河畔に咲く鮮花  

     

 

 
  
恋の誘惑と陰謀のマスカレード  秘めた恋/禁じられた夜A 佑樹編
 
佑樹はタキシードを着て、ネクタイを装着し上着のポケットにはハンカチではなく買ってきたばかりの山茶花を一輪差した。整髪料をつけた横髪を後ろに流し、香水を首筋と手首に軽くつける。店員に進められたまま買ってしまった濃厚なムスクの香りに包まれ、ベッドの上に置いてある銀のマスクを手に持った。
今日は前夜祭ということで、ダンスみたいな大掛かりなものはないようだ。その変わり、オペラ歌手を呼んで歌を鑑賞したり、オーケストラの生演奏を聴いたりするようだった。
本祭に比べると小規模にするようだが、覇者の位の者たちが集まるので佑樹は緊張に身体を固まらせる。伊達家でもパーティに出たことはあったが、いつも注目されるのは政春の方で、自分はいつも空気のように過ごしていた。それはそれでいいと思っていたけど、今日からは表立って蘭のホスト役に徹する。
上手くいくだろうかと不安になるが、顔を隠せる仮面があるだけましな気がした。取りあえず別邸にある敷地内の迎賓館へ向かわなければいけない。蘭と待ち合わせをしている時間が迫ってきた。
慌てて部屋を出て、迎賓館の方向へ駆け走る。複雑な形をした園路を抜け、何度目かの庭園を抜けた後に白亜の迎賓館が目に入った。
すでに客人が訪れているようで、迎賓館前の庭園を人が行き来している。入り口には精緻な模様を施した柱が左右対称に建っており、そこに蝶々の仮面をつけた女性が立っていた。
デコルテが大きく開いており、彼女の豊かな胸を押し上げているドレスは白をベースにしたもので、裾から下は幾重にもフリルがあしらわれている。まるで花嫁姿のようだと佑樹の胸はどきどきと高鳴り、彼女のもとへと駆けていった。
「お、お待たせしました」
 声をかけると、彼女が口元の端を吊り上げる。なんとなく彼女らしくない笑い方だと思ってしまい当惑していると、仮面がゆっくりと外され現れた顔を見て瞠目してしまう。
「ふふ、佑樹さんでも間違えるのですね」
 稲穂は悪戯めいた笑みを浮かべ、仮面を指先で弄んだ。佑樹は一瞬でも蘭と間違えてしまったことに深く反省し、彼女の顔をじっと見つめる。
「ほら、蘭さんはあちらですわ」
 稲穂が片手に持っていた扇子を優雅にひらめかせ、すっと右方向を差した。佑樹も思わずそちらの顔を向かせると、再び驚いてしまう。
「な、あ、あれは」
 蘭の姿は頭の先からつま先まで稲穂とそっくりだったのだ。違いがあるとすれば、稲穂の持っている仮面は銀に緋色の装飾で、蘭の持っている仮面は黒に瑠璃色の装飾がされているところだ。
「どう? こうすれば私達、双子といっても誰も疑わないわ」
 くすくすと笑う稲穂に視線を戻し、彼女が蘭と同じようにコーディネートしたのだと悟る。一体こんなことをしてどうするつもりだろう。戸惑っていると、稲穂が佑樹の腕を自然な仕草で取った。
「あの、俺、蘭さんと待ち合わせをしているんですが」
「大丈夫よ。蘭さんとはいちると一緒にいるようにお願いしたから。あの二人、結構仲がいいみたいで蘭さんも了承しましたわ」
「え……いや、でも」
 勝手にそんなことをされて、焦りが生じる。蘭に変なことを吹き込んだり、変なことをしたりしないだろうか心配になった。
「俺は家朝様から言われていますので、やはり蘭さんと一緒にいようと思います」
「そんなの心配しなくて大丈夫です。佑樹さんも、蘭さんと間違えたんですもの。今あなたといるのは蘭さんだって思うに違いありませんわ。家朝様だって分からないはずよ」
「そ、それって……」
 稲穂が蘭の真似をしているのは、家朝に勘違いさせるためのものだろうか。別邸にいても稲穂は家朝に会うことが出来ないでいる生殺し状態だ。この機会に蘭と入れ替わりを狙って家朝に近づくかもしれない。
「やっぱり、俺……」
 ここまでする稲穂が怖くなって、いち早く彼女から離れたくなった。けれど、稲穂がぐっと身を寄せてきて佑樹を強引に拘束する。
「もちろん、私といてくれればあなたにも素敵なプレゼントを用意しますよ」
「え……?」
 彼女の甘言に耳を貸してしまうと、そこからはあっと言う間だ。
「佑樹さんがイメージチェンジしたのは、蘭さんに見せたいからでしょ? このままではお義兄様に蘭さんを取られてしまいそうですものね。でも、私はあなたを応援しますわ。だから、悪いようにしませんから、ね?」
 佑樹の劇的な変わりようを稲穂にはあっさりと見抜かれたようだ。恥ずかしくなって顔を赤らめていると、遠くにいた蘭といちるがこちらに振り向く。いちるが手を挙げて軽く振ってくるのに対し、蘭はぺこりと軽くお辞儀をしてきた。
 そしていちると蘭は顔を見合わせて、和やかに笑いあう。それを見るといちると蘭は本当に仲が良いのだと分かり、不安が薄らいでいった。それに一度しか会っていないが、いちるは稲穂とは違って、まともな人だと思っている。
「ほら、そろそろ始まりますわ。中に入りましょ」
「え、ええ……」
 いちるなら蘭を任せても大丈夫だ、という思いが湧き上がり仕方なく稲穂と過ごすことにした。エントランスを抜け、音楽ホールへと足を運ぶ。
 観劇を鑑賞するような円形ホールになっており、ステージにはオーケストラの演奏者がチューニングをしていた。佑樹たちは家朝が取ってくれている二階の観覧席で観せていただくことになる。
 席はすでに満席となっていて、着飾った覇者たちが歓談をしながら今か今かと待っていた。席に座ってしばらくすると、ステージに正装した家朝が姿を現す。
 わっと観客席が湧いた後、彼が挨拶をし始めたら劇場はしんと静まり返った。流暢に挨拶を済ませた後で、家朝が観覧席に顔を上げて手を振ってくる。
「ああ、私に手を振ってくれましたわ」
 稲穂が興奮気味に身を乗り出し、目をきらきらと輝かせた。佑樹はそれを見ながら、呆れ気味に小さく溜息を吐き出す。ステージから遠いし、蘭か稲穂かまで見極めるのは難しいはずだ。家朝はただ予約した席に佑樹と蘭がいると思って、手を振ってきただけなのに。
 そんなこと今の稲穂に通じるとは思えず、余計なことは心の奥底に仕舞った。
 始まる前につい蘭の姿を探そうと客席を見回すが、この人数ではどこにいるか分からない。そうしている内に劇場のライトが落ちて、ステージ上だけスポットが差した。
 指揮者に合わせて盛大な音楽が奏でられる。音の波に溺れそうになり、そのあまりにも素晴らしき演奏に胸が打たれた。いつの間にか夢中になって聴き入っていると、次々と演奏が変わりあっという間に終わってしまう。その後のオペラ歌手の歌にも感激し、三時間もあった演奏はまたたく間に終演した。
 楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのだと余韻に浸っていると、大広間に食事の用意がしてあるのでそちらに移動して下さいとアナウンスが流れる。
「さぁ、行きましょう」
 稲穂はまだ佑樹を離してくれそうになく、今日はとことんつき合うことにした。
 大広間に入れば立食パーティになっているようで、先に来ている客人たちがワインを手にしながら歓談している。仮面をつけて、すでにマスカレードの夜を楽しんでいるようだった。佑樹もそれに倣い、仮面を装着し一流の食事をいただく。
「ワインを飲みましょう」
 稲穂がボーイが持ってきたワインの入ったグラスを二つ手に持ち、一つをこちらに渡してきた。
「いや、俺は、あまりワインは……」
 どちらかと言うと、シャンパンの方が飲みやすくてそちらがよかったのだが、強引に手渡された。仕方なく掲げると稲穂がグラスを合わせてきてチン、と耳障りの良い音が響く。
 口に含むと少しだけ渋い味が口腔内を満たし、その後は爽やかな甘味が鼻を抜けていった。思ったより飲みやすく、ワインに対する苦手意識が薄らいだ。
 また口に含むと、稲穂がすっと寄ってきて声を落とした。
「今、協力者に別邸の警護がどうなっているか確認させていますから」
「え……」
「まぁ、そんな驚いた声を出して。今日の目的を忘れたわけではないですよね?」
「いえ、覚えていますけど……」
 本音を言えば、先ほどの演奏が素晴らしくて失念していた。それでも稲穂に念を押されれば、そうだったと思い出す。
「そんなに心配しなくても、お義兄様はきちんと逃がすようにしますから。あなたは蘭さんを外に連れて行ってくださればいいんです」
「ええ……そうでしたね……」
「ふふ、納得行かないって感じですね。外にさえ出れば蘭さんは自由。お義兄様も解放されるのです。その後は、蘭さんのことを二人で話し合えばいいですわ」
 稲穂の言った言葉にふいにどす黒い感情が浮かんできた。あの義兄に限って話し合いで終わるはずがない。自分の言葉なんて聞かないで、蘭をやすやすと奪っていくだろう。
 そんな未来が簡単に想像出来て、唇を噛み締めた。
「大丈夫ですよ。私はあなたの味方なので」
「どうしてですか……?」
「あなたのお義兄様には嫌なことを言われたので。そのことが未だに忘れられないんです。私、意外に根深い人間なんですよ」
 政春がなにを言ったか分からないが、もともと物をはっきりと言う人だ。きっと稲穂のことを傷つけて恨みを買ってしまったのだろう。けれど、稲穂が自分の味方と言っても実質的になにも実を結んでいないし、手応えというものがない。それでも彼女に恨まれるよりはいいかと思い直した。
「ほら、もう一杯どうぞ」
 飲みやすくていつの間にかワイングラスを空っぽにしてしまう。
「で、では、いただきます」
 その後、おかわりをして合計四杯ほども飲んでしまった。ほろ酔いになったところ、稲穂に腕を引っ張られる。
「酔っている暇はありませんよ。夜はこれからなんですから」
 大広間を出て、稲穂は自分の家のように別邸の中を歩く。佑樹は彼女に引っ張られるまま廊下を何度か曲がり、ある部屋の前までやってきた。
「先に入っていてください。もし、空気に酔ってしまったら庭園の隅にある温室で休んだらいいですよ。はい、これを貸してあげますから」
 稲穂が差し出してきたのは金の鍵だった。佑樹はわけも分からずそれを受け取り、ポケットに突っ込む。それに空気に酔うとはどういうことだろうかと、聞き返そうとしたところ稲穂がドアノブを開く。
 途端にもわっとした白い煙が廊下に流れ出てきて、佑樹はその匂いに口元を塞いだ。
「あの、これはなんですか」
「ここはサロンです。佑樹さんって、覇者なのに大人の遊びに慣れていないんですね。そんなことでは、お義兄様に負けてしまいますよ。さぁ、後で行きますから入ってください。何事も経験ですよ」
 背中を押されドアを閉められる瞬間、稲穂の意味ありげな微笑みだけが佑樹の脳裏に残された。すぐにこのサロンを出たかったが、稲穂の言葉を思い起こし立ち止まる。大人の遊びに慣れていない、と言う言葉は佑樹に取って痛いところを突かれた気分だ。
 本来ならこういう場所から遠ざかるのだが、引き合いに政春のことを出されてしまうと、負けたくない思いに駆られる。甘いも酸いも知らなければ、政春に劣ってしまい蘭の相手に相応しくないと言われたように思えて。
 意を決してくるりと振り返ると、白い煙の中に男女がひしめきあって豪華なソファに腰掛けていた。テーブルの上には水タバコが置いてありそれを吸う人や、煙管で煙草を吸う人もいる。みんな、仮面を装着しているため表情が分からないが、なんとなく気だるそうな雰囲気だ。
 このサロンは煙草を嗜むための部屋なのかと、佑樹は取りあえず空いているスペースに腰を下ろす。煙草は吸わないのだが、これが稲穂のいう大人の遊びかと思えば拍子抜けしてしまった。稲穂が入って来たらすぐにでも出ようと思ったところ、隣に座っていた男性が煙管を渡してくる。
「いや、俺は……」
 吸えません、と断ろうとしたが強引に口に咥えこまされた。吸え、と手振りでジェスチャーされてこれも勉強だと思い、恐る恐る肺まで大きく吸い込んだ。
「ごほごほっ」
 むせてしまい、身を折りながら咳き込む。くすくすと忍び笑いがあちこちから漏れてきて、恥ずかしくなっていると、ふわっと身体が浮く。
 咳が収まったところ、この感覚の正体を知ろうとして再び吸ってみた。なんとか咳き込まずに済んだけど、先ほどの浮遊感が強くなる。一体どういう煙草なのだろうと、好奇に満たされ再び吸い込んだ。何度も繰り返していると、頭がぐわんぐわんと回る感覚になる。なぜか楽しい気分になり、知らず知らず自分の口から笑い声が漏れていた。
 身体がゆらゆらと揺れ、仮面越しの視界が歪んで見える。意味もなくおもしろくなって、そのまま身体を揺らしていたら隣の男性にぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさ……」
 謝ろうとした言葉が驚きによって消え去る。煙管を差し出してきた男性が、その隣に座っている女性とキスをしているのだ。見てはいけない気がして、視線を逸らすと他でも抱き合ってキスをしたり、胸を揉んだりしている男女が目に入る。
 一瞬理性が舞い戻り、自分の持つ煙管に目を向けた。この刻み煙草の葉っぱは、もしかして合法のものではないのかも。
 なんとなく怖くなっていたところ、こういう時にタイミング悪く稲穂が入ってきた。彼女は一瞬この煙に口元を押さえ、ドアの前で突っ立つ。
 佑樹は呼ぼうと立ち上がろうとしたが、くらりと目眩がしてソファに身を沈めた。そうしていると稲穂が誰かに腕を引っ張られ、男性二人に挟まれる形になる。
 そして強引に煙管を咥えさせられ、怪しい煙草を吸わされた。みるみる内に彼女の身体がふらつき、男性に肩を抱かれる。
「あ、稲穂さ……ん」
 止めようと思い再度身を起こすが、充満している煙だけでも脳がくらくらとしてしまう。それに煙の度合いが濃くになるにあたって、甘い匂いがたゆたいなぜか淫靡な気持ちになってきた。
 隣の女性が佑樹の首筋に吐息を吹きかけてきただけで、ぞくりと肌が粟立つ。そのまましなやかな手が首筋や胸板をなぞってくる。
「う、う……っ」
 全身が性感帯になった気がして、奇妙な感覚に飲まれてしまいそうになる。このまま身を任せたい衝動に駆られるが、ポケットに入っている鍵を思い出しなんとか気を持ち直した。
 ともかくここから離れようと決心し、ふらつく身体を起こして稲穂の方にたどり着く。
「一旦、ここから出ましょう」
 彼女に群がる男を振り払い、手を掴んで立ち上がらせた。そしてそのまま部屋を出ようとしたら、知らない男二人に阻まれて強引につなぎ部屋の方に連れて行かれる。
 部屋の真ん中にテーブルクロスのかかった大きなテーブルがあり、椅子に何人かの女性が仮面を装着して座っていた。この部屋は一層甘ったるい匂いに包まれ、それを吸うと頭がくらくらとしてきてふらりと身体が傾ぐ。
「パートナーの女性は椅子に座ってください」
 男が顎で差し、稲穂をテーブルにつかそうとする。佑樹はなんとか思考を巡らせ、男にこの部屋はなにをするのかを問いただした。
「ここで、なにをするのです?」
「ゲームですよ。ほら、ジェンガってあるでしょう。勝ち残った二人には豪華なプレゼントが用意されてます」
 テーブルの上には直方体のブロックで積み上げられたタワーがある。確か、タワーから片手で一つずつブロックを抜き取って最上段へ積み上げていくテーブルゲームだったはずだ。崩してしまった人が負ける、というものだった気がする。椅子が残り一席空いているのはゲームに参加する男女を探していたようで、それに自分たちが引っかかったということだ。
「お願いします、参加してください」
 男が媚を売るように懇願してくるので、ゲームぐらい大丈夫かという思いがこみあげてくる。鈍る脳で稲穂を見て、彼女の意思も聞いてみようと思ったところあることに気がつく。
 どこか違和感を覚えると思っていたら、彼女の仮面が黒に瑠璃色の装飾がされているということだ。確か、この仮面は稲穂ではなく蘭が装着していたような。
「あ、あの、もしかして、あなたは……」 
 心臓がどきどきと早くなり、彼女の正体を暴きたい衝動に駆られる。だけどここで仮面を剥がすなどマナーに反する気がしてそれが出来なかった。
「え……と、私も参加すれば……いいんですね」
「ええ、はい。ではおすわり下さい」
 それでも彼女がこの香りに酔いながらも、たどたどしく喋る声には聞き覚えがあった。男に連れられて、彼女は残りの椅子に座らされる。
 あの人は蘭さんだ。
 そう確信していたところ、男がこちらに戻ってきて今度は佑樹をテーブルへと連れていく。床まで垂れた白いテーブルクロスをそっと引き上げて、そこに入れと言うのだ。
 意味が分からず抵抗の意思を見せようとしたが、男は佑樹の背中をぐいぐいと無理やり押してくる。
「あなたが我慢出来たなら、豪華なプレゼントはあなた達のものですよ」
 男が意味深なことを囁き、佑樹をテーブルクロスの中に押し込む。佑樹が入った途端、テーブルクロスはばさりと閉められ、外に出さないようにされた。密閉ともいえる空間の中、なんとも言えぬ淫靡な香りに身を包まれる。ここは特に匂いが濃いようで、なんとなくだが嗅いだことがあるように思えて、跪いたままそっと振り返ってみた。
「――っ!」
 そこには女性の下に座りこむ男たちの姿があり、その奇妙な催しに息を呑んでしまった。その中でまだ誰も座り込んでいない女性の脚が見え、佑樹はごくりと喉を鳴らす。先ほど座らされた蘭の脚だと思い、胸が妙に騒ぎ始めた。
「では、始め!」
 テーブルの上では男の合図とともに、ゲームが開始されたようだ。取りあえず、男はテーブルの下からサポートするのだと思い、のろのろと蘭の脚へと這いつくばりながら向かう。
 彼女の脚の前にたどりついたが、どうしていいか分からず隣に視線を走らせると、信じられない光景が目の前に広がる。
 隣の男は座っている女性のドレスの裾を腿までたくし上げ、ふくろはぎに舌を這わせていた。佑樹は驚いて他の男の様子も見ようと振り返れば、靴を脱がせ親指を舐めている者や、すでに脚の間に顔を埋めて蜜口を指で弄っている者もいる。
 そんなことをしたら、テーブルの上でゲームをしている彼女たちは集中など出来ないだろう。だけど、ようやく先ほど佑樹を押し込めた男の言った意味が理解出来て、ぶるりと背筋を震わせた。
 あなたさえ我慢出来れば――。
 我慢出来れば、豪華なプレゼントが蘭と佑樹の二人に用意されている。そう、自分さえテーブルの下で余計なことをしなければ、蘭は優位に立つことが出来てゲームに勝てるはずだ。
 それでも。
 彼女の脚が目の前にあり、充満してくる香りを嗅げば思考は酩酊してくる。家朝に見せつけられ、情けなくもテーブルの下で勃たせていた自分を思い起こす。
 だけど今は家朝は側にいないし、誰も咎める人はいない。
 これが稲穂からのプレゼントなのだろうか。こんなことは駄目だと思いながらも、もう一人の自分が悪魔のように囁いてくる。
 このプレゼントをありがたく受け取ればいい、と。
 ゆっくりと彼女の下半身を見ながら、視線を靴に向けた。綺麗で彼女に似合っていると思いながらも、なぜか自然に足首に触れ靴を脱がしてしまった。
 一体なにをしているのだ。そう考えながらも、靴を脱がした彼女の脚を持ち上げて自分の口元へ持ってくる。少しだけ汗にむれたその香りが酔いを増長させ、頭の中がぐわんぐわんと鳴り響いた。あの煙草の葉っぱがかなり効いているようで、気持ちがいつもより大きくなっている。
「いいですよね……?」
 呟いても蘭に聞こえるはずがないのに、悪いことなどしていないとまるで自分に言い聞かせるようにして、つま先に口づける。ぴくりと、彼女の脚が動いたのを感じ取ってそれが自分の中ではもっとして欲しいと勝手に変換される。そうすると大胆な気分になっていつもと違った行動に出てしまう。親指や人差し指、指の間を舌で丁寧に舐め取って、気がついた時には彼女の指をびちょびちょにしていた。
 彼女からも拒否は見られないため、余計に気が大きくなり今度はドレスに覆われ隠れている下肢を覗きたくなる。
「ずっと、ずっと、想像していました」
 テーブルの下で誰にいうまでもなく呟きを落とすと、ドレスの裾をするすると持ち上げていった。太腿まで素肌が露わになると、白く滑らかな脚が目の前に現れる。
 ごくり、と唾を飲み込み壊れ物に触れるかの手つきでふくろはぎを撫でてみた。びく、と脚を震わせ、彼女が一瞬だけみじろぎする。拒否されたのかと思い、ふくろはぎを撫でる手を止めた。だけどその我慢もすぐに切れてしまい、そろそろとふくろはぎに手を伸ばし、今度は指先でつーっとなぞりあげた。先ほどよりびくびくと大きく震え、彼女が内腿を擦り合わせる。
「……嫌じゃないですか?」
 そう言ったとしても、彼女が答えてくれるはずもない。だけど、擦り合わせる内腿の奥、秘められた場所から甘やかな香りが漂ってきているのを知って、彼女も感じてくれているのだと悟った。
 もっと触れたい。もっと芳しい香りを嗅ぎたい。もっと彼女を感じたい。
 そう思うと、こんなところでは嫌だという気持ちがせり上がってくる。テーブルの下でこそこそと彼女を愛でるようでは、今までの自分と何ら変わりがない。
 変わる、と決めたのだ。
 いてもたってもいられなくなり佑樹はテーブルクロスから這い出すと、ゲーム進行中にも関わらず蘭のところまで歩いていく。司会が呆気に取られている中、蘭の腕を掴んで立ち上がらせた。かなり強引かも知れないが彼女を引っ張り、脳をおかしくさせる煙漂う部屋を出て行った。
「えっと、あの、お待ちください……」
 蘭が靴を履いていないのを思い出し、慌てて佑樹は振り返る。勢い良く振り返ったためにぐらりと視界が揺れた。あの煙は自分で思っているよりも、身体や脳の奥深くまで染み込んで思考を鈍らせているようだ。
 蘭も同じく立っているのもままならない様子で、身体を右に左とふらふらと揺らせている。どこかで休んだ方がいいと考えていた瞬間、稲穂から貰った金の鍵を思い出した。
「少しの間、我慢してください」
 ふらつく自分の身体に鞭を打ち、蘭を横抱きし温室へと向かう。
「あ、あの、私、歩けます……」
 上手く舌が回っていないようで、蘭がしどろもどろに訴えかけてくる。靴を脱がしてしまった責任を感じ、佑樹は彼女の訴えを無視して庭の奥へとふらつきながらも歩いて行った。
 歩けば歩くほど目眩が酷くなり、耳鳴りも大きくなってくる。
 それと同時に湧き上がるなんとも言えない淫靡な感覚に惑いが生じる。自分の腕に抱き上げている蘭の体重や肌の温もり、芳しい吐息の全てが佑樹の性的な興奮を駆り立てる。
 ようやく庭の奥に建つ鳥かごの形を模した温室を目の前にした。蘭を一旦その場に下ろし、ポケットから金の鍵を取り出し鍵穴に突っ込みねじってみる。
 かちり、と解錠する音が静かな夜に鳴り響いて、その途端にいけないことをしているような思いがこみ上げてきた。
 今ならまだ戻れる。ひやりとした風に頬を撫でられ、一瞬だけ理性が舞い戻る。こんなこと許されるはずがないし、もし今夜のことが家朝にバレてしまったとしたら。
 いつもの及び腰が戻ってきて、やはり思い改めようと蘭に振り返った瞬間――。
 仮面を外し、それを手に持ちながらこちらを見上げてくる彼女の顔を見た途端に視界の全てが奪われたような気がした。
 雲間からこぼれ落ちる月の光を受けて、彼女の髪がきらきらと美しく輝いて見える。非合法な葉っぱを吸わされ、酔ったような表情はいつものように朗らかではなく、しどけない艶やかさを滲ませていた。
 蘭の潤む瞳が仮面越しの自分の瞳と絡み合い、目が逸らせなくなる。
 ふらり、と傾ぐ彼女の身体を支えた瞬間、恐れなど吹っ飛び離れがたい衝動に胸を貫かれ、温室のドアを開いてしまった。
「この中で休みましょう」
 蘭の肩に腕を回しながら、中に入るとむせ返る花の香りが一層佑樹の脳をおかしくさせていく。中はどうやら植物園のようになっているようで、湿度を伴った熱気が肌に纏りついてきて、今すぐにでも服を脱ぎたくなるがそんなこと出来ずに我慢する。
 用水路を流れる水の音を聞きながら、ちょうど真ん中辺りに設置されているテーブルとカウチソファを見つけ、そこに腰を降ろした。
「あ、あの、喉が……」
 ぐったりとソファに身を沈ませた蘭が、苦しそうにそれだけを呟いた。
喉が渇いたのだろうと察して、辺りを見回してみるが水は置いていない。一度取りに出ようとしたが、テーブルの上にフルーツを盛った籠が目に入りその一つを手に取ってみた。
 匂いも手で触れた感じも作り物でなく本物のようだ。あまり詳しくはないが、このフルーツはライチという名のものだったと思う。
「こ、これをどうぞ……」
 はしたなさを無視して、ライチごと彼女の唇にもって行くと口を開けてくれて佑樹の指先ごと飲み込まれていった。指先に蘭の熱く粘ついた舌がねっとりと絡んできて、鼓動が跳ね上がる。引き抜いて自分の濡れた指先を見つめれば、きらきらと透明な液がいやらしく纏わりついていた。
「――っ……」
 脳がじんと痺れて、その指先を舐めあげたい衝動に駆られていると視界の隅で彼女の口からライチが半分ほど出てくる。
 どうしたのかと視線をそちらに向けると、ずるり、と皮を唇だけで捲りあげて実だけを器用にも食べ上げた。皮がぽたりと落ちていく様を見ながら、いやらしい想像が脳の中を駆け巡っていった。
 その愛らしい唇で張り詰めている己の皮を捲り上げ、姿を現した亀頭を舌で転がして欲しい。くちゃくちゃと美味しそうにライチの実を舌で舐め回すように、自分のモノから溢れ出る蜜を喉の奥に流し込んで欲しい。
「う……んぅ……」
 官能めいた妖しい声を上げながら、蘭がライチをごくりと飲み込んだと同時に唇から瑞々しい果汁が滴り落ちる。微睡みを帯びた焦点の合わない彼女の瞳がちらりとこちらに向いた瞬間、細い糸で繋がっていた理性が焼き切れた。
「ぬ、拭って差し上げます」
 彼女のためのように言いながら、自分の欲望を昇華させようとして指先をそっと唇に触れさせる。びく、と彼女が肩を震わせるが拒絶する気配がないので口の端から端をゆっくりと拭ってみた。
 ふっくらと弾力のある唇は触り心地が良くてずっと触れていたくなる。顔を近づけて彼女を間近に見つめると、あまりの神々しさに触れていた指を引っ込めてしまう。自分のようなものが触れてもいいのか、そんな気になり手を宙で止めてしまった。
「あの……親切にありがとうございます……」
 ぼうっとしながらも、唇を拭ってくれた佑樹にお礼を言ってくる彼女を見ると胸が痛んだ。思考が鈍り、佑樹のことが誰だか分かっていないようだ。仮面を外して名乗りをあげようとしたが、そんな度胸がなく仮面に伸ばしかけた手を下ろす。
 ライチを食べて喉が潤ったのか、蘭はカウチソファに深く沈むとだらりと手足を放り出した。あまりに無防備な姿に、どくんどくんと脈拍が早まっていくのを感じる。
――仮面を被れば、いつもと違う自分になれるし、変わることもできる。 
 ふと義鷹の言葉が脳の中をよぎり、佑樹は仮面を装着したままぐったりと横たわる蘭を見つめた。
 自分が佑樹だと知られていないなら、今この時だけでも。
 たった一夜だけでも変われるというのならば、彼女に相応しく頼もしい男として接したい。
「一夜、今宵一夜だけでも……」
 魔法の呪文をかけるように囁きを落とし、身を乗り出して蘭に覆い被さる。口の端から顎にかけて果汁の蜜が筋を残しているのを見て、そろりと舌を伸ばした。とろりと甘い蜜が舌先に乗り、そのまま拭いあげると肉感的な唇に自分の唇を触れ合わせる。
 表面を合わせているだけの拙い口づけではあるが、それは十分に胸を震わせる甘やかな感触であった。
 唇を離してはその感触を求めるように、何度も口づけを繰り返していく。興奮と感動のあまり鼓動が早まり、顔が上気していくのが分かった。
 もっとゆっくりと時間をかけたいのに、興奮は尽きることなくそれ以上の欲望を追い求めてしまう。堪えきれなくなってうっすらと開く花のような愛らしい唇に舌をねじ込ませ、彼女の口腔内をねぶり上げる。
「んぅ……ん」
 苦しそうに声を上げて身をよじる彼女を追いかけて、舌を絡め取った。そうすると酔ったような感覚が一層深まっていき、彼女の舌を夢中になってむしゃぶり尽くす。技術もなにもない辿々しいキスで申し訳ないと思う反面、その甘美な感覚に溺れそうになる。
 まだ離れがたい欲求をなんとか押さえ込み、今度は滑らかな首筋に唇を落とした。汗の一粒さえも逃さないように、舌を滑らせては首筋や喉元を舐めあげる。
「あ……んぅ……」
 蘭が白い喉を仰け反らせ、小さな呻きを漏らした。その可愛らしい声に興奮してしまい、鎖骨の窪みに舌を這わす。与え続ける愛撫によって彼女の身体の温度が上昇し、全体的に熱を帯びてきた。
「蘭さん……こんなこと、夢みたいです……」
 ずっと見ているだけしか出来なかった彼女が、今は自分の手の中で花開いていく。触れればその箇所が呼応していくように綻んでいくのを見ると、感動でひどく胸が締めつけられた。
 明かり採りの天窓から風が吹き込んでくると、彼女のドレスの裾をひらりと翻させ、白く滑らかな太腿が露わになる。だらりと開いた腿の間から花と相まって、なんとも言えぬ淫靡な香りが鼻孔を刺激した。
「ああ、蘭さん」
 デコルテに舌を這わせながら、肩口に申し訳程度にかかっている襟をするりと脱がす。身体のラインを崩さぬよう締めつけているコルセットの背中に手を回し、ホックを一つ一つ丁寧に外していった。一番下までたどり着き、興奮で震える指先で留め具を外す。圧を失ったコルセットが浮き上がって、それをゆっくりと取り外した。
「ああ……」
 差し込む月の光が彼女の色白の身体をなまめかしく浮き上がらせ、その美しさに感嘆の声を漏らしてしまう。魅入るあまりコルセットを手からぽとりと落として、ただただ蘭を見つめることしか出来なかった。
 肌が外気に触れたのに気がついたのか、蘭の伏せたまつ毛がふるりと震え、ゆっくりと目を開ける。彼女と視線が交わった瞬間、金縛りが解けたように自分の身体が動いていた。
 露わになった彼女の胸に指を這わせ、感触を確かめるように柔く揉んだ。
「……んぁっ……」
 びくりと震えながら小さな呻きを漏らし、彼女が身じろぎする。その艶やかな声に興奮を煽り立てられ、両方の乳房を下から掬いあげるように揉みしだいた。手の中でぷるぷると揺らすと、その刺激で胸の先端が尖りを帯びてくる。
 それを見ていたら吸い寄せられるように、唇を落としていた。神聖なものを愛でるように啄みながら軽いキスを繰り返す。柔らかい感触を唇で愉しんでいたら、徐々にしこってきて赤く艶めきだした。
「綺麗です……」
 ぽつりと囁きを落としながら、誘うように震える胸の先端を舌で舐めあげる。こりこりとした感触を舌先で確かめ、何度も転がしてみた。
「んぅ……」
 身じろぐ彼女の瞳が潤みを帯び、一層扇情的な表情になる。今自分が蘭を掻き乱しているのだと思えば、ぞくりと腰が震えた。
 もっと乱したい。
 情欲に駆られ胸の蕾に吸い付くと、舌先でれろりと転がす。想像を遥かに超える興奮に酩酊に、我も忘れてむしゃぶった。
「あっ……んぅ……やっ……」
 その激しさに肩を跳ねさせ、蘭が脆弱な力で押し返してくる。華奢な手首を捉えると、そのまま彼女の頭の上に持っていき、身動きできないように固定した。自分の中にこんな大胆で強引な部分があるとは思わず、驚きを隠せない。
 きっと仮面を装着し、顔が見えないから出来るのだろう。そう、これは今宵一夜の夢。
 このいっときだけは、誰にでもなれる。
「駄目、ですよ。抵抗しないでくださいね。そうすればもっと素敵な夢が見れます」
 怯えさせないように優しく諭すように語りかけ、唾液で濡れそぼった彼女の胸の蕾を静かに見下ろす。すっかり勃ち上がった頂きに再度興奮の熱が灯り、そこに舌を這わした。
「……んっ、美味しいですよ」
 唇に挟んでこりこりと転がし、片方の手では形が変わるほど揉みしだく。びくん、びくんと肢体を震わせながら、彼女の瞳が官能の熱に塗り替えられていく。だらけきった唇も開き、そこから赤い舌が覗いている様がなんとも言えぬほど淫靡だった。
「蘭さん……」
 熱情をぶつけるように胸の頂きを指で扱き、舌では尖りきった赤い蕾を舌で執拗にねぶり尽くす。ちゅうっと吸い上げて舌を離すと、粘りを帯びた透明な糸が彼女の胸の先端と自分の唇の間に引かれた。
 それが月の光に反射し、きらきらと艶めきを帯びる。妖しく濃艶な空間に胸を震わせ、もう一度彼女の唇にキスを落とした。
 ああ、なんて柔らかいのだろう。
 キスが、触れ合うのが、こんなに素敵なものだと思わなかった。ずっと、ずっとこうしたかった。彼女から顔を離し、頬に張り付く髪を優しく振り払う。
 素晴らしく幸せなのに、彼女の顔を見ているとなぜかそれとは反して泣きたい衝動に駆られた。
 その感覚の正体が掴めず、胸の中に湧き上がるわだかまりを無理やり排除して片手をするりと滑らかな太腿に落とす。捲れあがったドレスの裾の中に手を入れて、恐る恐る下肢に指を這わした。
「あっ……」
 下着をしとどに濡らす感触に思わず声を漏らしてしまう。勘違いではないかと引っ込めた手を腿の間に潜らせ、もう一度秘所をなぞると、ねちゃりと粘りを帯びたいやらしい水音が響いた。
「か、感じてくれていたんですね」
 興奮で上擦る声をなんとか押さえながら、指で秘裂の間を擦るように何度もなぞりあげた。下着まで染み込む粘液に欲情すれば、自分の下肢が痛いほど隆起してくるのが分かる。
「ああ、蘭さん……少し失礼します」
 ズボンで押さえつけられ、苦しいほどに血の脈動が集中している己を解放したくなった。ベルトを緩め下着と共に一気にズボンを引き下ろし、起ち上がる肉棒をあられもなく彼女の前で晒す。恥ずかしながら鈴口には粘りを帯びた液が溜まっており、それは今にも零れ落ちそうなほどで、自分では気づかぬほど興奮しているのが分かった。
 少し手で擦るだけでもびくん、と腰が震えてすぐにでも放出したい衝動に駆られる。
 きっと長く持たない。
 一度出したい気持ちになるが、ここまで来て自分で欲望を吐き出すのは勿体ない気がした。どうしたものかと考えていると、ふと彼女の唇に目がいく。
 赤く熟れた唇に淫らな欲情が掻き立てられ、いつもの自分では考えられないほど大胆で淫猥なことを思いついた。
「ご、ごめんなさい。あまりきつくしませんから」
 ソファに寝そべっている蘭の顔に自分の下半身を持っていき、自分の顔を彼女の下半身に持っていくように上から覆い被さる。
「こうすれば、お互いの器官を舐め合うことが出来ていいですよね」
 なんていやらしい体勢なのだろう。胸をどきどきと高鳴らせ、彼女の下半身に顔を近づけ染みの出来た下着の香りを思い切り吸い込んだ。花のような、それでいて熟れた果実のような中に女の悩ましいエロティシズムな芳香に心乱される。
 香る元を早く目にしたくて、ゆるゆると下着を引き下ろし足首から取り外した。片足を持ち上げて艶めく秘密の場所を見た途端、どくんと心臓が跳ね上がる。
「触れてみていいですか……?」
 こんなことを言っても、催淫効果のある煙草を吸った蘭にはまともに答えることは出来ないだろう。蘭が答える変わりに熱い吐息を吐き出し、それが彼女の顔にあたりそうになっている肉棒にかかり、思わず腰を引いた。
 少し腰を引いた体勢で蘭の濡れそぼった秘所に恐る恐る手を伸ばす。ぴたりと閉じた花弁を指の腹で割り拡げ、その後くにくにと形が変わるほど摘んでみた。柔らかい感触に感動し、いつまでも弄っていたくなる。それでもそこばかりとはいかず、次に気になる肉芽に目をやり、指先でつんつんと突いてみた。
「ふっ……ん」
 彼女がのけぞると同時に悩ましい吐息が己の下半身に吹きかかる。腰をびくんびくんと情けなくも震わせながら、今度は肉芽に指を添えて擦るように上下に揺さぶってみた。
「あっ、んぅ……」 
 先ほどより蘭が大袈裟に肢体を揺らめかせ、熱い息を漏らす。やはりここが気持ちいいのだと分かり、捏ね回すように肉芽を転がせた。丁寧にゆっくりと肉芽を集中的に責めていると徐々に包皮の間から艶めく赤い珠が顔を覗かせる。
「こ、興奮してくれているんですね。俺の技術でも」
 イカせてみたい……。自分の手で彼女を絶頂に導き、支配したくなる。これが男の性で本能というものなのだろうか。今なら何でも出来そうな気になり、興奮で勃ち上がった肉芽に顔を近づけちゅくっと吸いついてみた。
「ふっ……ああっ……」
 蘭の腰が震え、白い腿をびくびくとわななかせた。唇で軽く食んでこりこりとしこった肉芽を扱きあげる。彼女の蜜口から熱い滴りが溢れ出し、そのなんとも言えぬ芳香に脳の芯がびりびりと痺れた。
 そろりと指を伸ばし、溢れる蜜をくちゅっと軽く掻き混ぜる。これを顔に塗りたくられた日のことを思い出すと、ぞくりと背筋が震えた。濡れた指先を口に持っていき、ぺろりと舐めあげると、一層肉棒が興奮で勃ち上がる。
 指を蜜口に差し込み、ぬるりとした肉襞の粘膜をなぞるように掻き回した。そこから段々と奥深く指を潜り込ませる。中の形を確かめるように浅く、深く指を抽送しながら彼女との睦み合いの世界に溺れていたところ――。
「……ここ、苦しいの……?」
 ぽつりと吐き出された声に一瞬だが我に返り、動きを止めてしまった。蘭が何に対してそう言ったのか聞き返そうとしたところ、可愛く小さな舌が鈴口に溜まる液に這わされる。
「あっ、うっ……蘭……さん……」
 たったそれだけの行為に激しく動揺し、腰がびくんと大きく揺れた。
「苦しいんだよね……」
 酔ったような、どこか呂律の回っていない虚ろな声が聞こえてくる。どう返したらいいか分からず言葉を詰まらせていると、猫がミルクを飲むようにぺろぺろと鈴口を舐め回してきた。
「うっ、くっ……」
 腰に甘い電流が流れ、思考が軽く飛びそうになる。
「あ、蘭さん、その……」
 確かにお互いの器官を愛撫するためにその体勢を取ったのだが、想像以上に気持ちよすぎて当惑してしまう。このままでは蘭より先に達してしまいそうな気がして、体勢を変えた方がいいのかと考えていたところ。
「ああっ、くっ……」
 蘭の舌が器用にも亀頭を覆う皮をずるりと剥いた時、頭の中が真っ白になった。そのまま熱く粘ついた舌が剥き出しになった亀頭をぺろぺろと美味しそうに舐めてくる。
「ああ……」
 感嘆めいた声をこぼし、ぶるぶると震える腰を何とか引こうとした。それでもその甘美な官能に飲まれたい衝動に負け、されるがままになる。
 蘭の唇がぬぷりと亀頭を捉え、そのまま肉棒を彼女の喉の奥まで飲み込まれた。
「ひぅ……ああ」
 浅く、深く肉棒を扱くように口淫されればたちまち下肢から甘いさざめきが湧き上がる。
 快楽に飲み込まれないように何とか自制心を持ち、こちらも蘭を気持ちよくさせようと再び指を蜜口に沈めた。一本だけだったのを二本へと数を増やし、ぐちゅぐちゅと音を立てながら肉壁を擦り上げる。
 余った指で赤く艶めく肉芽をゆるやかに捏ね回すと、彼女の口淫が激しいものになる。蘭も興奮し気持ちいいのだ、と思うと何だか心が繋がっているような錯覚にとらわれた。
 自分は蘭を受け入れ、蘭も自分を受け入れてくれている。
「ああ、蘭さん……」
 陶酔し、彼女の愛を感じながらお互いを愛撫し、官能を高めていく。夢中になり、彼女を責め立てていると、興奮が増してそろそろ限界を迎えそうになった。
「蘭さん……蘭さん……好きです……」
 今なら思いの丈を受け入れてくれそうな気がして、ぽろりと胸の内をこぼしてしまう。そうすると、彼女が口淫を止めて囁いてきた。
「私も……」
「えっ?」
 そう返された言葉に心臓がうるさいほど騒ぎ立て、感動のあまり胸を震わせる。
「ほ、本当ですか? お、俺も蘭さんのこと好きです。本気なんです」
 気持ちが高揚し、なにもかもを手にした気分になり上擦った声で返してみた。
 それなのに――。
「うん……私も……ゆ……き……」
 消え入るようにこぼされた呟きに冷水を浴びせられたような衝撃を受ける。今まで昂ぶっていた体温は一気に下がり、夢から覚めた心地になった。
「え?」
 今なんて言ったのだろう。祐樹ともゆきとも取れるし、もしかしたら違った名前を呟いたのかもしれない。いや、そう聞こえたのであって本当は聞き違いかもしれない。そう思い込もうとするが、一度湧き上がる疑念は心の中に黒い染みを落とし、じわじわと侵食するように広がっていく。
 家朝とは偽りの恋。
『蘭には本気で愛した男がいます』
 義鷹の残していった言葉が今、発動した呪いのように自分の中で大きくなりつつある。考えてはいけないと思うほどに、思考はどんどんと深みに囚われていく。
「あっ……くっ……」
 動揺している自分の肉棒が再度蘭の口に含まれる。気持ちとは反して、そこは唇で扱かれるたび悦びにわなないた。
「ま、待って……蘭……さん」
 そう言っても蘭の口淫は止まることなく、必死で肉棒を咥え込み美味しそうに啜り上げる。口一杯に頬張り、深く激しくぐちゅぐちゅと音を立てて絶頂へと導こうとしてきた。
 彼女は自分でない誰かのために、こうして口淫してくれているのだろうか。
 その男と勘違いされている、そう思うと激しい目眩に駆られる。
 それでも、彼女が舌で愛撫してくれると、下半身から突き上げてくる衝動に襲われた。
「お願いです、待って……っ」
 このままでは駄目なのに。そう思っていても舌で舐め上げられ、激しく吸われると腰がぶるりと震え、吐き出したい衝動に見舞われる。
 甘美なのに、苦しい。
 幸せなのに、泣きたい。
 相反する想いの中、心と身体がばらばらに引き裂かれそうだった。ふいに先ほど頭の中を掠めた違和感の正体を知る。
 心の深くに押し込めた気持ちが浮上してきて、ある想いが胸の中を占めてきた。
 彼女を手に入れた気になって、勝手に思い上がり幸せに浸っていた憐れな男――。
 そう思いたくなかったのに。
「ああっ……くっ」
 沈む心とは裏腹に身体は悦びにわななき、彼女の唇と舌の感触に陶酔しながらも。
「蘭さんっ……イキま……すっ……」
 一層深く喉の奥に咥え込まれた瞬間、絶頂を迎え精を吐き出すと同時に泣きたい衝動に駆られた。
「うっ……ああっ」
 そう、どうしてこんな気持ちになるのか――それが分かった。
 彼女の口の中に吐精しながら、蘭の心は自分のものにならないことに気づいて悲しみに暮れる。
 最後の一滴まで吐き出した途端、偽りの夢から覚める時がきたことを知った。偽物でも、虚構でも、幻でも、いつまでも幸せに酔いしれていたかった。
 だけど、全ては夢。
 今宵一夜の夢――。
 初めからそうだと分かっていたのに、彼女と心が繋がった気がして独りよがりに気持ちをぶつけていた。
 ゆっくりと口から肉棒を引き抜き、すっかり落ち着いたモノをズボンにしまい込む。出来れば蘭を高みに昇らせたかった。それでも、空虚感が胸を締めつけそういう行為が出来ずにいる。彼女の下着を元通りにして、乱れた髪や服を整えてあげる。
 自分の顔に手を当ててゆっくりと仮面を外した瞬間、完全に現実の世界へと戻ってきた気がした。もう、自分は何者でもない。臆病で内気な伊達佑樹に戻ってしまった。
 眠りについた蘭の頬をそっと撫でながら、ふとテーブルの上に置きっぱなしの花に目をやる。
淡いピンク色の花弁を咲かせた一輪の可憐な花。
「秘密の恋……か」
偶然にもそのような花言葉がある花を選んでしまい、自嘲の笑みを浮かべた。
それは今の自分にぴったりと当てはまっている。
だけど、それでいい。
彼女が違う誰かに想いを馳せていたとしても、それでも彼女のことを想う気持ちだけは確かにここにある。
「この気持ちは胸の中に閉まっておきます。だから、もう一度だけ告白を――」
 蘭の細い手を取り、うやうやしい仕草でそっと唇を落とした。
「あなたのことが好きです」
 深い眠りに落ちている蘭を見ながら、もう一度だけ自分の中に巣食う秘めたる想いを言い放つ。そしてテーブルの上から山茶花を取ると、彼女の露わになった耳にそっと願いを込めるように挿した。
 いつか、この気持ちを伝える時が来られたらいいと――そう願って。













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