先輩、僕の奴隷になってよ hold-30

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「俺は……お前に手紙を出している人も知ってるよ」
 それには虚を突かれて愛斗は顔を上げると、雪哉を見据える。
「……足長おじさんを?」
 いつも、秋の季節になると手紙と些少ばかりのお金を用立ててくれる人。
 七歳の時から手紙が来ていたらしいが、父親は見せてくれず発見したのは他界した後であった。
 用立てていると手紙には書いてあったが、父親から生前にモノを買い与えられたことはない。
 きっと全部酒代になっていたのだろうと後から知ったが。
 きちんと手渡してくれたのは、愛斗が今の家庭に引き取られ義父が教えてくれたからだった。
「そう、か。お前は足長おじさんって呼んでいるのか」
 雪哉が意外であるかのように言って、ふと瞳に寂しさを宿す。
「なんで、あんた――そんなことを」
 段々とうす気味悪く思えて、愛斗が眉を思い切りしかめた。
「そりゃ〜可愛い春香のために」
 雪哉がおどけて言うが、愛斗はなるほどと納得してしまう。
「そうか、あんたは春香先輩のことが好きなんだもんな」
 雪哉が春香に好意をもっていることは、ずっと前から気がついていた。
 雪哉は女生徒を囲んで遊んではいるものの、優しく頭を撫でるのは春香しかいなかったのだ。
 愛斗がずっと春香を見続けていた結果、見出した答えだった。
「好き――? そんなものじゃねぇよ。愛している」
 それでも愛斗の見解を超える答えが紡がれて、激しい動揺を瞳に刻みつける。
 まさか、雪哉がそれほどまでに春香のことを想っているとは知らなかった。
 心臓がどくどくと騒ぎ始め、雪哉にかっさらわれていくのではと懸念してしまう。
「お前みたいな甘ったれに春香は任せられねぇ――とはいっても、俺は抱くことは出来ないけどな」
 好きなのに抱けないと矛盾めいたことを言って、雪哉は瞳に愛惜の念を滲ませた。
「――でも、図書室で……」
 愛斗がむっと眉をしかめ、恨みのこもった目を向けると雪哉は髪をぐしゃりと乱す。
「あのなぁ……あれでも我慢したんだぜ……でも、あんな春香を見せられたら理性も飛ぶっての……でももうあれ一回限りだ」
 しんみりと溜息を吐き出して、雪哉はまた顔を沈ませた。
「ていうか……あんた何がしたいの? 春香のことも僕のこともよく調べているみたいだけどさ」
「お前がどうするかを見ていた。春香の前に現れて、どうするのかを……だけどお前は何も分かっちゃいない」
 苦渋に満ちる雪哉の芝居めいた表情に段々と愛斗は苛々としてくる。
「春香先輩を穢したことが許せない?」
 結局は何らかの理由で春香を抱けないことに対する嫉妬だと思っていた。
「お前は結局……自分のことしか見ていないんだよ。だから結果ばかりに捕らわれて真実を見る目を失った……」
「はぁ? そんな言葉遊び……意味が分からない。もっとはっきり言ってよ」
 愛斗が軽く睨みつけると、雪哉はやれやれと言った風に一枚の写真を見せた。
「なに、これ」
 写真には四人家族が映っていて、男の子と女の子が楽しそうに抱き合っていた。
「そこに映っている家族、見覚えないか?」
 愛斗がまじまじと見ていると、母親の顔に見覚えがあった。
「これ……春香先輩のお母さん?」
 今より昔の写真なのだろうが、まだ若い女の顔は紛れもなく春香の母親。
「足長おじさんから手紙が来る季節は?」
 雪哉の問いに愛斗は逡巡して、口をゆっくりと開く。
「落ち葉が舞う――秋の季節……」   
 それを口に出した途端に、なぜか奇妙な違和感が愛斗の胸に広がった。
 なぜだか――変にざわめく予感――
「春香の母親の名前は、相原秋子」
(秋子……?)
 愛斗は名前を知ると、手を口に持っていき、微かに指先を震わせる。
(どうして、いつも手紙とお金を秋に送ってくる?)
 愛斗は春香の家に初めて行った時の会話を瞬時に記憶から引き出した。

『ボーナス出るから、みんなでおいしいものを食べに行きましょう』
『お母さんの職場は、秋にボーナスが出るみたいなの』

 足長おじさんは、秋にまとまったお金が入るから送ってきてくれるのだ。
「う――そだ……」
 いつも手紙をくれて愛斗の境遇を支えてくれた味方――たった一人の理解者が、春香の母親だったとは――。
 その娘を陵辱し、穢しているのは愛斗だというのに。
 愛斗のことを知っていて、家にいることを許したのか――そう思うと自分がとんだ道化師に見えてきた。
「春香先輩はこのことは……知っているの?」
 愛斗がわなわなと震えながら、蒼白な顔で雪哉を見上げる。
「さぁな……もし知ったとしても俺は春香を見守るよ。離れていても俺たちは季節で繋がっているから」
「――季節?」
 雪哉のいいざまが分からなくて、不可解な顔をしてしまう。
「気がつかない? 秋子の夫は夏樹……そして娘は春香」
 愛斗のざわめく予感が胸一杯に広がり、掠れた声で呟いた。
「季節の名前……雪哉――じゃあ、あんたは一体……」
「そう、この写真に映っている男の子は俺……相原雪哉」
「相原雪哉――?」
 愛斗は驚きを瞳に刻みつけ、写真に映る幼き春香を抱き締める雪哉を見つめる。
 春香と同じ名字。
 その真意を意図するものは――。
「そう、俺は春香と二卵性双生児なんだよ。一卵性じゃないから顔が似てないかもしれないけどな」
 その事実を突きつけられて、愛斗はくらりと目眩が生じる。
「それって……双子の兄妹……あんた……血の分けた妹を……」
「そう、愛しているんだよね。女として」
 雪哉は笑いながら言ったが、どこか泣いているように見えて愛斗は瞳を揺らした。
 雪哉が愛していても春香を抱けない理由――それは血を分けた本物の兄妹だから。
「それって……春香は?」
「知らないよ。小さい時は一緒にいたけど……俺は幼馴染のお兄ちゃんってことになっている。途中で養子に出されてね。お前も知ってる通り、学園の理事長のところに」
 知られざる事実を聞かされ、愛斗は複雑に表情を歪めた。
「借金があってさ。お前んちと一緒で。それを救おうとしてくれたのが、学園の理事長。後継の男の子が欲しかったみたいで、泣く泣く俺を養子に出したの。それでもお母さんとは春香には内緒でたまに連絡取っているんだぜ」
「待って――借金って? 僕んちにもあったって?」
「なんにも知らないんだな……まぁ、お前も幼かったから仕方ないか」
 雪哉が少しだけ微笑むと、春香がぴくりと身動きしてまたすぐに寝入った。
 それを見て愛斗は雪哉に振り返り、まだ整理できない頭をフル活動させる。
「なぁ……春香のお母さんって記憶なくしてないのか……」
 新たな疑問が湧いて愛斗は雪哉に質問を重ねる。
「ああ……記憶はあるよ」
「じゃあ……知らなかったのは……春香先輩だけ……?」
 不倫のことを知らずにいたのは春香だけだと知り、奇妙な罪悪感が芽生えた。
 きっと春香の母親は娘を思って、その真実を伝えずに記憶が曖昧な振りをして父親は病死したと聞かせていたのだ。
 それを愛斗が残酷にも教えしまい、春香を傷つけて堕とそうとした。
「それもまた真実じゃない……」
「――え?」
「だから言ったろ、お前は自分のことしか見ていないって。お前の母親、春香の父親、二人は不倫なんてしていない」
 雪哉に告げられ、愛斗は眼前が暗くなるような衝撃を受けた。
 愛斗はこの後、全ての真相を聞き、呆然としながら静かな保健室で座り続けた。
 そして気がついてしまう。 
 時に囚われすぎていたのは――やはり自分だけだったのだと。
 愛斗の気持ちはその瞬間から変わってしまった。
 変わらないのは明るく眩しい不変の月明かりだけであって、愛斗はいつまでも呆然と、薄闇の中で一人座り込んだまま。
 その瞳には悲しみを宿し、春香の頬をそっと撫でて――解放する時が近いと、それだけを考えたのであった。






 
  

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