河畔に咲く鮮花  





「言わば、籍を入れていない内縁の妻ってわけ。政を一部担っている貴族の義鷹だけが知っている、とでも思ってるわけじゃないよね? だからこの事を雪が知っても文句を言う筋合いはないのさ。蘭おねーさんはまだ誰のものでもないから」
 蘭の体から力が抜けていく。義鷹も切り札だった事柄をともから言い放たれて言葉を詰まらせた。
「……じゃあ、なんでとも君はわざわざ私を脅す真似をするの?」
 震える声で蘭は残酷で綺麗な悪魔の顔を見つめる。
「なんでって? 妻じゃないから抱かせてっていってもさせてくれないでしょ? だから、仕方なくあんな手を打ったのさ」
 ともの大きな目が苛立ちを滲ませ、闇の色を濃くさせる。
「そういうこと、分かった?」
 冷えた表情は一転して明るく変わり、蘭の手はぎりりと強く掴み上げられた。
「とにかく命令だよ、義鷹はここで見ていて。蘭おねーさんが泣きながらイキ叫ぶところ。雪じゃこんな風にシてあげれない。蘭おねーさんが狂うのは僕だけだ」
 ともはそう言ったと同時に蘭を壁に押し付けて情熱的に唇を塞いだ。激しく貪り、息をつく暇さえ与えてくれない。
 快楽に溺れさせることが、蘭を満足させると思っているらしいがそれは間違っている。
 初夜の日、雪と結ばれた夜――あの時は心から幸せを感じていた。
 満ち足りた充足感と、切なく胸を締め付けるほどの幸福。
 それは雪と体だけではなく、抱かれている間も心が通じあっていたから。
 お互いを思い、お互いに愛し、お互いの心が通い、もう離れては生きていけないもの。
 快楽だけを体に教え込む行為では、心は死んでしまう。
 それをともは分かってはいないのだ。
 泣いて許してと、懇願してもともは止めることを知らない。
 雪は強引だったけど、それでも蘭のことを考えてくれていた。こんな風に一方的に愛するやり方はしなかった。
「ゆっくり時間をかけてしたいんだけど、早く義鷹に蘭おねーさんが僕のものになったって見せつけてやりたいんだ。だから、一発目はもう入れちゃってもいいよね」
 ともの足が立ったまま強引に太ももに割りこんで来て、蘭は現実に引き戻された。
 片足を手で持ちあげられて体が総毛立つ。蘭とこのまま立った姿勢のままで行為を義鷹に見せつけようと言うのだ。
 足を降ろそうとしたが、どこにこんな力があるのか不思議である。
 ともの手はびくともせずに蘭の片足を高々と持ちあげたまま固定する。
「あはっ、これじゃあショーツも降ろせないね。じゃあ、ずらして入れようか」
 ともの声は嬉々として弾み、早く一つになったところを義鷹に見せたいようだった。
 義鷹は押し黙ったまま、その行為を苦しげに見ている。
 蘭は見ないで欲しいと願った。初恋の人――今までずっと忘れたことはない憧れの人。
 蘭を十年も見守り、愛してくれた人。
 その人の目の前でこんな抱かれ方をされる行為に心は泣いた。
 首元のネックレスの指輪がしゃららと揺れる度に、蘭の心は底へ沈んでいく。
 暗殺されそうになったと少女のような少年は悲しそうに泣いていた。
 涙をお互い拭い合い、将来は一緒にいようとその後で笑い合った。その綺麗な笑顔は今はただ悲しそうに曇っていく。
 そんな義鷹の表情がともの揺れる髪から見え隠れしていた。
「蘭おねーさん。僕といる時は他のことを考えるなっていったでしょ? きちんと僕だけを見てくれなきゃ、ねっ」
 苛立つ声と共にいつの間にか横にずらされたショーツの間にぶすりとともの長く繊細な指が埋め込まれる。
「ううっ……いたっ……」
 まだ感じていない秘部の中は、引きつるようにともの指を咥えこんだ。
「ああ、蘭おねーさん、きちんとお風呂に入った? まだ僕のが中に残っているよ。あはっ、掻きだして新しくて新鮮なのを注いであげるね」
 ともの綺麗な唇が残酷に歪むと、まだ放たれて残っていた残滓を指で乱暴に掻きだし始める。
「とも……君……お願い……止めて……」
 目に涙が浮かび、ともに懇願すると珍しく指を止めてくれた。
 願いが通じたのかと思ったが、それは誤った考えであった。 
「掻きだすの止めて欲しいんだ? そっか、じゃあ残ったのを奥に塗り込んであげるね。義鷹が余計なことをするからさ。一杯、僕は今日から中に植え付けなきゃいけないもんね」
 愉快気に笑うともの耳には蘭の言葉は通じていない。
「ち、違うっ……そうじゃなくて……んっ……」
 いきなり蘭の敏感に感じる部分に指を押し込まれて呻きがこぼれる。
「蘭おねーさんは欲張りだから一本じゃ足りないんだよね? だからすぐにもう一本増やしてあげる。ほらっ」
 とものあざ笑いと一緒に指が増やされて、奥の場所をこりっと掻き回された。
「お願い……そこは……」
 いつもはゆっくりと焦らした動きの指が今日は興奮しているせいか、ぬちぬちと音を立てて激しく動かされる。
 弱い部分を攻められ、次第に溢れてくる蜜と、ともの残滓が混じって卑猥な水音を発し始めた。
「どう? 蘭おねーさんのいいところ。いつもみたいにいやらしくいい声で鳴いてごらん。ね?」
 ともは甘い囁きとは対照的に指を激しく抽送させる。
 奥の弱い部分をこりこりと攻め立て、とめどなく蜜が溢れては太ももを濡らしていく。
「あっ……はあっ……」
 喘ぎを義鷹に聞かせたくないのに、わざとともはそこばかりを中心的に攻めたてた。
 がくがくと持ちあげられた片足の腿が引きつり、立っていられなくなる。
「遠慮しないで、声を出していいんだよ。気持ちよくてたまらないんでしょう? 僕の指がぎゅうぎゅう締めつけられる。もう、イキそうでしょ?」
 ともは毎晩、朝方まで体を開発している蘭の弱い部分を知り尽くしている。口では嘘を言っても、体は正直だ。
 達したくもないのに、ともに弱みを攻め立てられて、指で、舌で、肉径で何度も絶頂を味わされる。
「ああ、それとも指じゃ満足しないか。蘭おねーさんは素直じゃないんだから。いつもは指で一回イカせているけど、今日はこれでイカせてあげる」
 ともは意地悪く笑うと、蘭の秘裂に埋まっていた指をずるりと引き抜き、かちゃかちゃとズボンのベルトを外し始めた。
 すぐに挿入する気と分かって、体を強張らせる。
 ともはすでに膨張している肉径を引きずり出して、なまめかしくぺろりと舌をなぞった。
「お願い……とも君……ここでは……止めて……」
 義鷹の目を気にして、必死で懇願をする。だが、ともは自分の雄々しくなった肉径を手で持ち、蘭の蜜口にあてがってきた。
 くちゅりと大きく張り出した傘が秘裂をなぞる。
 挿入される――そう身構えた瞬間に、ともの制服のジャケットから携帯電話の音がけたたましく鳴った。
 ともの視線は依然鳴り続けているジャケットの中の携帯電話に向けられた。
「この着信音は……」
 ふと呟き、取るかどうか思案しているようだ。
 だが止まらぬ音に観念したのかともはようやく蘭から体を放して、携帯電話を取り、耳に充てた。
「もしもし、徳山、なに? この時間は連絡するなって言ったはずでしょ」
けだるそうにともは相手の話に耳を傾ける。だが、次にはざっと顔色を青くして、余裕をなくした表情を浮かべた。
「父さんと母さんが乗った車が事故?」
 聞き捨てならない内容に蘭も驚きの表情を張りつかせる。
 ともが電話に気を取られている間、義鷹がそっと蘭の傍により乱れた服を正してくれた。そして、自分の羽織をかけてくれる。
「……ごめん、蘭おねーさん。少しの間待っててくれる? 僕は行かなきゃいけないところがあるんだ。すぐに戻って来るからこの屋敷を出ないでね」
 電話を終えたともはくるりと振り返り、蘭に帰るなと釘をさした。
「分かった? 義鷹もここに居るんだ。僕が帰って来てからもう一度やりなおすから、だから――」
「早く行ってあげた方がよろしいのでは? それにきっと今日はこちらに戻っては来れないでしょう。蘭は雪様の屋敷に戻りますので、とも様ももう来られる用事はないかと思いますが」
 義鷹が鋭く射る言葉を発し、ともの言葉を有無も言わさず遮った。
 それに驚いたのはともだけではない。
 ともが戻っては来ないと言い切った義鷹の顔を蘭はちらりと盗み見した。
 その顔はいつもの冷静沈着な表情で、まるでなにが起こったか見えているようだった。
 その不可思議な物言いの裏に孕んだ思惑をいち早く読みとったのはともの方。
「――まさかっ……お前が、仕組んだのか?」
 ともの言わんとすることが蘭にも漠然とだが分かる。
「――とも様がなにをおっしゃっているかは存じませんが、秘書の徳山が間もなくお迎えにいらっしゃるのでしょう? さぁ、早くお父上とお母上の元へ行ってさしあげて下さい」
 義鷹の瞳から光が失せ、それだけを抑揚もなく紡ぎ出した。
 その表情は、寒々しくこの場の温度を何度か下げる冷酷さを湛えていた。
「……お前の本性を忘れていたよ。あっはははは、笑えるね。やってくれるじゃないか。この行為が吉と出るか凶と出るか、楽しみにしているよ、義鷹」
 ともは笑いの中に怒りを含んだ瞳を義鷹に投げて、服装を整えるとどかどかとその場を立ち去って行く。
 ともが立ち去った後を見送り、蘭はがくりと膝を崩して、その場に座りこんでしまった。
「蘭、大丈夫かい?」
 義鷹はすぐに自らも膝をついて、蘭の様子を心配そうに窺う。
 ともの行為に体も心も蝕まれて恐れていることを知っているのだろう。
 だが、今の蘭はそれよりも、さきほどのともと義鷹のやり取りに意識が集中していた。
 ともの両親が車で事故に遭った。それだけはあの電話の内容から分かる事柄。
 だが、義鷹は一切動揺を見せずに淡々と述べた。
 ともが今日、この屋敷に戻ることはない。
 なぜ、そんなことを言い切れるのか。その後のとものなにもかもを悟ったような言葉。
 蘭は震える手で義鷹の着物の裾を掴んだ。
「……義鷹様は知っていたんですか? とも君の両親が事故に遭ったことを……事前に?」
――あなたが、この事故を仕組んだのですか?
 そう聞きたかったが、それを聞くには躊躇いが生じた。
 あの優しく親切な義鷹がそんな恐ろしいことをするなんて考えたくもない。
 だが、ともは今日の内にこの屋敷に戻っては来られない――そう知っているのは、仕組んだ本人だから分かる事実。
 帰ってこられないとは、事故の大きさの度合いを分かっているから。
 恐る恐る義鷹を仰ぐが、飄々とした態度は変わらない。
「蘭はなにも心配しなくていいんだよ。それより、今がチャンスだ。公人を連れて雪様の屋敷にお戻り」
 義鷹がふと優しく微笑み、蘭の髪をゆるりと撫で上げてくれる。
「もしかして……私の為に……」
 そこまで言った蘭の唇に義鷹の人差し指が押し付けられると、もうなにも言うなと首を横に何度か振られた。
「さぁ、うちの車を手配してあげよう」
義鷹がぐいっと蘭の腕を引っ張り立たせる。
「……蘭、これからこのようなことがない為に雪様から覇王の記を譲り受けるんだ。それをすれば、とも様も簡単に手出しは出来ない」
「花嫁の証というものですか……?」
 雪からはそのことを一度も聞いたことがなかった。
 本当に覇王の記をくれるのだろうか――不安になり蘭は顔を曇らせる。
 それを見て義鷹は蘭の髪を優しく撫でてくれた。
 「大丈夫だよ、蘭ならいただける」
 そう言った義鷹の顔はなぜか悲しそうで、苦しそうで。
 ――またその表情
 まだなにかを心の内に隠している。
 そう感じたが、愛していると言ってくれた義鷹を疑いたくはなかった。
 十年も蘭を愛して見守ってくれた、憧れて焦がれた初恋の人。
 もう二度と会うことはないと、雲の上の貴族様の一時のうたかたの情事だと、ずっとそう思い諦めていた。
 だけどそれを覆して、義鷹は貴族の中の権力者となった今でも蘭の味方をしてくれる。
――義鷹様を信じよう
 その義鷹の言うことに間違いはない。
「分かりました……義鷹様」
 蘭はこくりと頷くと、義鷹のくれた指輪をぎゅっと握り締めた。
 そうすると不思議なくらいに気持ちは穏やかになっていく。
「すぐに車の手配を」
 義鷹が声を張り上げて屋敷の者に指示を促す。
 もうゆっくりと話すことが出来ないと悟り、蘭はこの屋敷を後にする決意をした。
 慌ただしく車は用意されて、玄関まで見送りに来ていた義鷹に紙の束を押し付けられた。
「義鷹様、これは?」
 不思議に思い、蘭は車の後部座席から義鷹を振り仰ぐ。
「姉小路家の借財書だよ。燃やすなり、煮るなりなんとでもするがいい」
 蘭ははっと顔をあげて、義鷹の優しさを滲ませた瞳を見つめる。
 公人も驚きを刻んでは、深々と義鷹に頭を垂れた。
「……蘭、これからなにがあっても私の言った言葉は忘れないでおくれ」
 義鷹の手がそっと蘭の頬に触れ、またどこか寂しげに瞳を揺らせた。
 「愛している、蘭。この命をお前に捧げられるほどに」
 義鷹からもう一度、愛の言葉を紡ぎ出されて蘭は目を見開いた。
「義鷹様……」
 公人も、義鷹の家の者もいるのに、そこまで堂々と告げる物言いにどこか不安を感じる。
――義鷹様……なぜそれを今ここで
 これから未来になにかが起きることを知って、義鷹がそう念を押してきている。
――そう考えざるを得なかった。
 何か目に見えない大きな災いが降りかかってくる気がして、落ち着いていた気持ちがざわめき始める。
――聞いても教えてくれないのでしょうね
 どんなに追求しても義鷹から聞き出すことは不可能だろう。
 頬に触れてくる義鷹の指先は血が通っているというのになぜだか冷たく感じる。
 いつも暖かく感じる義鷹がこの時ばかりは恐ろしく見えた。
 蘭の不安を察したのか、義鷹はいつのも柔和な微笑みを口元に浮かべる。
 それでも蘭は同じように笑うことなど出来なかった。
――貴族特有の微笑み
 心配かけさせまいと微笑んでくれるのは分かるが、それが一層空々しく見えて。
 隠し事で塗り固められた義鷹が、急に知らない人のように思えてしまった。
――嫌だ、義鷹様と今ここで離れてしまうのは
 別れてしまうと二度と会えない気がする――そんな言い知れぬ不安が胸に広がっていった。
「義鷹……様……」
 唇を開いた途端に義鷹の冷たい指先が頬から離れていく。
「さぁ、出してくれ」
 咄嗟に蘭が手を伸ばし義鷹に触れようと瞬間、命令によって車は発進した。
 遠ざかる義鷹を見届けながら、蘭はいつまでも窓から顔を出して振り返る。
 ――義鷹様
 月の下で悲しげに佇む義鷹の姿は、今にもこの闇に溶けて消えそうな、そんな孤独を背負っているように蘭には見えてならなかった。





 





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