先輩、僕の奴隷になってよ hold-23

hold-23




  そうやって抱き合っていたところ、自転車を漕ぐ音が近づいてくる。
 住宅街の住人が帰って来たのだろうと、ぼんやりと考えていたら自転車は春香達の目の前で止まった。
「そこにいたら、入れねぇだろ」
 吐き捨てるような声が聞こえ、我に返った愛斗と春香は体を離しそちらに視線を向ける。
 自転車には同じ年代の男子が乗っていて、違う高校の制服を着ていた。
 愛斗がじっと見つめていると、男子生徒があっと小さな声をあげる。
「お前……愛斗か?」
 訝る目つきで男子生徒が愛斗を見ながら、自転車から下りた。
(知り合い?)
 春香が愛斗を見上げるが、実に平然とした様子で男子生徒を見つめている。
「なんだ、お前……噂は色々聞いてるぜ。急に進路変えて違う高校に行ったってな。で、ファンクラブとかあるって? いい身分だなぁ」
 男子生徒が顔を歪め、ちらりと春香に視線を向けて口元に下卑た笑みを浮かべた。
「ファンクラブの女を食ってますって? いいなぁ、一人ぐらい回せよ」
 男子生徒が春香の上から下まで舐めまわすように見て、下品に自分の股間を触ってみせる。
「そういう、健二君は第一志望校落ちたってね。それから叔母さんに見捨てられて、自堕落に過ごしているんだろ?」
 男子生徒――健二はぴくりと眉を吊り上げ、醜いほど顔を歪めた。
「お前……言うようになったな……ガキの頃は俺が苛めてぴーぴー泣いていたくせによ」
「そんなに昔のことを引き合いにだして、今でも自分が優勢だと思っている? 相変わらずお山の大将気取りだね。結局、健二君はそこまでってことさ」
(愛斗君……挑発してるの?)
 不穏な空気が流れ始め、春香ははらはらとした気持ちで愛斗を見つめる。
「はぁ? 愛斗、お前やる気か? 腕力なら俺の方が勝っているぜ」
「いいよ、やれば――でも、覚悟してよ健二君。僕って、しつこいからどんな手を使っても潰すから。健二君の取り巻く全ての世界を」
 感情のない冷たい瞳を受けて、健二はぐっと怯んだ。
「――お前、恨んでいるのか? 俺の母さんや父さん、俺も一緒になってのけものにして、苛めたことを」
 健二は自嘲気味に笑い、怒りを内に沈ませる。だが、すぐに肩の力を落とし、苦しげな表情を浮かべた。
「今更だけどよ、お前の気持ちがちょっとは分かったっていうか。期待に応えられない俺は……もう見捨てられてな……笑えるよな」
 健二が寂しげに瞳を揺らせると、愛斗は肩の力をふっと抜いた。
「――そう。つまらないね。昔のまんまの健二君なら遠慮なく叩き潰そうと思ったけど……もう、いいや」
「そうだな……今はお前の方が……俺よりも遥か上にいっているよ」
健二はどけよ、と小さく漏らし自転車を引いて門を開いた。
 その背中は先ほどの威勢の良さはどこにも見当たらず、とても小さく見えた。
「……先輩……行こうか」
 愛斗は興味をなくしたように健二から視線を逸らし、手錠を引っ張って歩き出した。
「……あれから時間は経っているんだね……先輩」
「えっ?」
 ぽつりと呟いた愛斗に春香は何気なく聞き返す。
「僕だけが……時に囚われているのかもしれない」
 真っ直ぐに前を向き、どこか遠くを見やる愛斗に迷いが生じ始めた気がして、春香はぎゅっと手を握り締める。
「……先輩?」 
 手を繋がれた愛斗はようやく春香に振り向き、しっかりと指を絡めてきた。
(愛斗君……私にしていることも迷い始めているの?)
 愛斗がくだらないことをしていると、気持ちが変わってしまうのを恐れてしまう。
(離れたくない……)
 春香は愛斗に寄り添い、不安な気持ちを無理やり打ち消した。
「僕の奴隷は甘えん坊だね」
 愛斗がふっと微笑みを漏らし、優しい眼差しを向けてくる。
「先輩、寒いから家に帰って暖まろうか」
 愛斗が一緒にいてくれるという意思を読み取り、春香はこくんと頷いた。
「あ、先輩――流れ星」
 愛斗が空を見上げ、嬉しそうに声をあげる。
「え、嘘、どこ?」
 春香も慌てて顔を上げて、一生懸命に流れ星を探した。
 その瞬間――暗闇に走る星を見つけて。
(愛斗君とずっと一緒にいられますように)  
 春香はきらりと舞い落ちる一筋の流れ星に願いを込めて――もう一度だけ愛斗の手を力強く握り締めた。
 
  


  



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