が染み出てしまい、春香は呻きを上げながら体を折った。
「せ、先輩っ、大丈夫ですか? 調子が悪いんじゃ……」
 慌てた顔で春香を見つめる愛斗に大丈夫と制しようとする。
 だが手錠のかかった手を持ち上げた為に、ぐんっと愛斗を引っ張ってしまった。
「――あっ」
 愛斗が引っ張られたままの姿勢で、どんっと春香に体当たりをしてくる。
「愛斗君っ……っ」
 愛斗が倒れてくるのをスローモーションのように見つめていると、どさりと覆い被さってきた。
 その瞬間、愛斗が頑張って倒れないようにと踏ん張った手が――
「うっ! そこはっ!」
 春香の下腹部を強く押さえられ、悲痛な声を上げてしまう。
「だ、めー!」
 ぐっと強く愛斗に押さえられた下腹部は圧迫され、張り裂けそうになっていた膀胱が一気に緩む。
「いや、駄目っ……」
 春香の意思に反したが、生理的欲求には敵わない。
 ちょろ――と尿が漏れ出すとその後はせきを切ったように次々と溢れ出す。
「駄目っ……お願い……見ないで愛斗君……」
 そう言うと愛斗の意識は春香の下腹部に意識が向いてしまった。
「先輩……」
 驚いた目で愛斗は、春香のショーツから零れる滴りを見つめる。
「いや、お願い……もう……見ないで」
 一度決壊した尿意を止められるはずもなく、溜まっていた滴りは床に染みを広げていった。
(もう……駄目……最悪……死にたい)
 羞恥に滲む瞳を潤ませて、春香は長い放尿に浸る。
「うっ……うっ……ひっく……」
 いつの間にか涙が頬を伝い、愛斗が滲んでいった。
 しばらく沈黙が降りるが、愛斗はぼそりと呟く。
「……先輩、大丈夫ですよ。自然現象なんだから仕方ありません。さっ、お風呂に行って体を洗いましょう」
 緩慢に顔を上げると愛斗は何でもないという風にさらりとしていた。
「……愛斗君」
(天使なの? こんな粗相を見てもどうでもないって顔をして……)
「ここは後で片付けるとして……いつまでもその状態じゃ風邪をひきますよ」
 愛斗が春香の手を引っ張り、優しく起こしてくれる。
(こんなの見られたのに……優しい……)
「大丈夫です、誰にもいいませんから」
 愛斗がにこりと微笑み、春香はようやくこくりと頷いた。
(もう駄目……愛斗君には一生顔があがらない)
 春香はしみじみと思いながら、これからの行き先に不安を感じるのだった。












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