河畔に咲く鮮花  

     

 狂う日常C佑樹編

 
  
 
 ああ、俺は一体ここでなにをしているのだろう――。
 花咲く庭園で久しぶりのアフタヌーンティーのお誘いを受けた佑樹だが、この間の稲穂の言葉が忘れられずぼんやりと蘭を見る。
 今日は家朝も同席していて、先ほどから他愛もない話をしながらティーの相手をしていた。蘭のことを見るたび、義兄の政春の顔が思い浮かんでしまい密かに溜息を落とす。
 まさか政春が蘭に恋焦がれているなんて、どこから出た情報なのだろうか。小さい頃は政春と一緒に過ごしていたがあるいっときから、離れるようになった。そこから佑樹は義兄と顔を合わすことはほとんどなかった。たまにある伊達家主催のパーティや、会合などで会うことはあったけれど、佑樹とはなにもかもが正反対すぎて、彼を義兄と言えど畏怖していた記憶がある。
 彼が裏でなにをしていたかも知らないし、交友関係も真田家の唯直しか仲が良いぐらいの情報しかない。
 こんなことなら政春と同じ学校に通っておけば色々と知れたかもしれなかったが、母が嫌がっていたのでそれは無理だったと思い直す。
 下虜である蘭は一体どこで政春と出会ったのだろう。いや、そもそも稲穂の話が本当であるかも疑い深いものであるし、第一政春が生きているのも怪しかった。
「佑樹さんのお店って女性に人気なんですって」
「ああ、うん。僕も情報でしかないけど噂は聞いているよ」
「いいなぁ。佑樹さんがこちらに滞在している間に行ってみたかったな」
 蘭が盛大な溜息を吐き出すのを見て、佑樹は現実へと戻ってくる。
「で、では、今度行きますか? 俺でよければ案内しますよ」
 彼女が行きたがっているのなら、是非店に連れて行きたいと思った。良かれと思って提案してみると、蘭の顔がみるみる曇っていく。
「気持ちは嬉しいんだけどね。この間、暴漢に襲われたばかりなんだ。だから、しばらく蘭は外出禁止にしている。でも、僕が一緒に行ける日であればお誘いは嬉しいよ」
 蘭ではなく家朝がやんわりと断りをいれてきて、彼女があからさまに落ち込んだ。なんとなく家朝は行かせる気がないのではと思ってしまい、義鷹の言っていた「囚われの蝶」という言葉が脳裏を掠めていく。
「ぼ、暴漢ですか? 大丈夫だったんですか?」
 とりあえず空気を変えようとして、何気なしに話を持っていく。本当は外に出られないのでは? と蘭に聞いてみたかったけど家朝がいるので聞けなかった。
「え、ええ。その変わりにとも君が怪我をしちゃって……」
 蘭が言いづらそうに細々とした声を漏らし、しょぼんと気落ちする。その頭を気遣うように家朝が優しく撫でて「大丈夫だよ」と声をかけた。
「でも、怪我は完治していないし」
「そんなの気にしなくていいよ。傷は浅かったし、痕も薄くなってきたからね。だけど、これで分かったでしょ? 蘭は外に出たら危ないんだ」
 有無を言わさない強い響きに、先ほどから聞いていた佑樹の胸になにかもやっとしたものが湧き起こる。外出する時には警護がいるはずなのに、どうしてそんな目に遭ったのだろうか。だけどなんとなく聞いてはいけない気がして、佑樹は黙って紅茶を口に含んだ。
「そんなに気落ちしないで、蘭。いつかは外に出られるよ。ほら、特製蜂蜜を入れてあげるから、元気出して」
 ともはにこやかに微笑んでいるけれど、蘭の顔が強張った気がした。それと同時に佑樹も緊張に身体を固まらせる。
 蘭はこの蜂蜜があまり好きではないと佑樹にこっそりと打ち明けてくれた。それでも家朝は彼女の拒絶を聞き入れないといったように、紅茶にたっぷりと蜂蜜を注いでスプーンで掻き混ぜる。
「え、えっと、俺もその蜂蜜をいれてみたいです」
 このぐらいしか助け舟を出すことが出来ず、思い切って言ってみた。ともの手がぴたりと止まり、こちらにゆっくりと振り返る。見たこともない凍りつくような青い瞳に、その場の温度が数度下がった気がした。
「ああ、ごめんね。これは蘭専用なんだ」
 ともはすぐさま冷たい雰囲気を潜ませて、にこやかな笑みを浮かべる。それは鉄壁の笑顔で拒絶するような、そんな笑みだった。
「ら、蘭さん専用ですか……?」
「うん。蘭はね、ちょっとした偏頭痛持ちなんだよ。今はよくなっているけど、いつ発症するか分からないから、その予防に作らせたのがこの蜂蜜なんだ」
 まるで以前から用意したようにすらすらと饒舌なほど紡がれる。
「え、そうだったの?」
「ごめんね、蘭。ほら、以前の薬は強烈な眠りを誘引するものだったから。こっちに変えたんだよ」
「私、全然知らなかった。気を遣ってくれてありがとう、とも君」
「ううん、こんなのお安いごようだよ」
 そのやり取りを見た佑樹の中にあらたな疑念が湧き上がる。やはり家朝は嘘をついているように見えた。佑樹は気弱な性格だから、周りの目を気にするあまりなんとなく人の感情や気持ちに敏感だ。一瞬見せた家朝の仄暗い瞳がどうしても脳裏に焼き付いている。
 彼は嘘をついている? でも、なんのために……。
「じゃあ、いただくね」
 それでも蘭はあまりにも純粋すぎるのか、怪しい蜂蜜の入った紅茶を飲んでしまった。佑樹は止めることが叶わず、心配しながら彼女を見つめる。
「もしかして美味しくないのかな? あまり、蘭が乗り気に見えないから」
「え? ううん、そんなことないよ。甘くて濃密でとても美味しいと思う。もしかして、私がこの蜂蜜のこと苦手なのを知っていたの?」
「まぁね。蘭のことならすぐに分かるよ。蘭って、顔に出やすいからね」
「そ、そうだったんだ……バレていたなんて恥ずかしいな。あ、でも、今は好きだよ。私の頭痛のことを考えてくれていたんだもんね」
「そういってくれて良かったよ」 
 家朝はほっと息をついて、大袈裟な仕草で胸を撫で下ろす。佑樹はそれを見ながら、温くなった紅茶を飲んで二人の様子を窺った。こうして見ていると、仲睦まじくて誰もが羨むようなお似合いの二人だ。家朝は本当に蘭のことが大好きで、彼女には無償の愛を注いでいるようにも見える。こうして家朝の隣で座っている蘭と、奇妙なことばかり言っている稲穂とを比べてしまうと、相手にならないような気がした。
 彼女が下虜であっても構わないような、そう思わせるほど二人は幸せな空気に包まれている。
 彼女が幸せであるなら、いいかも……。
 そのような考えが思い浮かび、再度紅茶をぐびり、ぐびり、と喉に流し込んだ。こうしてよくしてくれている家朝の方についていた方が楽だし、ぐちゃぐちゃと変なことを考えなくていい。それはどこかで面倒事を嫌う自分の悪いところが出たというのもあるけれど。
 やはり義鷹と稲穂には協力出来ないと決意を固めようとしたところ、家朝の携帯電話が鳴り響きハッと現実に意識が舞い戻った。
「ごめん、少し席を外すね。すぐに戻ってくるから」
 家朝が椅子から立ち上がり携帯電話を耳に充てながら、庭を出て行く。その後ろ姿を見送り、蘭に視線を戻すとそれは唐突に起きた。
「え、ら、蘭さん?」
 蘭の目はとろんと蕩けるようになり、焦点が合っておらずどこか虚ろな感じになっている。それだけでなく、頬を赤く染めていて白い額には薄っすらと汗が滲んでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
 そう声をかけても軸がしっかりとしておらず、ゆらゆらと身体を揺らしている。こっちに向いてもらおうと彼女の目の前で手を振ってみた。蘭はそれに気づきゆるりとこちらに振り返ると、喘ぐように唇を薄く開く。
「今日も暑いですね」
 どこか熱に浮かされているような口調でそう言うと、ばたばたと片手で顔を扇ぎ始めた。佑樹は空に目を転じ厚い雲に覆われている太陽を見つめてみる。確かに湿度は高いかもしれないけれど、急激な暑さを感じるほどでもない。
「で、では、パラソルをもう少し傾けますね」
 佑樹は白く上品なパラソルを大きく傾けて蘭を日光から遮るよう隠した。そうすることで少しはましになるかと思っていたのに、彼女はフリルがあしらわれているブラウスのボタンをぷちぷちと外す。
「ら、蘭さん、あの、それはやめた方が……」
 触るわけにもいかず、身振り手振りで止めようとしたけれど全く意味を成さなかった。ボタンを全て外すと風によってブラウスが左右になびき、彼女の素肌が露わになる。
「蘭さん!?」
 花柄をあしらったブラが彼女の豊かな胸を押し上げて、その滑らかな肌に浮かぶ汗の珠を見てしまうとぞくりと腰が震えた。見てはいけないと思いつつも、白い肌に吸い込まれるように凝視してしまう。
「ら、蘭さん、ああ……」
 ブラに押し上げられた柔肉に舌を這わせ、汗を舐めあげてその味を堪能したい。むくむくと湧き上がる情欲と共に、全身に流れる血脈の全てが下半身に集中していくのを感じ取った。張り詰めていく下肢をテーブルの下で押さえながらも、視線はしっかりと彼女を舐めるように見つめる。
 時折、暑苦しそうに艶めいた吐息を漏らすのを聞くだけでどうしようもない衝動に見舞われた。だけど、こんなところを家朝に見られてしまうとどのような誤解を招くことか。
 家朝を思い出すと理性が舞い戻り、それと同時にうすら寒い感情が胸の中を駆け走っていく。
 蜂蜜……。やっぱり、あの蜂蜜がおかしいんじゃないのか……?
『思考を鈍らせ、その一方では媚薬の効果があるんですの』
 稲穂が言った言葉が電流のように全身に走り抜けていった。にわかに信じられないことだったが、この様子を見ると稲穂たちの言葉の方が真実に思える。
 やはりわざと家朝が彼女の思考を鈍らせ、媚薬を混ぜているのだろうか。それが彼女に考えさせることをやめさせ、媚薬で熱くなった身体を支配しようとする征服からきているとしたら……。
 分からない。そこまでする必要があるのか分からない。
 だって目の前で見ていた二人は支配、支配されるような関係ではなく仲睦まじく笑い合っている幸せの象徴そのものだったから。
 だけど家朝が先ほど見せた冷たく仄暗い瞳を思い出すと、ふいに疑念が湧いてくる。
 この愛がもし偽りだったとしたら?
 確信はないし、家朝の目的は定かではないけれど、なんとなくこんなやり方は違う気がした。自分がこんなことを言う立場ではないのは分かっている。それでも、目の前の蘭を見ていると悲しくもあり、同時に彼女にこんなことをさせている相手に怒りさえ感じる。
「ら、蘭さん、失礼します!」
 欲望より理性が勝って、なるべく見ないようにしながら彼女のブラウスのボタンを留めていく。時折、彼女の滑らかな肌に指が触れてしまい震えてしまう。
「どうして? 佑樹さん、暑いからやめてください……」
 蘭が身をよじるため、なかなかボタンを留められない。近づいて強引に留めていると、汗と彼女自身の肌の芳香が混じり合い、甘やかでなんとも言えない淫靡な香りが鼻を掠めた。
「お、お願いします、じっとしてください」
 せっかく理性が舞い戻っているというのに、これではすぐにでも欲望が呼び起こされてしまいそうだ。歯を食いしばり、どうにかボタンを一番上まで留める。
 ようやく終わったと思っていたら、彼女は力任せにブラウスを引きちぎり、その反動でボタンが全て弾き飛んでしまう。ばらばらとテーブルの上や地面にボタンが飛び散って、その一個を慌てて手に取った。その上、今度はスカートのファスナーを下ろそうとするのを見て、ズボンのポケットにボタンを押し込み、自分の着ていた長袖のシャツを脱ぐ。
 一枚しか羽織っておらず上半身を曝け出すのは恥ずかしいけど、そんなことをいっている場合ではなく彼女の身体にかけた。
「暑い、嫌っ」
 それをも振り払おうとするから、思わずシャツをかけた彼女の身体を拘束するように抱き締めてしまった。蘭が嫌だと言って、佑樹の腕の中で頭を振り乱すたびに毛先が頬に当たり、薔薇のシャンプーの匂いが鼻をくすぐってくる。
「蘭さん、しっかりしてください! お願いですから、正気を保って!」
 理性と渇望の狭間の中で、必死になって彼女に言い聞かせた。
「熱い、熱いの……、お願いだから、助けて……」
 佑樹の耳朶にしっとりと湿り気を含んだ声音が忍び込んできて、ぞくりと背筋が震えた。彼女の身体を抱き留めたまま顔だけをゆっくりと離し、その艶やかなる表情を見つめた。
 頬は上気し、縋るように乞う瞳は潤みを帯びていて、肉感的な唇はこちらを誘うように薄っすらと開いている。
 耐え難い欲望に溢れ出してきた唾を飲み込み、ごくりと喉を鳴らす。
 やばい、駄目だ、こんなの……。 
 くらくらと目眩がし、保たれている理性の糸が今にもぷつんと切れそうになる。
「い、いけません。蘭さん、あなたはあの蜂蜜でおかしくなっている。だから、症状が治まるまで涼しい場所に移動しましょう」
 それでも甘い蜜に誘われそうになる自分を抑制する。そんな自分を褒めてやりたいと思いつつ、ワゴンの上に載っている氷の入った水差し瓶に目をやった。
「ちょっと待ってください」
 コップに冷たい水を入れた後渡そうと思ったけど、危なっかしいので口元に持っていく。
「さぁ、飲んでください」
 コップを傾けて薄く開く唇の隙間から水をゆっくりと流し込んで飲ませる。こくん、こくん、と味わうように口に含みコップが空になるまで飲んでくれた。そうすると、彼女の視点が佑樹へと定められる。先ほどまでなにも見ていない虚ろな目に理性の光が戻ったような気がした。緩慢な動きで自分を見下ろし、身体に被せられている佑樹のシャツをじっと見る。
「あ……これ、ありがとうございます」
 どこか恥じらうように顔を下げ、シャツを佑樹に返してくれた。そしてブラウスの前をかき合わせるようにして、下着を隠す。
「あの、お部屋に戻って涼んではどうでしょうか」
 身体を冷ますことが有効だと分かり、そう促してみた。すると彼女がこちらの意見を取り入れてくれて、こくんと小さく頷く。正気に戻ってくれたことに安心し、部屋まで送って行こうと考えていたところ、家朝が電話を終えて戻ってきた。
「どうしたの?」
 瞳は穏やかなのに、剣呑な言い方に気まずい空気が流れる。それを察したのか、佑樹より先に蘭が言葉を発した。
「ちょっと熱くなってしまって、身をよじっていたらブラウスのボタンが千切れちゃったの。それを佑樹さんが見かねて、シャツを貸してくれてね」
「ああ、だから上半身裸なんだ」
 家朝は一つ頷いてこの状況を納得したように笑みをこぼした。
「迷惑をかけたね。良ければ、新調したシャツを送るよ」
「いや、でも」
「いいんだ。こういう時はありがたく受け取っておくものだよ」
 そう言われてしまえば、断ることなんて出来ない。
「蘭にも、ブラウスを買ってあげるね」
「その、ごめんね。私、太っちゃったのかな」
 蘭が照れ笑いを浮かべると、その場に和気あいあいとした雰囲気が流れる。ようやく理性が舞い戻っている蘭を見て佑樹はほっと胸を撫で下ろした。あれ以上、潤んだ瞳でみつめられれば過ちを犯してしまいそうだったから。自分の中にもいつもと変わらぬ正常な気持ちが戻ってきて、凪いだ湖のように静かになる。
 もう退出しようかと思っていた時、家朝がしたことに目を点にしてしまった。
「太ったって冗談でしょ、蘭。本当は熱くてブラウスを脱いじゃった拍子にボタンが弾け飛んだんじゃないの? 僕の前では我慢しなくていいから」
 家朝が蘭のブラウスを左右に開いて、じっくりと肌を舐め回す。それと同時に蘭の呼吸がわずかに乱れ、その艶やかな吐息が佑樹にも聞こえてきた。
「だ、だめ……とも君……」
 彼女から発せられる声は怯えと、これから起こる歓喜の色に染められていた。
「ああ、見ていたいならどうぞ。帰りたければ、帰っていいよ」
 家朝が少しだけ顔をねじり、シャツを持ったまま立ち尽くしている佑樹に声をかけてくる。佑樹はこれから始まる性の狂宴に、絶望すら感じた。
 あれだけ自我を保ち、歯を食いしばりながらも甘い蜜を理性という形で断ち切ったというのに。
 その佑樹の胸の内を見透かしたように家朝は口の端をふっと上げると、蘭に振り返って白く滑らかな肌に唇を落とした。
「あっ……ふっ……ん」
 家朝の唇がブラで押し上げられ余った柔肉を食んで、わざと聞かせるように音を立てながら啄んでいく。恥じらいながらも、恍惚に染まる彼女の濃艶な表情に欲情が掻き立てられる。佑樹の越えられない垣根をあっさりと家朝が飛び越えて行き、自分も欲しかった甘い蜜を啜り上げていく。
 ああ、こんなの残酷だ。
 彼女の扇情的で艶やかな喘ぎ声が耳朶にこびりついてきて、離れようとしない。蘭の理性を保たせたというのに、その表情をすぐさま打ち崩していく家朝に嫉妬心が芽生えてくる。
 彼の深い闇と、執着、支配、征服欲の全てをぶつけられたような気がして、なんとも形容しがたい気持ちが沸き起こってきた。
 ここまでされたら分かる。家朝はわざと佑樹に見せつけているのだ。彼女という抗いがたい魅力を持つ女性は彼のモノであり、絶対に佑樹には手に入らないのだと突きつけてきている。そうやって手をこまねいて見ているだけの憐れな男のことを密かに笑うのだ。
 家朝の舌が彼女の肌に滲む汗を拭い、そのままじっくりと首筋や胸の間を舐め回す。ブラの隙間に手を忍び込ませ、豊かな胸を揉みしだいた。
 もう、気が狂いそうだった。それは全部佑樹がしたかったことなのに、その気持ちを知ってか知らないのか、嘲笑うように彼女を家朝で一杯に塗り替えていく。
 俺がしたかった。その肌に舌を這わせ、胸を揉んで……。そして。
 家朝の手がブラを強引に引き下ろし、彼女の胸の蕾が目に入ってきた瞬間、佑樹の理性はあっさりと崩れ去った。薄っすらと色づく蕾は、家朝が舌でちろちろと舐めあげていくと徐々に硬くしこり、赤く艶めいてくる。
「うう、ああ」
 佑樹は情けなくも耐え難い衝動に負けてしまい、喘ぐような声を漏らしてしまった。下半身が痛いほど張り詰めて、ズボンの上からでも分かるほど勃ち上がっている。
 うろんとした目つきの蘭と一瞬だけ視線が絡み合い、自分の意思の弱さを咎められた気がした。
 彼女の肌と庭の花蜜の香りが混じり合い、この場を濃密な空間に変えていく。
 辺りに漂うむせ返るような香りに耐えきれなくなると、とうとうその場から逃げ出してしまった。
 緑の垣根で覆われた庭園の隅まで走り、そこでぴたりと止まると手に持っていたシャツに目を落とす。
 風が吹いて葉っぱがざわめき、それと一緒になって微かに蘭の香りが鼻をくすぐった。
「ああ、俺は、俺は……ごめんなさい」
 謝るのは自分の薄弱な愚かさに対することなのか、これからする行いに対する懺悔によるものなのかそれすら分からなくなる。それでももうどうしようもない衝動に駆られ、彼女の肌を覆っていたシャツを口元に持っていく。
「あは……彼女の香り……」
 残り香を思い切り吸い込むと、もう戻っては来られない。理性などぶっ飛び、片手でズボンのファスナーを下ろすと、反り返った肉棒をあられもなく引きずり出した。ここまでくればすることはいつもと同じだ。彼女の香りに包まれながら、ゆっくりと亀頭を扱く。
 鈴口はすでに溢れる液を滴らせ、それをぬるぬると亀頭全体に塗り込んでいった。
「ううっ……はっ」
 蘭の香りを吸い込みながら目を閉じると、先ほどの行為を思い起こす。彼女の肌に舌を這わせる家朝の姿を自分に置き換え、蘭を陵辱していく。
「蘭さん、蘭さん、ああっ」
 あの赤く色づいた蕾を唇で咥え込み、舌で扱き上げると彼女がなまめかしい声を漏らす。それに堪らなくなり、肉棒を擦り立てて自ら欲情を煽りたてた。
 しばらく我慢していたせいか、それとも興奮しているせいか、今日はすぐにでも達してしまいそうな衝動に駆られる。
「蘭さん、蘭さん、蘭っ……くっ」
 目を閉じ、彼女の淫靡な香りに包まれながら倒錯的な世界に身を投じていく。幻でも、妄想でも、この手に触れることが出来なくとも、彼女は確かにこの世界に存在する。それだけでも奇跡のような気がして、彼女への想いを募らせていく。
「うっ、くっ、はぁ……!」
 家朝を妬みながらも、欲に溺れる自分は何なのだろう。凡庸で平和な自分の世界が徐々に軋み始め、情欲という怪物へと変貌していく。
 狂う、狂っていく。
 だけど、だけど、それは恐ろしくもなんて甘美なのだろう。
「くっ、ああっ……っ」
 覇王の婚約者相手に邪な気持ちを抱きながらも、この背徳的な感情は甘やかな茨のように首を締めつけてくる。
「蘭さんっ、蘭さん、イク……っ」
 彼女を壊すほど突き上げたい衝動に駆られ、腰を激しく揺さぶる。想像の中で締めつけてくる肉襞の感触に身震いしながら、子宮口に思い切り吐精した。
「はっ……くぅっ……」
 シャツを口元に当てたまま身を折ると、最後の一滴まで出るように扱きあげる。長い、長い射精を終えて、花薫る風が頬を撫でてくるとようやく我に返った。
「俺……またやってしまった……」
 終わった後でやってくる焦燥と、襲ってくる後悔の嵐に情けなくなる。それも彼女の残り香が残るシャツを吸い込みながら耽ってしまうとは。これも、性癖なのだろうか。
 ノーマルだと思っていた自分の常識が覆された気になり、激しく落ち込んでしまう。それでもきっと、これから先もこのシャツを洗うことなくシテしまうのが想像出来て、自嘲の笑みすら浮かんできた。
「彼女をもっと抱き締めたい」
 拘束するといっても、蘭をこの腕に抱き止めた。柔らかく甘そうな肌に少しでも触れたことを思い出すと、胸がどきどきと高鳴る。欲というのは芽生えてしまえば、簡単には打ち消すことは出来ない――そう思いながら佑樹はシャツを抱き締めてもう一度思い出に浸ろうと目を伏せた。











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