河畔に咲く鮮花  

第一章 完 ◆*†*◆   特別編   恋初めし君へ 雪編


 織田信雪は言うまでもなく生まれた時から、覇王としての後継者として周りから認められた存在である。
 だからといって可愛い息子――と、父から愛情深く接されたことはない。
 公務や会議などで時間を費やし、風呂の一つもいれてもらったことがなかった。
 母は産後まもなく他界し、雪は付き人と監視の元に生活をすることになる。
 小さい頃から講師カラ語学や帝王学、マナー知識を叩き込まれる毎日。
 そのような勉強も低身分の者に比べ、学べるだけで贅沢なことであったが、雪としては煩わしかった。
 好きで覇王の息子に生まれたわけでないのに、窮屈で堅苦しい生活に嫌気をさす。
 初めて暗殺されそうになったのは、たった十一歳のことであった。犯人は笑えることに、母の変わりに世話をしてくれた乳母だった。
 毒を少量づつ食事や飲み物に混じらせて、雪を自然に殺そうとしたようだ。
 雪は幼い頃から色んな毒を飲んで耐性をつけている為に効き目が薄く死ぬことはなかった。
 乳母は織田家をよく思わない敵対者からの刺客と分かり、雪の父は無情にも関わる全てを抹殺した。   
 その頃から雪は息苦しい生活が嫌で、よく本家を飛び出しては貴族の義鷹の屋敷へ遊びに行くようになる。
 元々、政治の一部を担っていた今川家は、織田家とも深い繋がりを持つ。
 その跡取りである義鷹の年齢は六歳上だが、その頃はなんとも頼りない貴族の坊ちゃんというのが雪の印象であった。
 純真無垢な義鷹は雪に対しても優しく接してくれた。
 それは覇王の息子というより、やんちゃな子供のお守り役を楽しんでいるようでもあり、雪には心地が良かった。
 覇王の息子というだけで、義鷹の屋敷の者はたったの十一歳程度の子供に媚を売り、随分年上のメイドから言い寄られたりもする。そこに本当の愛などはなく、ただのステータスに酔いしれているだけだと、雪は馬鹿にした目で見ていた。
そのような表面だけに媚びる者達を困らせてみたくてわがままを言ってみたり、無理なことを頼んでみるが、全ては雪の思い通りになる。
 誰一人文句は言わず、雪を中心に回っていた。
 いつかは愛想を尽かすはずと根気よく様子を窺っていたが、表情一つ崩さずにみんなはついてくる。
 それはそれでいいと、雪はみんなが思っている行動をわざと取っていた。
 自分の家だけではなく、義鷹の屋敷の使用人やメイドを勝手に辞めさせたりした。義鷹は困った顔をしていたが、それでも雪に逆らえるはずもない。
 だが理由もなく雪がそういうことをしていたわけではなかった。
 自分や義鷹に害を成す者を雪は密かに調べていたのだ。
 潜伏している敵対者や、金を横領している奴や、今川や織田の名前を使い悪いことをしている者をことごとく追放した。
 雪が調べた結果、追い出していることを義鷹は何も知らないようだったが。
「俺は、悪者を成敗しているんだ」
 などと雪自身も言うことはしない。その裏側の努力を知らない者達は横暴な子供だと囁きあった。
 それでも子供の雪の力が及ばないこともある。
 義鷹の屋敷に巣食う側室の女を追放することが出来なかった。側室の女は上手く本性を隠し、周りの目を欺いていた。雪には
その女がぷんぷんと臭うのが分かってはいたのだが、裏が取れずにいたのだ。
 いつか正体を暴こうと思っていた矢先に、雪は初めて西の勢力者の跡取り、豊臣秀樹と出会った。
 秀樹は四歳上だが、都内の学園に通う為にわざわざ上京したのだという。
「もう、西は食いつくしたから今度は東やな」
 秀樹が女のことを言っていたのは何となく理解は出来たが雪には興味のないことだった。
 秀樹に誘われて雪は初めて学校というものに通うことになる。
それまでは講師がいて、学校など行かなくていいと父に言われていた。それでも家にいる退屈を紛らわせてくれるなら、学園に通いたいと雪は父に反抗をした。
「お前のわがままには本当に手を焼く。もし、自由が欲しいなら一つだけ約束をしろ」
 父は諦めたように溜息を吐くと雪に条件を出してくる。
「斎藤家の蝶子と婚約しろ」
 雪は見たこともない女と婚約などしたくもなかった。それでもまだ少年だった雪は、自由と引き換えにその条件を飲んでしまう。
 それは絶対的な約束で、破ることは許されない。
 父のいいつけはそれほど効力を持つ。
「分かった、その女と婚約する」
 雪は軽い気持ちでそう父と約束をしてしまった。秀樹にそのことを言うと大したことないように笑う。
「俺も浅野家の娘と婚約してるけど、そんなの関係ない。気に入った女を側室として何人も呼んだらええんや。それまでは、遊ぶで〜」
 秀樹は呆れるほど楽観主義者で、少しでも悩んだ雪は自分が馬鹿らしくなった。
 学園に通うようになると、色目を使う女がわんさかと雪と秀樹の周りに集まる。秀樹は片っ端から食いつくしていたが、どうしても雪はそういう気になれない。
 権力と名声に群がる女たちが煩わしく、その明け透けの欲望は吐き気すら催した。
 少し話をしただけで恋人気取りになる女にも呆れるばかりだ。
 それを見かねた秀樹が、一度だけの相手と遊んだらいいと雪を初めて菫街へと連れて行く。
 商売人階級の者が営んでいるいわば風俗街だ。
 その時は童貞を捨てる相手などどうでもよかった雪は初めての経験を菫街で済ませてしまう。
 後腐れもないし、雪の正体を伏せている為に変な気遣いもない。

 ――こんなものか

 それが初めての経験の感想であった。何となく虚しさを感じながらも、周りの女とするよりは気が楽だった。
 女は菫街の者でいい――
 どうせ嫌でも斎藤家の娘と結婚をするのだ。
 雪は別に誰と結婚しても同じだと、そう思っていた。
 女というものに執着することなく成長した雪は、今度は年下の徳川家朝のお守りを秀樹とし始める。
 同じ権力を持つ御三家の一つ、徳川家朝は両親から愛情をたっぷり注がれて育った少年だった。
 外国の血が混じっているともは、少女のように愛らしい顔をしている。まだ幼いともは、同級生から虐めにあったり、変な男に犯されそうになったりと、雪と秀樹の気を休ませてくれない危なっかしい存在だった。
「目ぇ離したら、危なくて怖いわ」
 弟が出来た気になり、雪と秀樹はともが自立するまでありったけの時間を費やした。
 ともが十四歳になり、ようやく手のかからないまでに成長して、。
 雪は自分の時間がもてると思ったが、運命はそうさせてくれない。
 父が病気に伏して、次の覇王となるように言われたのだ。
 まだ先のことだと思っていた雪は戸惑う。
 気持ちがついていかないが、周りが放っておいてくれなかった。
 あっという間に噂になり、学園の者はみんなが知っていた。
 次世代の覇王になる雪に女が殺到したが、編入してきた蝶子が全て退けていた。
 蝶子は今までに見たことのない艶やかな女だった。美しい顔に自信が表れ、雪に臆することもない。
 色気があり麗しいかもしれないが、なぜか心惹かれる相手ではなかった。
 蝶子はすぐに妻面をして、ランチに混じってきたり小言を言ってきたり。
 本家に戻っても蝶子が訪ねて来て、つまらないお茶に付き合わされたり。雪は辟易して本家からしばらく出ると、幼少の頃から世話になっている義鷹の屋敷に向かう。
 義鷹は今川の跡取りらしくなり、昔の弱々しい面影はすっかりとなくなっていた。






 





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