先輩、僕の奴隷になってよ hold【4】

hold【4】 文化祭前日

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文化祭前日――

 愛斗と手錠を繋がれる券は、文化祭当日であって、今日の前夜祭はプラネタリウムを映し出すだけだった。
 教室を借りてプラネタリウム装置で天井に満天の星空が投影される。
 意外に人が足を運んでくれていると思えば、暗がりでいちゃつきたいカップルと愛斗を見たい追っかけの女子が大半を占めている。
 そういうものだと春香は思い、暗幕から覗いて椅子に座る生徒達を眺めた。
「なかなか盛況ですね」
 耳元で優しい声がくすぐってきて春香はぞくりと背筋を震わせる。すぐさま後ろを振り返ると愛斗の美しい瞳と視線が絡み合った。
「ま、愛斗君……驚いた……」
 間近に迫る愛斗の顔に酔いしれつつも春香はだらしなく開いた口を閉ざす。 
「あれ、あの人達……具合でも悪いんでしょうか?」
 愛斗が小首を傾げ、春香の肩ごしに視線を向ける。気分の悪くなった生徒を監視して救出するのも仕事の内である春香はすぐさま確認したが――。
 暗がりで女子が男子の肩に頭を乗せて、二人で手を繋ぎ合っていた。
 そして行為はエスカレートしていき、とうとうキスまでする始末――。
「だ、駄目、駄目、愛斗君は見ちゃ駄目!」
 天使のように汚れのない愛斗にそんな不埒な行為を見せるわけにはいかない。
 すぐに体で遮ってみるが、愛斗の方が背が高い為にひょいっと頭越しに覗かれてしまう。
「こんなところで挨拶し合っているんでしょうか……?」
「――へっ?」
 愛斗は不思議そうに言うから、春香は振り向いてもう一度確認してみる。
 だけどやっぱり、キスをしているのであって状況はなんら変わりない。
「愛斗君……挨拶って……」
(あれは、思い切りキスをしているのよっ!)
 声を大にして言いたかったが、愛斗はにっこりと微笑む。
「僕の家ではいつもああいう風に挨拶して、ハグもしますから」
「えぇ!?」
 それに驚いてしまうが、ふと思い出した。
 確か、愛斗の両親は医者でずっと海外に行っていたと聞いたことがある。
 何年か前に戻ってきて、こちらでも医者をしているとか。
 そう言われて見れば外国では軽いキスや、ハグは挨拶程度のものであった。
「ま、まぁ……挨拶のようなもの? いや、でもここは日本だし……」
 何かが違うと思いながら、愛斗に変な影響を与えるのは良くないと、春香はあれは挨拶だと言い切ることにした。
「きっと、そうなのよ、うん。やっぱりあれは挨拶……」
「あれ、でもあんな挨拶の仕方なんてありましたっけ?」
 愛斗が愛らしく小首を傾げるので、もう一度振り返ってしまう。
すると男子が女子の胸をやんわりと揉んでいたのだ。
「*∉∀∑っ!!!」
 声にならない叫びをあげてしまい、それを部長に見つかってしまった。
「相原さん、変な奇声を発しないで……ってあら……」
 部長はいちゃついているカップルを目撃し、そしてめらめらと炎を背に纏った。
「私が十八年間……恋人も作らず一人でいたというのに……この神聖な場所でいちゃつくとは……」
「へっ、あの、部長??」
「高校三年の最後の文化祭を……おのれぇ~~~~」
「え、あの、部長!?」 
部長はのっしのっしと音を立てて歩いて行き、そのカップルを教室から引きずり出した。
(部長……恐ろしい……)
 春香はぶるっと背筋を震わせ、その成り行きを見守っていた。
「どうして、部長は怒ったんですか? ただの挨拶だったんですよね?」
 愛斗はきょとんとして、可愛らしく指を顎にくっつけて不思議がっている。
(ああ、愛斗君……君はどれだけ純粋なんだい?)
 春香は性行為がなくてもそれぐらいの知識はある。
 情報が溢れる世界で、否応なしに目に入る事だって今では普通だ。
 その中で無垢すぎる愛斗は、よもや天然記念物もので――。
 温室育ちの坊ちゃんは、外界の穢れや男女の秘密の事すら何も知らない。
 これこそ純粋無垢の天使といわれる所以であり、何とか穢れから守らなければとファンクラブに入った目的でもあった。
「た、ただの挨拶だったかも知れないけど……きっとここですることではなかったんじゃないのかなぁ……はははは」
 あくまで挨拶として片付けて、春香は乾いた笑みを漏らした。
(愛斗君は、このまま何も知らなくていいのよ)
 お母さんになった気持ちになり、春香は愛斗の目を汚すまいとこれからも守ることを決意したのだった。











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