先輩、僕の奴隷になってよ hold-22
hold-22
***
電車を下りて、春香は機嫌のよくなった愛斗にバイブを抜いてもらった。
いつの間にか空には美しい星が煌き、知らない場所で手を繋ぎながら辺りをぶらつく。
「先輩、キスして」
愛斗が立ち止まり、涼しい顔でしれっと言ってくる。
唐突な命令だが、愛斗にキスをしないとまた機嫌が悪くなるだろう。
春香はそっとつま先を立てて、愛斗の唇に優しくキスをした。
素直に聞くとは思っていなかったのか、愛斗は暗がりの中でも分かるほど頬を赤く染める。
「……もっと」
愛斗が瞳を潤ませながら可愛くねだってくるので、もう一度唇を重ね合わせた。
先ほどより長い時間キスをして、ようやく唇を離す。
愛斗がぎゅっと手を握り締め、指を絡めてきたので春香も同じように返した。
「……ここ、前に住んでいた場所だ」
愛斗が閑静な住宅街を見回し、不安そうにぽつりと呟く。
「え……前に住んでいたって……いつごろ……?」
あまり聞いてはいけないのかと思いながら、春香は愛斗を知りたいと顔を盗み見した。
「親戚をたらい回しにされてた頃」
若干、言葉に刺が含まれていて春香は眉根を寄せてしまう。
「ほら、この家……母親のお姉さんが住んでるんだ」
明るい電気が灯された家は、外から見れば何の問題もないように見える。
だが、それを見つめる愛斗の視線は肌がちりっとひりつくほど冷たく暗い。
愛斗の指先が何かに怯えるように震え、春香はそっと両手で包み込んだ。
「……先輩」
愛斗がその行動に驚いたのか、目を大きく見開きなぜか悲しそうな表情を浮かべる。
黙り込んでしまった愛斗は苦しげにまつ毛を揺らし、頭を落として春香の額に自分の額をこつんと合わせた。
「春香先輩は……暖かい」
愛斗の合わさった額はひんやりとしていたが、春香の熱によって徐々に温まっていく。
安堵の表情を浮かべた愛斗は、口元を少しだけ緩めて微笑んだ。
「――だよ」
愛斗の唇が僅かに動いて何かを囁いた瞬間、春香の体がぼっと火がついたように熱くなった。
(今、なんて――?)
聞き間違いでなければ『好きだよ』と囁かれた気がした。
「あの、もう一度言って」
春香はがばりと顔を上げて、愛斗に詰め寄る。
「――は?」
愛斗は眉をひそめて、擦り寄ってくる春香から後退していった。
「先輩、どうしたの?」
愛斗が不審がる表情をして、春香から距離を取るがどこか動揺しているように見える。
(もしかして、もしかして、本当に言ってくれた?)
「――もしかして、また盛ってきたの?」
愛斗がにやりと不敵に笑い、手錠をぐいっと引き寄せた。
腰に腕を回し、片方の手で春香の細い髪をすいっといたずらに梳いていく。
「いや、えっと……違う」
愛斗が怪しい目つきで見下ろし綺麗な顔を近づけてきた。
「まさか、逆らう気?」
蠱惑的な笑みを浮かべ、愛斗の肉感的な唇が迫り春香の長いまつ毛をやんわりと食んだ。
その仕草が暖かく、気持ちが込められている気がして甘い熱が身体に広がっていく。
(そんなことされたら――勘違いしちゃう)
春香は顔を赤らめ、くすぐったい気持ちになりながら、ぼうっと愛斗を見つめてしまう。
「ほら、やっぱり、目が潤んでるよ」
くすくすと意地悪に笑い、愛斗の芳しい吐息が春香の頬にかかった。
「ねぇ、帰ってしようか?」
愛斗の瞳が熱情に潤み、恍惚とした表情で求めて来られると春香の情欲がそそられる。
額をくっつけたまま愛斗が唇をそっと優しく合わせ、表面をくすぐるように何度もついばんできた。
(優しいキス……)
もう何度もキスをしているはずなのに、愛斗にされると頭がくらくらして何も考えられなくなる。
(私……こんなに好きなんだ……)
体を蹂躙されて酷い扱いをされているはずなのに、愛斗が何を考えているかも分からな
いのに――いつの間にかこんなにも好きになっていた。
(悪魔な顔を知って……好きになるなんて……私もよっぽどね)
それでも愛斗からのキスが嬉しくて、幸せだと思えてしまいされるがまま受け止めてしまう。
長い戯れのキスが終わり、春香と愛斗は言葉もなくじっと見つめ合った。
「先輩……何を考えてるの?」
愛斗が不安な表情をして、春香にそう問うてくる。
愛斗はときおり、こうした悲しい表情を刻みつけ、翳りを滲ませた瞳を揺らせるのだ。
そんな顔をされたら春香の方が不安になってしまうというのに。
愛斗こそ何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
「先輩っ……そんな顔しないで……僕から逃げようなんて許さないから」
瞬間――息が止まるほど春香は抱き締められ、愛斗の激しい感情が身体に流れこんでくる。
愛斗が心配するほど自分はどんな表情を浮かべていたのだろうか。
春香は虚ろに考えて、愛斗からの燃えるような感情を抱き締める。
「逃げないから……だって私は愛斗君の奴隷だもん」
そう言うと愛斗の力が緩み、ほっとした表情を浮かべて切なげな笑いを漏らした。
「そうだよ、先輩は僕の奴隷だから。主人の許可なしにこの手から離れることは許されない。もし、逃げたら――」
愛斗は泣き出しそうな顔をするが、口元には残虐な笑みを浮かべる。
「――殺すから」
はっきり告げられた言葉に驚きや恐怖よりも、歪んだ愛情を突きつけられて喜んでしまう自分はすでにおかしいのだろうか。
美しい主人――愛斗がそんなにも春香を欲し、求めて、必要としてくれている。
情欲剥き出しの、狂おしい感情をぶつけてくる愛斗が、愛しくてたまらないと思うのはすでに狂っているから――。
もう、愛斗と同じところまで堕ちているから嬉しく思うのだろうか。
「いいよ、愛斗君の奴隷だもん……主人が好きにしていいんだよ」
春香がそう言うと、愛斗はようやく安心したようで優しく抱き締めてくる。
「春香……春香……僕の春香……」
うわごとのように名前を呼び、何度も髪の毛に口付けてくる愛斗。
春香は愛斗の背中に手を回し、しっかりと抱きとめた。
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