先輩、僕の奴隷になってよ hold【2】
hold-2
『先輩、僕の奴隷になってよ』
それは、甘い――甘い甘美な蜜を含む、毒の檻
逃れられない手錠という楔で繋がっている――
永遠に、私達二人だけのうす暗い楽園は、続いていくものだと――そう、思っていたのに。
***
――数週間前――
「愛斗君、捕まえた!」
「――え」
鳴沢愛斗が流麗な瞳を瞬かせて、驚いたように自分の手首に視線を落とした。
(焦ってる、焦ってる)
相原春香はにやけそうになる顔を我慢して、精一杯に演技をして見せた。
「あれ、どうしよう。冗談だったのに」
我ながら棒読みになったと思いながら、愛斗としっかりと繋がれた手錠を何度も引っ張ったりする。
「春香先輩……この手錠ってどうしたんですか」
「……ん? 文化祭のサークル出し物はプラネタリウムするでしょ。だけどそれだけじゃあ盛り上がらないってことで、愛斗君と手錠で繋がる券を販売しようと思ったわけ」
春香の突拍子ない提案にも愛斗は怒る素振りを見せない。
それが愛斗の優しさというもので、学園の生徒ならみんなが知っていることだった。
その上、綺麗な容姿をしていて、女子ならず男子からも人気があるほどである。
文武両道で、品行方正、容姿端麗、それに両親は二人ともお医者さんという輝かしき家系で憧れの的でもあった。
鳴沢愛斗は学園王子の称号をもつ学校のアイドルだ。
その愛斗が春香の所属する天体サークルに入ってくれた時は死ぬほど小躍り……いや、大喜びしたものだ。
愛斗が手錠を見ながら困った顔をするのも、母性をくすぐられて胸がきゅんとしてしまう。
愛斗は吸いつきたくなるような肉感的な唇を動かせて、春香をじっと見つめる。
「それって……僕がぽろっと出した提案を採用したってことでしょうか?」
文化祭のサークルの出し物を部員一人、一人に提案させた。
『……手錠で誰かと繋がって、集客を計るとか……なんて、すみません。このような案しか浮かばなくて』
その中で愛斗が言ったことを春香は気に入り、想像を膨らませ、上手くいくと商魂逞しく採用したのだった。
「でも……僕と手錠で繋がりたい人なんているでしょうか」
愛斗は自信がなさそうにしゅんと肩を落とすが、それがいっそう母性をくすぐり、愛しさが湧く。
(ああ、可愛い、可愛い、可愛い〜)
「馬鹿ね、愛斗君と繋がりたい人なんてたくさんいるわよっ! ファンクラブ会員の私が言うんだから」
春香がそう言うと愛斗はぱぁと顔を輝かせて、はにかむ笑顔をむけてきた。
「春香先輩がそう言うなら……自信を持ちますね、僕」
(うっ、眩しい! 笑顔に邪気がない)
利用していることが悪い気になり、春香は何も知らない愛斗を見て罪悪感が生まれる。
「でも鍵がないのなら、この手錠は一生外れないのでしょうか」
愛斗が春香と繋がったままの手錠に視線を落として、小首を傾げながら可愛らしく問うてきた。
「実は、タネがあってね。愛斗君が嫌な人と繋がれば抜ければいいのよ」
春香がぐんと下に手首を振り切った瞬間に、手錠が抜けていく。
「これ、手品用の手錠でね。小さい突起があるでしょ。これを左にスライドすると抜けられるようになっているの」
春香が説明すると愛斗も恐る恐る手首から手錠を外した。
「本当ですね。あっさりと手錠から手首が外れました」
安堵している愛斗を見て、春香はきゅんと胸が締めつけられる。
今すぐでも抱きつきたい衝動に駆られるが、ここは我慢しておく。
他の女子に見られたら、絶対に敵に回すに違いないから――。
「だから、当日は集客の為に愛斗君、お願い出来るかな」
手を合わせてお願いしてみると愛斗は一瞬、沈黙を落とす。
その様子がいつもと違い、不安になってきた。
愛斗でも怒ることがあるのだろうか。
(あれ、怒らせたかな)
やりすぎたかと見ていると、愛斗はスっと顔を上げる。
「……僕なんかでお役に立てるなら光栄です、先輩。サークルの集客数がよくなるのならもちろん手伝わせて下さい」
愛斗が天使のようににっこりと眩しいほどの笑みを浮かべると、周りの女生徒が軽く目眩を起こす。
まるで後光でも背負っているような、神々しい笑顔に春香もくらっときた。
(さすが愛斗君、学園一のアイドル……王子と言われるだけあるわ)
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