河畔に咲く鮮花  



 
ともの計画@     
 
 あの日、久しぶりに義鷹に会えた日。
 蘭は義鷹から冷たい態度を取られ、その後彼と稲穂がゲストルームで行っていた情事を見てしまった。ベッドでもつれあう二人の姿が映し出され、それを最後まで見ることが出来ず途中で蘭は部屋を退室した。それから義鷹と会うことはなく、蘭はなんとなく憂鬱な毎日を過ごしていた。
 鬱々としていたそんなある日、初めて外出の許可が下りた。ともと一緒にショッピングをする数時間だけど、家の中にずっといた蘭にとっては喜ばしいことである。
 ブランドなど知らなくても、ひと目見れば分かるほど高級な露店が並ぶ一角に連れて来てもらった。あまりの値段に物怖じして入ることも躊躇うのに、ともは慣れた風に蘭をエスコートしてくれる。
「こんなに高いの悪いよ」
 ブランド店に入れば、服やアクセサリー、靴にバッグとともが次々に選んでは蘭に与えてくる。恐縮して断っても「顔を潰さないで」と言われてしまえばそれに従うしかなかった。
 買い物が終わると、リバーサイドを臨めるテラス席でアフタヌーンティを優雅に頂く。
 ともと一日こんな風にゆっくりと過ごすなんてなかった。
 他愛のない話をして、紅茶をおかわりしながら今流行りの洋菓子を食べる。川から吹いてくる風によって、ともの細い髪がふわりとなびいた。
 彼はティーカップを手に持ちながら、ふと顔を川に向ける。夕日が落ちる時間帯になり、水の表面をきらきらと光が弾いている。
 時折見せる彼の寂しげな横顔を夕日が照らし、どこか消え入りそうな雰囲気を醸し出す。
 それでも美しく洗練された横顔に見惚れてしまい、紅茶を飲む手を止めてしまった。
「どうしたの? 紅茶が温いなら替えてもらおうか」
 ふいに彼が視線を戻し、じっと固まったままの蘭に話しかけた。彼を見つめていたことに気づかれたくなくて、慌てて紅茶を飲み干す。
「ふふ、そんなに気に入ったなら茶葉を買って帰ろうか」
「それは悪いよ。今日はたくさん買ってもらったし」
「そういう謙虚なところは蘭らしいね。なにも変わっていない。だけど、覇王の婚約者なんだから遠慮はしなくていいよ」
 ともがさりげなく店員を呼ぶと、茶葉の手配をあっという間にしてしまった。その一連の流れはスマートで、さすが一流の暮らしをしていたのだと関心してしまう。
 ともはまだ十九歳だったはずだ。この年齢でこの国を制し、きちんと平定している。
 そんな彼の婚約者というのも未だに信じられないし、本当に蘭が肩を並べていいのだろうかと不安になる。
「そろそろ時間だ。出ようか」
 ともが高級な時計に目を落とし、テーブルについたままチェックを済ました。店の外に出るまでともが手を握ってくれ、エスコートしてくれる。
「とも君、今日はありがとう。忙しいのに一日時間を取ってくれて」
 店を出てお礼を言ったところ、彼は綻ぶ笑顔を見せてくれた。最近は頭痛も治まり、彼といることが自然になっている。やはり彼とは以前からの知り合いのようだ。なぜか一緒にいると懐かしく感じるし、しっくりとくる。
「喜んでくれてよかったよ。僕はその明るい顔を見られるだけで胸が一杯になる」
「も、もう、とも君ったら」
 彼がさらりと言うセリフに、顔が熱くなるのが分かる。嬉しいのだけど、そんな風に言われ慣れていないから恥ずかしさが増す。その様子を見ていたともがくすりと笑みを漏らし、携帯電話を内ポケットから取り出した。
 待機させている車を呼ぶのだと、店の前で待っていた。ともが電話をしている間、ふと角を曲がってくる人影に目がいく。
 高級店が並ぶストリートには似つかわしくない男がジーパンのポケットに片手を突っ込んだままこちらに歩いてきた。黒いパーカーを着て、目深にフードを被っているために男の表情が見えない。
 なんとなく不気味な雰囲気に気持ち悪さを感じていたところ、男が急に走り寄ってきた。
 その俊敏さに呆気に取られていると、男が間合いを詰めてくる。ポケットに突っ込んでいた手を出すと、そこにはぎらりと鈍く光るナイフが握られていた。
 尖った刃物の矛先が蘭に向いているのを見て逃げようと思ったが、恐怖に囚われた足は動いてくれなかった。
 目の前までやって来た男がナイフを振りかざす。
「蘭っ!」
 刺されると思った瞬間、振り向いたともによって蘭の身体は思い切り突き飛ばされた。
「きゃっ!」
 突き飛ばされた蘭は地面に倒れ込み、膝を擦りむく。すぐさま顔を振り仰ぐと、目の前が赤く染まった。
「――えっ」
 ともが蘭を庇うように立っていて、その腕からはだらりと赤い血が流れている。
「坊っちゃん!」
 車を回してきた徳山が慌てて駆け寄ってきて、ナイフを持った男は身を翻して逃げていく。
 不審な男が逃げていなくなった後、ともが安心したのかがくりと膝をついた。
「とも君っ!」
 彼に駆け寄り、身体を支える。近くに寄れば、鼻をつく錆びついた匂いがその場に充満した。恐る恐る腕を見ると、服は切り裂かれとめどなく血が流れていた。
 その時、強烈なデジャブ襲われた。
 頭の中にノイズが走り、一瞬だけ記憶の断片が駆け走っていく。いつの頃か分からないけど、男性が蘭を庇って傷を負って倒れた。背中が真っ赤に染まり、その男性は蘭の目の前で倒れていく。
 それが今この瞬間と重なってしまい、激しい胸の痛みに襲われる。
「とも君! とも君!」
 腕を押さえ、苦痛に歪む彼を見ているとなぜか涙が溢れてきた。
「蘭、泣かないで。僕は大丈夫だから」
「だって、そんなこと言っても血がいっぱい出てるし、昔も私を庇って……っ」
「昔?」
「え、えっと、ごめん」
 先ほど降ってきたイメージをともと重ね合わせたと言えば、彼も良い気はしないだろう。咄嗟に口を閉じると、その様子を見たともが弱々しい笑みを浮かべた。
「ああ、昔のことを思い出したんだ。前もこうして蘭を庇ったね」
「えっ……」
 まさかそう言われるとは思わず、目を丸くしてしまう。どういうことだろうと不思議に思っていると、ともがどこか探るように言葉を紡ぐ。
「思い出したんでしょう? あの頃のことを。君を庇って傷ついた時の」
「も、もしかして、あれってとも君……?」
 そう聞くと彼がふっと笑みを見せた。あの記憶の男性がともだとしたら、ああ、なんてことだろう。二度も自分を庇って、傷つけてしまうなんて。
「ほら、泣かないで。僕は蘭さえ無事ならそれでいいから」
「だって……だって……」
 泣いていてもとものためにならないのは分かっている。ハンカチを取り出し、彼の腕を強く縛り、止血はしたもののともの顔色は悪い。
 その後、すぐに徳山執事が戻って来てくれて泣きじゃくる蘭と、怪我を追ったともを連れて家へと戻った。









 


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