河畔に咲く鮮花  

第十四輪の花  3:義鷹の正体は過去に遡りて

 
それから数日、あの夜の奇妙な日から義鷹は蘭と一緒の布団で寝ることはなかった。
 忙しい身の中で、義鷹は蘭に会いに来るたびに、上等なお菓子や美しい花束を手に持ってやって来る。
 静かな毎日が過ぎる中で、蘭はふと思い浮かぶことがあった。
 雪の屋敷では外に自由に出歩くことが出来なかったが、義鷹の屋敷ではもしかしたら外出できるかもしれない。
 今は護衛の公人もいることだし、以前より危ない目には遭う確率は低い。
「義鷹様、外出したいのですが」
 そう聞いてみると義鷹の眉がぴくりと引きつる。
「蘭……欲しい物があれば私が買ってこさせよう」
 流石に義鷹も蘭の心配をしているのか不満を露わにした。以前に拉致をされたことがある。
 春と唯にだが、その時も義鷹は必死になって探してくれていた。その事件のこともあるのか、義鷹は難色を示した。
「いえ、欲しい物があるのではありません。実は家族の様子を見に行きたいのです」
 長年、家族とは会っていない。身売りに出た夜から一切会ってはいないのだ。
 仕送りだけはしていたが、元気にしているのかこの目で見たかった。雪の屋敷に戻るとまた自由はなくなるだろう。 
 できればこのチャンスを逃したくはなかったのだ。
「そうか……そうだね。蘭も家族と会いたいだろう」
 義鷹は蘭の気持ちをくみ取ったのか、ようやく柔和に微笑んでくれる。
 雪ではこうはいかなかっただろう。
 誰かに家族の安否を見に行かせて、報告してもらう。
 それがすぐに想像が出来る。こういう時は、大人の義鷹の方が話は分かってくれる。
「私も一緒に行こう」
 蘭は義鷹の返事に一瞬だが呆気に取られた。
 貴族一の権力者が蘭の住んでいた下慮の住処に来るなどもっての他だ。
 決して綺麗な場所ではないし、空気も淀んでいる。
 河畔にバラック小屋が軒並み並んでいる様を見たら気絶してしまうのではと思ってしまう。
 「でも、それはっ――」
 蘭が反対するのを義鷹はすぐに手で制した。
「私も一緒に行きたいのだ。蘭の思い出の場所にね」
 義鷹はそう言ってにこりと優美に微笑む。
 こうなってしまっては、いくら反対しても義鷹の意見は覆らない。
 蘭は諦めの境地で、渋々と頷いた。

* * *


 義鷹の高級車で蘭は久しぶりの故郷を訪れた。
 ちらりと義鷹と公人の顔を盗み見るが、二人とも表情を崩していない。
 公人は元々人形のような無表情な顔だし、感情は読みとれない。出したとしてもそれは外で見せるような、上っ面のたしなみ程度の表情。
 演技をさせたくない蘭は公人には普段のままでいろと言った。なので今は素のままの公人であろうが、表情からは何も窺うことは出来なかった。
 義鷹も荒んだ地区を見て嫌な顔をするかと思いきや、そんな表情は見せない。
 なにを考えているか分からないまま、高級車は蘭の家のすぐそばで止まった。
――懐かしい、故郷……ここは相変わらず変わっていない
 下慮達が奇異な目で見て来るが、貴族と知って慌てて陰に隠れる。
 貴族がこんな場所に来ることは、天と地がひっくり返ってもあり得ないことなのだ。
 なにをされるわけでもなく、下慮達は恐れをなしてこそこそと逃げ始めた。
「ははは、まるで鬼にでもなって気分だよ」
 義鷹が痛快に笑い、どこか楽しそうにその様を見ている。
「仕方ないです。貴族様がこんな場所に来るなんて、下慮を殺しに来たのかと思っているんですから」
 蘭の答えを聞いて義鷹は珍しそうにへぇ、そうなのかい、とのんびり返してくる。
「はい、私も小さい時はそう教え込まれてました。貴族や覇者に会えば有無も言わさず殺されるって」
 本当に小さい時はそう思っていた。貴族や覇者からすれば虫みたいなもの。下慮はただ取り払われるだけ。
 「……でも、違っていました。初めて会った貴族のお姉さんはとても優しくて、綺麗で、大切にしてくれました」
 蘭はネックレスに引っ掛けた思い出の指輪を手に取り指先で弄る。
「いつもそのネックレスをしているね?」
 義鷹が指輪に視線を投げて、暖かい眼差しを向けてくる。
「はい、その貴族のお姉さんからいただいたんです。高価な物だと思うんですけど。あれから会えていなくて、元気にしているかどうか」
 その指輪を見て公人は一瞬だが、人形のような顔に感情を浮かべた。だがそれはすぐに元に戻り、無表情になる。
「元気かどうか気になるのかい?」
 義鷹はそんな公人の表情も知らずに、蘭の思い出の指輪の話の続きを聞きたがったいた。
「はい、初めて会った時にお姉さんは泣いていたんです。暗殺されそうになったって言っていました。だから無事だといいんですけど」
 蘭は少し俯き加減で当時の思い出に浸る。
――河畔で会った貴族のお姉さんは元気でいるだろうか
 暗殺されることなく無事にいて欲しいと蘭は貴族のお姉さんを思い浮かべた。
「へぇ……そうなのかい」
――義鷹様?
 義鷹の気のない返事に蘭は一瞬だが眉をしかめた。
 いつもの義鷹なら、そのお姉さんはきっと無事でいるよ――と言ってくれるはずなのに。
 不思議に思って義鷹の顔を見つめると、どこか遠くを眺めている。
 憂いを含んだその目はどこか悲しそうだった。
――どうしたんだろう……義鷹様
 この間から様子のおかしい義鷹を蘭はちらりと見つめる。何か心に秘めていることがあるのは感じ取れた。
 それでも義鷹は蘭にその胸の内を教えてくれることはないだろう。
「私はここで待っているから、久しぶりに挨拶しておいで。公人も護衛としてついて行ってあげなさい」
 義鷹はいつもの柔和な笑みを浮かべて、蘭と公人を車から送り出した。







 





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