河畔に咲く鮮花  

第二章 十輪の花* 2:桜舞い乱れる花見会

 

雪の屋敷に満開の桜が咲く頃、お花見が行われる。主催者はなんと蝶子のようで、自分が懇意にしている覇者の家の者や、貴族の娘達を招いていた。
 ここで雪の気持ちを掴もうという魂胆が丸見えである。
「普通はあなたが皆さんを招いて会を開くものよ。気が利かないこと」
 などといつものように嫌味を投げてきては、堂々と雪の近くにはべるように座っていた。
「蘭、いいだろう。ここの桜は。早咲きでな、この時期でも見れるんだ」
 上座に設置された台座の上で雪はすでに一杯やっている。
 蘭は雪の隣に座り、ふと視線を桜に向けた。
『桜を一緒にこれからも見よう――』
 蘭がはじめて雪の屋敷に来て、縁側で交わした約束がまるで昨日のように思い出される。

 ――本当に、桜を見ているんだ

 二人きりというわけではなかったけど、それでも嬉しいことには変わりない。
 屋敷に植えている二百本ほどの桜が、華やかなピンクの花びらを広げて一斉に咲き誇る。
 雪が言うように三月初めだというのに開花は珍しい。
 風にそよぎ、ひらりと花びらを散らす様を見るのも、どことなく儚くて情緒深いものだった。
 琴の調べを聞きながら、それぞれの客人が会話に花を咲かす。
 庭にはところどころに台座が設置されて、赤い敷物が敷かれてあった。
 この日ばかりは本家からのメイドも引っ張りだこの状態で、食事をせっせと運んだり、カクテルやちょっとしたつまみを台座に置いていく。
 ワインやカクテルを片手に持ち、話に興じている招かれた客人達も桜を愛でていつもより浮き足立っている感じであった。
「ゆっきー、来たでぇ。ほれ、この酒は手土産や」
 秀樹が上機嫌で一升瓶の酒を手に持ち、雪に挨拶にくる。
 蝶子が居座っているのをすでに聞いているのか、秀樹は顔色を変えずにその場をやり過ごした。
「雪、蘭ねーさん、これは僕んちから。お菓子だよ」
 今度はともが重箱を持って来て、台座の上に置いて行く。
「よし、早速酒をあけて、菓子でもつまむか」
 雪はすぐに秀樹の酒をあけ、ともからのお菓子をつまんだ。
「雪様、お酌をしますわ」
 蝶子がわざとしだれかかるように雪に近づき、杯に酒を注いでいく。雪もこの場の雰囲気を壊したくないのか、注がれた酒をぐっと飲み干した。
「蘭、お前も俺に注げ」
 雪はさっと蘭に杯を出しお酒を待っている。蘭は慌てて、杯にお酒を注いだ。それもぐっと雪は飲み干し、今度は蘭に差し出して来た。
「よおし、お前も飲め」
 雪が自ら酒を注いでくれて蘭は幸せな気分になる。それを不快そうに蝶子が見ていたが、気にもならなかった。
 雪からのお酒をありがたく貰い、蘭はちびちびと飲む。それを繰り返しされて、お酒の弱い蘭は、ほろ酔い気分になってしまった。
 少しだけ気持ちが良くなった時に、雪が誰かを見つけたのか大声をあげた。
「おい、典子(のりこ)、こっちだ、こっち」
 雪に声をかけられ、袴姿の少女がきょろきょろと辺りに目を配る。そして、こちらに振り向き、ぱあっと顔を輝かせた。

――誰? あの女の子は?

 少女はこの場に不似合いな袴という出で立ちで、髪を後ろに高く束ねている。
 腰からは刀のようなものが携えられて、客人の合間を縫って雪達の前まで来ると、片膝をついた。
 唖然としているのは蘭だけではなく、蝶子もであった。
「典子、かたっ苦しい挨拶はいい。お前も酒を飲め」
 雪に促され、典子と呼ばれた少女はおずおずと両手を差し出してきた。
 ぽんと杯を手の中に置いて、雪は酒を注ぐ。
「ありがたくいただきます、覇王様」
 典子はそう言って、少しだけ顔を上げるとぐいっと飲みほした。
「……雪様……こちらの方は……?」
 蝶子が眉をひそめ、顔をさげている典子をじろじろと眺める。
「ああ、最近拾ったんだ」
 その言葉に蘭はどきりと胸を跳ねさせる。

――雪はよく拾い物をする

 そう秀樹が学園で話していたことがあった。 だが実際に拾われた者をみたことがなく噂だけだと思っていた。それが本当にいるとは衝撃でもある。
 なぜなら拾った者が女と言う存在だから。
 蘭は典子と呼ばれた少女を見て、顔はまたたくまに曇らせていった。
「まっ、また雪様はそのような戯れを」
 蝶子は扇子で口を隠して、訝しげに典子を見下ろす。
「戯れじゃねぇ。外で会合をしてた時にな、刺客に襲われそうになったところを典子が助けてくれたんだ」
 蘭はハッと目を見開き、雪の腕を手に取った。
「なんだよ、蘭。どうしたんだ急に。甘えたいのか?」
 腕を取られてまんざらでもないのか雪はにやりと笑う。
「……怪我は? 怪我はないの?」
 心配で体を丹念に見ている蘭に雪は大口を開けて豪快に笑う。
「大丈夫だって、心配するなって言ったろ? 典子は腕が立つんだ。一般市民の階級だが、気に入ったから俺の警護を頼んだ」

 ――気に入ったから警護にする

 その言葉に蘭はえっと目を丸くする。そしてまだ顔をさげている典子をそろそろと見下ろした。
「おい、典子。挨拶しろ」
 不遜な態度で雪は促すと、典子はひと呼吸置いて挨拶をはじめる。
「はっ、私は小野典子(おののりこ)と申します。階級は一般市民ですが、父が道場を開いておりまして、娘の私も居合を少々たしなんでおります。この度は覇王様の警護をつかまつることになりました。奥方様、よろしくお願いいたします」
 典子は堅い挨拶をして、スッと顔を上げた。
 蘭は典子の顔を見てどきりと心臓が一跳ねした。

 ――なんて、綺麗な子

 それが典子を見た蘭の感想であった。
 剣豪とは思えないほど、典子は華奢で刀を持つであろう手も小さい。
 抜けるような白い肌に、意思の強そうな眉の下には大きな瞳が輝いている。
 小さめの鼻も唇も知的で、凛とした眼差しや纏う雰囲気は、清廉な臭いを漂わせていた。
 美少女と表現してもいいであろう、典子を見て蝶子も少し不快そうに眉をひそめる。
 だがすぐに格も違い、相手にもならないと測ったのか、蝶子はふと笑みを漏らした。
「雪様は敵が多いですわ。命を懸けてもお守りするのよ」
 所詮はただの小娘といった視線を投げて、蝶子はゆるりと扇子を煽いだ。
「はい、この典子。命を懸けて覇王をお守りいたします!」
 腹の底から出される快活な声に蘭は少々呆気に取られる。
「おい、余興で剣技を見せてくれ」
 雪は典子にそう言って、酒の肴に見せろと命令した。典子は嫌がる素振りを一つも見せずに、すらりと銀色に光る刀身を抜く。
 太陽を浴びた銀の刀身がきらりと光を弾いて青い空に輝いた。
 典子がひゅんっと縦に刀を振り、次は横に薙ぐ。
 ざっと強い風が吹き荒れ、嵐のように桜が舞い散る。
 落ちる花びらを典子は縦横無尽に刀を振り、まるで舞を踊っているかのように斬っていった。
 花びらは縦に真っ二つに割れ、視界は一面桜色の彩りに覆われる。

――凄い、なんて美しいんだろう

 空に無数の桜吹雪が舞い降り、蘭はその情景に胸を打たれて、ただ無心に見入っていた。
 典子の剣技は荒々しく鋭いというのに、その技は洗練されて、凛とした美しさを誇る。
 客人達も手を止めて、典子の剣技に見惚れては、感心するような溜息を漏らした。
 蘭も他の客人と同じで、ひらひら舞う桜の中で佇む典子から目が離せなくなる。






 





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