河畔に咲く鮮花  





  
「純粋さゆえの狂気に僕は見えました」
 その答えを導くように公人がふと漏らす。
「自分の心を上手くコントロール出来ない、それがそのまま狂気となり、違った形であれど蘭様を手に入れたい。そんな欲望が心の中に渦巻いているように見えます」 
――凄い、公人君って
 公人のもっともな言い様に、蘭は思わず感心してしまう。
「そんな顔をなさらないで下さい。これでも、僕は蘭様の周りに居る方をいつも観察し、分析しているのですから」
 蘭の呆けた顔がおもしろかったのか公人はたおやかに笑みをこぼす。
「……だから、今更分かりました。覇王は蘭様をあの屋敷に閉じ込めているのではない。逆に、あなたを取り巻く全ての脅威から守っているのだと」
 公人の確信めいた言葉にハッとさせられ蘭は目を丸くした。
――雪は私を閉じ込めているのではなく、守る為に……
 そう言われると、それが真実のように思えた。
 雪は無鉄砲で傍若無人なところはあるけど、決して馬鹿ではない。蘭を守る為にあの屋敷に閉じ込めているとしたら。
「ありがとう……公人君……そんな風に言ってくれて」
 蘭の心はじいんと熱くなる。雪の目の余る行為は多々、みんなの誤解を招く。
 本当はいつも一歩先を見越して、その人の為に思って行動をしているのに。
――今頃……分かった……
「私も馬鹿だった……今頃、そんなことが分かるなんて」
 雪の真意を知り、蘭は言葉を詰まらせた。不器用な雪はそれを分かってもらおうと、いちいちそれを説明することはない。
 屋敷に閉じ込められ窮屈な思いをしているなんて、自分の意思しか尊重していない考えだった。
 雪ほど呆れるぐらい真っ直ぐで正直な人はいない。あの顔をくしゃくしゃにして豪快な笑いをあげる笑顔を思い出すと、胸が切なくなる。 
「早く、戻って来て……」
 ぽつりと漏らした呟きに公人は複雑そうに顔を翳らせた。
それでも蘭はすぐさま口元に笑みを湛えて一言囁く。
――愛しい、雪
 今までの寂しさが嘘のように晴れやかになってくる。
「――すぐです、もうすぐに戻ってこられますよ」
 柔らかく笑む公人は蘭の一番の理解者のように優しくそう言ってくれた。
「そうだね、もうすぐ大阪から帰って来るよね」
 公人に余計な心配をかけたくなくて、ようやく笑みを浮かべて見せる。
 お互いに微笑み合い、雪の屋敷まで滞りなく帰る数分手前で車は急停車した。
――なにっ?
 シートベルをしているおかげで、大事には至らない。
 それでも様子が違うのを肌で感じて、蘭は不安に襲われる。
「蘭様、暴漢です! 窓を開けられないように、ぐわっ!」
 運転手が声をかけて来たと同時に、ばりんと窓がかち割られる音が響いた。
――なにが起きているの!?
座席にずずっと沈む運転手は言葉を発さなくなる。
 黒い服を着た暴漢達が、割られた窓から手を突っ込み、後部座席のドアのロックを解いた。
「蘭様っ!」
 すばやく公人が身を挺して蘭を庇ってくるが、後部座席のドアは開け放たれて男が腕を掴んで来る。
「いやっ!」
 抵抗したものの、食が細くなり体の軽くなった蘭はあっさりと車から引きずり降ろされた。
 全身を黒い服で包み、顔にもマスクをして誰だか正体が分からない。
――この人達……暴漢なの
自然に呼吸は乱れ、がくがくと体は震え始めた。
五、六人の男達は、公人に目もくれずに蘭だけを自分達の車に乗せようとした。

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