河畔に咲く鮮花  





 雄一が去った後で、光明はふぅと溜息を吐いて手をおしぼりで丁寧に拭き取る。
「――あらあら、悪いお人」
 障子を引いて姿を現した女に光明は視線を投げた。
「光明さんはいつもそうやって、男も女も毒牙にかける」
「そんなことはございませんよ」
 女が部屋に入ってきて、光明の隣に座り込む。
 そっと肩にしなだれかかって、女は光明の胸元を手で怪しくまさぐる。
「それでも最上を紹介してくださったのは、あなただ。感謝しております」
「あら、私も用済み?」
 女は怪しく微笑み、光明の首筋に唇を落とした。ちゅうっと吸われて、赤い花が咲く。
「――いいえ、用済みなど……畏れ多いことです」
――用済みではなく、お前は捨てゴマだ
 女は光明に使われる駒の一つ。覇者の娘で色んなつてを持つ女を利用して人脈を広げていく。
 最上に辿りつけたのもこの覇者の娘のおかげでもあるだろう。
 最も、女は権力のことより光明の股間をまさぐることの方が重要のようだが。
「――ね、光明さん。いいでしょう」
 女の細い手が腿に滑り落ち、ゆっくりとチャックを下ろしていく。
――この料亭はこの女のものだ。昼間から男を咥え込むとは畏れいる
 光明は欲情に溺れる女を見下ろし、冷徹な微笑を浮かべる。
「では、顔を埋めて咥えてください」
 まだいきり勃っていないモノを覇者の娘に舐めろと要求する。
「――光明さんっ……」
 女は命令されても嫌がる素振りを見せずに、顔を赤く染めた。
 光明から言われたことを従順に守り、下虜の股間に顔を埋めて嬉しそうにモノを取り出した。
「ふふふ……あの男……きっと光明さんのをこうやって、咥えたかったに違いないわ……」
 女は愉悦に浸るとおいしそうに舌を絡め始めた。
――男相手に嫉妬とは……馬鹿げた話だ
「光明さんが誘惑したら……誰でも適わないわ……それは男でも……女でも」
 女はうっとりと吐息を漏らし、光明のモノを舐め上げた。
――男でも……か
 今までも何人もの女を相手した。
 夫あるものもいて、妻の浮気相手が光明と知り、殺すと息巻く者もいた。
 だが、妻の逢引相手の光明に色香を出して迫られると夫は腰抜けになってしまった。
 毒気に当てられた夫は、妻の浮気相手の光明の追っかけにまでなってしまったのだ。
――あれは、困ったものだった
 光明は苦笑して思い出に浸る。妻と離婚して光明と暮らすと言い出し、下虜である光明を囲おうとしたのだ。
 それをそこより権力のある覇者の娘に力を貸してもらい上手く収めたが。
 まだ光明を諦めていないと風の噂で聞く。
 一度も男と寝ていないのは、下虜である光明にとってある意味ラッキーなことであった。
 それはきっと――白宮院秋生が光明を守ってくれていたから。
 秋生を思い出すと、胸がちくりと痛んだ。
「――どうしたの、光明さん?」
 女が顔を上げて、心配そうに首をかしげる。いくら咥えても光明のモノが反応を示さないからであろう。
――秋生を思い出すと、性欲減退するとはな
 それだけ秋生は光明にとって大きな存在であった。
 嫌いな権力者であるのに、秋生だけは異彩を放つ男だった。
――秋生……
 死んだ男をいつまでも引きずるとは、可愛いところがあるものだと光明は自嘲を漏らす。
 それでも――
『お前は生きろ――』
 呪縛のように今でもその言葉が光明をがんじがらめにする。
 見えない罪の鎖が体中に巻きついているようで。
――分かってる、秋生。光ある世界が来るまで俺が変わりにやってやる
 だから、もう少しあの世で待っていてくれ――光明は秋生の顔を思い浮かべて、美しい眉をしかめた。
「すみません、今日は疲れているようです。次の機会に必ずお詫びいたします」
 光明は女をそっとどかして、服装を整えた。
「えっ――光明さ……」
 女は驚いていたようだが、光明から性欲はすっかり失われている。
 これ以上、どんなことをされても機能はしないだろう。
 心の喪失感はそれだけ大きく――今でも深く傷ついている。
――秋生、お前は罪作りだよ。良くも悪くも俺に影響を与える
 光明がしていることは、秋生ならどう言うだろうか。
――歪んだ欲望とお前なら笑うか?
 だけど自分は秋生ではない。
 元より権力者に生まれ落ちた者ではなく、ままならぬことが多すぎた。
 どうあがいても下虜であることには違いがないのだ。
 光明には人を魅了する悪魔のような容姿で、覇者達を虜にするしかない。
 それが天から与えられた唯一の贈り物なら、使わない手はない。
――俺は、俺にしか出来ないことがある
 光明はさっと立ち上がり、座り込んでいる女に目もくれずに部屋を出て行った。
「光明さ――」
 女の声をぴしゃりと障子を閉めて遮り、光明は歩き出す。
――織田……お前を終わらせる
 覇王の蓙からひきずり落とすイメージを描き、光明はこれからのことを想像した。
――秋生……光照らすものは現れなかった……あれから十数年が経つのに
 痺れを切らした光明は自分が光になろうと心に決めて、覇王失脚という遠くない未来を見据えた。
『生きろ――』
 秋生の最期の言葉が脳に響くたびに、重い枷が光明の体を縛り上げる。
 「――くっ」
 鉛のように重たい体をひきずり、光明は一歩を踏み出す。
――分かってるよ、秋生。それまでは死なない
 秋生に二度も救われたこの命――
 死ぬ間際でも儚く笑う秋生はとても綺麗で――光明の心を打った。
――ああいうのが、本当に美しいというのだ
 今でも瞼を閉じるとあの情景が思い浮かんでくる。
――俺さえ、あの場所にいなければ秋生は生きていた
 今でもそれは悔やむことであった。それでも、過去には戻れない。今ある道を歩いていくしかないのだ。
「もう少しだ、もう少しで……あいつらは終わるんだ」
 光明は自分に言い聞かせて、前へ進んでいく。
 その瞳には鬼のような修羅を滲ませて――。






 





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