河畔に咲く鮮花  




 * * *

 光明は下虜であるのに堂々と貴族街を歩いていた。
 色んな娘から送られた上質な服を身につければ誰も下虜とは思わない。
 振り返られるほどの視線を受けても、光明は何一つ気にしてなどいなかった。
  ただ今は目的である店に向かうことだけ。
 老舗である料亭の奥は要人が使用する座敷となっている。
 下虜である光明がのれんをくぐるのも畏れ多いというのに、主人は顔を見て奥へ通してくれた。
――ここに来るのは何度目だろうか
 光明は会員制の格式高い店の回廊を歩き、奥へと導かれる。
 奥座敷にはもう客人が来ているようであった。
「これは、これは最上様」
 光明が極上の笑みを浮かべると、最上雄一は厳格そうな表情を一瞬だが崩す。
――ふん、想像していたような汚い下虜とは違っていたか?
 心の中だけで悪態を吐いて、光明は会釈をすると雄一とは対面に腰を下ろす。
 覇者の娘のつてで会うことが叶った雄一は、伊達家とも懇意している名家でもある。
――頭が固そうで、融通利かなそうな男だ
 目は鋭く、髭を顎の下まで生やしていて厳格そうに見える。
 確かまだ若い娘――駒乃というのがいたはずだ。
 でも豊臣家に婚約者候補として取られてしまったという。
――だから、俺に協力するのか。娘を奪われた腹いせに
 「例の話は……お前がするというのか」
 雄一は温いお茶を口に含み、周りを気にするように囁いた。
「はい、なのでブツさえお渡しくだされば」
 光明がすっと目を細めると、雄一はごくりと唾を飲み込んだ。
――見惚れてやがる、俺に
 それが滑稽で思い切り笑いたかったが、光明はもう少し我慢することにした。
「だ、だが……足がつくと……困る」
 光明の熱い視線を受けて、雄一はしどろもどろに言葉を搾り出す。
「最上様には迷惑のかからないように致します。全てはこの下虜が仕組んだことであれば」
 光明は甘く蕩ける声を出して、雄一をじっと見つめた。
――綺麗なものを愛でるのが好きな男……か
 覇者の娘から聞いた情報は確かである。最上は無類の美を好む男だと。
 それは造形すべてに及び、女だけではなく男もそうであるとか。
 一番のお気に入り――娘の駒乃を奪われて、憎き豊臣、御三家の者達とこぼしていることも知っていた。
――美しいコレクションを取られて気に食わないのか
 光明は雄一を見ながら、心の中では蔑んでいた。
――表面だけの美しさにとらわれるくだらない男だ。この肉を剥げば全て同じだというのに
 光明はそれを表情に出すことはなく、冷たい心とは裏腹に熱い視線を雄一にぶつけていた。
 こうすれば男女問わず過剰に意識することを光明は知っている。
 こうして見つめているだけで雄一は頬と言わず、耳まで赤くしている。
 光明の華麗な中に潜む毒が徐々に効いてきているようだ。
「……で、では条件がある」
 雄一はもじもじと湯呑をせわしなくいじりながら、いいづらそうに視線を彷徨わせる。
「……なにか?」
 光明は雄一からかけられる言葉を見抜いていたが、形式的に聞くふりをした。
 「お、お前を……屋敷に置きたい」
 雄一は言ってしまったと口をもごもごとさせて、湯呑をテーブルに置く。
――こいつ、いいやがった
 光明は思い描いた通りのことを言われて、思わず口元を緩めてしまった。
――気持ち悪い野郎だ。綺麗なら男でもいいってか
 おかしくてたまらなかったが、ぐっとこらえて光明は視線を合わせる。
「――それは畏れ多いことでございます。私は覇者にクーデターを起こす者。最上様にご迷惑がかかる為に、その案はごめん被ります」
 光明は丁寧に断りをいれて唇の隙間から赤い舌をちろりと蠢かせた。
 それを見て雄一は顔を赤く上気させ、もじもじと腰を動かせる。
――おい、おい、さっきの仕草だけで勃ったのか?
 くっと喉の奥で忍び笑いして、光明は呆れた瞳で見つめる。
 もっと誘惑してその気にさせようと思ったが、簡単に終わるようであった。
――まだまだ色気を見せつける技はあったんだがな
「だから――最上様はなにも心配なさらずともいいのです」
 光明が腕を伸ばし、そっと雄一の手を取った。
「はっ……ああっ……」   
 雄一は手を握られると思ってもみなかったのだろう。激しく狼狽して奇妙な声をあげた。
――イったなんて言うなよ、これ程度で
 光明は追い討ちをかけるように雄一のごつごつした手の甲を指の腹でさすった。
 そのたびに雄一がびくびくと体を震わせるのが分かる。
――くくくっ……今日の夜は俺で自慰に耽るってか?
 名家の最上雄一が男もいけるとは初めて知った。つまらない話だが、余興程度に覇者の娘に夜話してやってもいい。
「お分かり下さいませ、最上様」
 光明は流麗な瞳を潤ませて、そっと小首を傾げる。
 「あ、ああ……分かった……」
 雄一は夢うつつに首を縦に振り続けた。
――壊れた人形みたいに頷いてやがる
 光明はほくそ笑むとすっと手を放し、書面を雄一の前に差し出した。
「では、これだけのブツを……お願いいたします」
「わ、儂がこれを持ってくればいいのか?」
 光明の離れた手を雄一は手繰り寄せて、力強く握り締める。てのひらの汗が気持ち悪かったが、光明はにこりと微笑んだ。
「いいえ、これは危険なものです。最上様になにかあれば俺は胸を痛めるでしょう」
「そ、そんなっ――」
 もう会えないのかと残念そうな瞳には悲哀がうかべられていた。
――当たり前だ、モノさえ入ればお前に用はない
 だが光明はじっとりとした雄一の指に自分の指も絡めて――
「もし、全てが上手くいけば必ずお礼にうかがいますよ」
 顔を近づけて、そっと優一の耳に低い声音で囁いた。
「はぁ……ああ……」
 雄一が耳をくすぐられて、また奇妙な声を発する。
――もう、堕ちたか
 光明は雄一に悟られないようにくすりと微笑んで、ゆっくりと離れていく。
 縋るように見つめられても、光明はこれ以上にする気は毛頭ない。
「ぜ、絶対に会いに来てくれるのだな?」
 お預けされた犬のように雄一は念を押してくる。
「ええ、是非とも。成功した暁には長い夜を語らいましょう」
「な、長い……夜……」
 光明の含みのある言葉に雄一はまたごくりと唾を飲み込んだ。
「特上のブツを用意しよう……簡単で誰でも使えるものを」
 雄一が素直に聞き入れてくれたので、光明は一つ頷いた。
「ありがとうございます、最上様」
 心にもない礼を述べて、光明は何度も振り返って名残押しそうにする最上雄一の背中を見送った。






 





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