先輩、僕の奴隷になってよ hold【3】

hold【3】


 一級年下の愛斗はその圧倒的な存在でファンクラブまであるほどだ。
 同級生の松原美奈江がいち早くその存在に気がつき、ファンクラブ会長となった。それから勧誘の嵐で下級生にも声をかけて、今は多くの女子が所属する。
 中には男子もいると噂で聞いたことがあったが。
 しかも愛斗公認のファンクラブで、勝手に告白してはいけないなどの厳しいルールが敷かれてあった。
 春香も美奈江の押しに負け――いや愛斗に興味を示してまんまとファンクラブに入ってしまった。
(あ〜綺麗。見ているだけで癒される。さすが、学園王子〜好き、好き〜)
 春香もファンクラブのみんなと一緒で淡い恋心を抱くものの、告白する気はさらさらない。
 こうして話しているだけ――見ているだけで満足しているのだ。
(愛斗君〜天体サークルに入ってくれてありがとう〜)
 春香が愛斗の愛らしさにうっとりと見惚れていると、ぬっと後ろに立つ影に身構える。
「よぉ、愛斗は相変わらず綺麗だなぁ」
 柔らかいのに低くいい声が春香の耳をくすぐり、ぞくぞくと寒気を催した。
「ちょっと、後ろに立たないでって言っているでしょ」
 くるりと振り返ると矢崎雪哉(やざき ゆきや)が軽い感じで手をひらりと振る。
「よぉ、春香〜相変わらず、お前のサークルは暇そうだな」
 首元まで伸びた栗色の髪の隙間から派手なピアスがきらりと光った。
「そのピアス、校則違反なんだけど」
 春香が雪哉に注意するとふっと肩を竦めて笑われる。
「俺、理事長の息子だぜ? そんなの関係ないし〜。三年間もこれで通しているんだから、もう遅いっしょ」
 雪哉は相変わらずちゃらちゃらと喋るが、美形ということもあってか愛斗とは違った意味で人気があった。
 周りはいつも女子がひっきりなしに取り囲んで、華やか――いや、派手である。
「ねぇ、春香〜、俺のファンクラブには入ってくれないわけ?」
 雪哉が顔を覗き込んでくるが、春香はつんとそっぽを向いた。
(そういえば、雪哉もファンクラブがあったっけ)
 雪哉にもファンクラブがあるが、春香はすでに愛斗の方の会員だ。
 何をするわけではないが、二股かけるのも悪い気がして入ってはいない。
 それに――
「私、軽薄な男が嫌いだし」
 春香は誰にでもいい顔をする雪哉の行動が好きではなかった。
 モテるのに特定の彼女は今まで見たことがない。
 誰にでも優しく接する雪哉に勘違いして恋をする女性は大勢いる。
「俺、軽薄じゃないぜ。なぁ、愛斗〜」
 雪哉ががばっと愛斗に抱きついて、片目をばちっと瞑った。
「雪哉先輩……くっつきすぎですよ」
 雪哉はこうして愛斗が困った顔をするのが好きなのだ。春香の所属する天体サークルに顔を出すのも愛斗に会いに来ているようなもの。
(も、もしかして特定の彼女がいないのは……同性好きだから?)
 雪哉と愛斗は違ったタイプの美形だが、じゃれているのを見ているとある意味とても似合う。
(隣りに女性がいるより、こっちの方がしっくりくる)
 しつこく雪哉が愛斗に抱きつく様子を見て、春香は一歩退いた。
「先輩……どうして離れて行くんですか?」
 愛斗が不思議そうに首を傾げて、助けて――と瞳が訴えてくる。
(愛斗君……困ってる……)
 愛斗が小動物のように見つめてくると、春香はどうにかして助けてあげようと思った。
「あっ、雪哉、そういえば三組の子が探してたよ」
「え、誰だっけ?」
「え〜と、可愛い子……」
 助け舟を出そうとその場しのぎの嘘をつくが、雪哉は呆気ないほどそれを信じてしまう。
「三組の可愛い子……めぐちゃんかな。そういえば、約束したような……」 
「そうそう、早く行ってあげなよ」
 雪哉の意識は愛斗からめぐちゃんに変わったようだ。
「じゃあ、春香、愛斗、後でな」
(また後で来るんだ……)
 春香の心の突っ込みも知らずに、雪哉はにやけながら去って行く。
 雪哉が立ち去った後で、愛斗はほっと胸を撫で下ろした。
「愛斗君もいつも災難ね。雪哉に絡まれ――」
「愛斗君〜!」
「こっち向いて〜」
 春香の声は女生徒からの声によって掻き消える。
(油断したら女子にも絡まれる……)
 愛斗は嫌な顔一つせずににこりと微笑むと、ゆっくり手を振った。
「やだ、愛斗君が笑ってくれた!」
「写メ取ろう、写メ」
 女生徒は愛斗に優しくされて図に乗ってくる。段々近づいてきて、携帯電話を取り出した。
「ごめんね、今から部活だから。さぁ散って、散って」
 春香はむっと顔をしかめて、ぴしゃりと廊下側の窓を閉める。
 閉め出された女生徒達は大きな声でぶーぶーと文句を言っていたが。
(文句言うぐらいなら、愛斗ファンクラブ入れっての)
 愛斗はきょとんとしながら、そのあとでにっこりと天使の微笑みを浮かべた。
「先輩、ありがとうございます。助けてくれて」
 屈託ない笑みはきらきらと輝き、春香の盲目を焼く。
(ま、眩しいっ! その笑顔で目が潰れる!)
 大袈裟にのけぞる春香に愛斗は小首を可愛らしく傾げた。
「先輩、体の調子が悪いんですか?」
 心配そうな声音に春香の胸はきゅんと切なくなる。
(愛斗君の笑顔にやられたなんて言えない)
 優しい愛斗に春香はこうして接する機会があることに感謝した。
 このサークルに入ってくれてから、愛斗狙いの女子が殺到したが部長が厳しく選定し蹴落としていった。
 そこだけは部長として威厳を発してくれたが、普段はのんびりとしていて、いるかいないかが分からないほどだ。
「もうすぐですね。学園祭」
 愛斗が手錠を弄りながら何度も自分にかけては遊んでいる。
「うん、本番はその手錠で……お願いね!」
 かしゃん――と高い音が鳴り、愛斗は手首に手錠を通した。
 一瞬の間があり、愛斗が視線を落としたままで黙っている姿にどうしてか違和感を覚える。
 なぜか、胸がざわりと騒ぐ。
「――はい、集客の為に頑張りますね」
 だが、すぐさまいつもの綺麗な笑顔を浮かべて愛斗ははっきりと返事した。
 それを聞いた春香は安堵し、さきほどの胸のざらつきなどあっさりと消えゆく。
(これで学園祭も集客できるわ!)
 春香は愛斗と手錠に繋がれたい女子達の長蛇の列を思い浮かべ、気味の悪い笑みを浮かべたのであった。














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