先輩、僕の奴隷になってよ《番外編02》とある弓平君の欲望

番外編02《4》





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 春香は愛斗と一緒に美術館へ賞を取ったと言われる、新人の絵を鑑賞しにきていた。
 若干、十六歳という若さで世界的に有名なコンクールで、金賞を取ったという話題の作品だ。
 それが春香の母校でもある高校の生徒が取ったというので、近い場所にある大学の前までレポーターが押しかける始末であった。
 男子生徒であるというのだが、容姿もいいということもあって、余計に話題作りのネタとなっているらしい。
 美術館もその話題作を観たいという客がひっきりなしに詰めかけ、いつもたくさんの人で賑わっていた。
 特に今日は話題の男子生徒が絵の前で撮影するらしく、それを一目見ようというミーハーな客もいた。
 そういうのは嫌がるのに、愛斗はどうしてか今日という日を選んでわざわざ混んでいる美術館に足を運んだ。 
「愛斗君〜、人が多すぎて……今度にしない?」
 外でデートしたいといった春香は願いが叶えられて嬉しくはあるが、さすがにこの混みようではゆっくり鑑賞できそうもない。
 諦めようとしたが、愛斗がぐいっと腕を引っ張ってどんどんと人の間を縫って行く。
 進んでいくたびに女子の割合が増え、甘い熱気が辺りに漂いはじめた。
 女子の輪に入りたかったのかと思ってしまうが、愛斗がぴたりと歩みを止め、前方を見やった。
 その真剣な表情に春香も視線の先を追って、何があるのかを確認してしまう。
 するとぴかりと閃光が瞬き、眩しさで一瞬目を閉じてしまった。
 それでも閃光は続き、周りにいる女子はきゃあきゃあと色めきたって騒がしい。
 何だろうと目を開けて見てみると、輪の中心にタキシードをびしりと着こなした清廉な雰囲気な男の子が立っていた。
 レポーターがマイクを向けて、たくさんの報道陣が取り囲み、男の子に質問をしている。
 男の子は甘い笑顔を浮かべて、しっかりと一つ一つに答えていた。
 確かに騒がれるのは無理はない、端麗な顔立ちをしている。
 何となく見たことある顔だと思ったが、同じ高校だったので顔を合わしたことぐらいあるかと思い直した。
 自慢の後輩が出来たと浮き浮きしていたが、愛斗がどうして関心を示すか分からなかった。  
「……ええ、この女性が誰かということですか? その質問はよくされますが、僕の心の中だけで留めておきたいので、お答えするわけにはいかないんです。はは、そうですね。永遠の秘密ということで」
 男の子は人懐こい笑みを浮かべ、上手くレポーターの質問を交わしていた。
 そこで初めて男の子が女性を描いた絵ということを知り、壁に飾られている立派な額縁に視線を向ける。
(あ……綺麗……)
 タイトルは【夕闇にまどろむ花散る少女】というもので、夕暮れに染まる――無数の花に囲まれた清楚な女性が半裸で横たわっていた。
 それでいて強烈に人を魅了する妖艶な色香があり、女の春香が見てもエロティックで見入ってしまう。 
 繊細なタッチで、その反面男の子の内なる情熱が込められている作品で、美術に興味のない春香でもうっとりと陶酔してしまった。
(素敵な絵……)
 見つめていると男の子の視線がふとこちらに向けられ、驚きを瞳に刻みつける。
 その後、ふっと表情を崩し、見惚れるほどの艶美な笑みを浮かべ、熱く視線が絡み合った。
 清廉な男の子からは想像もつかない、妖艶な笑みに驚いていると愛斗の手にぐっと力が入り、春香の手は握り締められる。
 男の子はすっと視線は逸らし、今度は愛斗に向き直るとにやりと不敵なほどの笑みを刻みつけた。
 見る見る内に愛斗の表情が曇り、びりっと空気が張り詰めていく。
 不機嫌を露わにした愛斗は春香の手を引っ張り、輪を抜け出した。
 あの男の子と知り合いなのだろうかと春香は一瞬だけ振り返ると――男の子がこちらに向けてひらりと手を振る。
 そして、僅かに口元を動かして、何かを呟いてきた。
 それが聞こえてくることなく、春香は首を傾げて愛斗と一緒にその場を立ち去った。
 取り囲む女子が自分に向けられたものだと、きゃあきゃあと色めき立った。
 その後ろに飾られる【夕闇にまどろむ花散る少女】の横に記載された――弓平俊介の名を見て何かを思い出しそうになった。
(弓平……あれ、どこかで聞いたような?)
 春香は美術の要員としてバイトを受けたのだが、なぜかその日のことが曖昧であった。
 愛斗に何度も何していたんだと聞かれたが、声をかけてきた大学の先輩がうちのサークルに参加して貰っていたと証言してくれた。
 それすらも覚えていないが、愛斗を怒らせたくない為、口裏を合わせてしまった。
 実際、春香は使用されていない部屋でぐーすかと寝ており、気がついた時はとっぷりと暮れた夜であった。
 狐につままれた気分で家に戻ったのだが、その間に色々と夢を見ていたような気がした。
 とにかく記憶がない春香は、空白の一日が何だったか今でも覚えていない。
 愛斗に引っ張られる間も、美術館の客がちらほらと興味津々な視線を送ってくる。
 何だろうと思っていると、知らない男の人が目の前を阻み、じっと春香を見つめてきていた。
「あの、何か……?」
 何か用事かと思い、目をぱちくりとするが男の人は舐め回すように見てくる。
「あ、すみません。あの話題の作品の女性に雰囲気が似ていると思いまして。でも、やっぱり違うか。あなたみたいに快活なイメージではないですしね」
 男の人はそれだけを言って、お辞儀をすると立ち去って行く。
「まさか〜私があんなに綺麗なわけないのにねぇ」
 男の子――弓平俊介の話題の作品の女性に似ていると言われ、頬をほころばすが愛斗はぴりぴりと怒りを増していった。
「春香……今日の外出はおしまいね……後でたっぷりお仕置きだから」
「――へぇ?」
 愛斗が苛立っているが、どうして怒っているかが分からない。
「どうして?」
「どうしても」
 愛斗がそう言うならば、回避することは出来ないだろう。
 お仕置き――久しぶりに虐められると思えば、恥ずかしながら秘部が熱く濡れてくる。
 お仕置きといいつつも、最後はいつも春香を可愛がり、気持ちよくしてくれるのを知っているからだ。
 胸をどきどきと高鳴らせ、さきほどまで気になっていた弓平俊介のことが消えていく。
 外出デートは終わってしまい残念だけど、また違う機会に行けばよい。
 今は、早く家に返り愛斗とたっぷり愛し合いたいと、晴れ渡る空を見上げて微笑んだ。
――また、すぐに会いに行くよ
 そう言った俊介の言葉も知らずに、春香は能天気に愛斗と一緒に家路を急ぐのであった。



 とある弓平君の欲望 終




            
  

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