河畔に咲く鮮花  



 
 
残酷な命令BーU
 
 
  余韻を味わう暇も与えず、義鷹は蜜を垂らしている稲穂の蜜口に指を伸ばす。
「稲穂様、こちらにも欲しいですか」
 虚ろな瞳でこちらを見上げる稲穂は、ぱくぱくと口を開け閉めするだけで言葉を発せずにいる。乱れて艷やかな表情に、いつもなら興奮を煽られることだろう。
 それでも今はともに操られるだけの人形に見えてしまい、どこか哀れみを覚える。
 媚薬を仕込んでまで惚れてもいない男と既成事実を作らせる。なにも知らない彼女は、残酷にも身体を開き、計画通りに切られていくのだ。
「まだ苦しいでしょう。だから、身体の火照りをなくしてあげます。それが、私の罪滅ぼしでもあるから」
 ふいにそんな言葉が出て来てしまい、失言だったと口を噤んだ。だけど、稲穂はまだ快楽の波の中をたゆたっているようで、追及してくることはない。指を蜜口に挿入して、入り口部分を軽く掻き回す。二度もいかされた身体は柔く解れて指を奥へとすんなりと飲み込んでいった。
 熱く濡れた隘路に指を突きいれ、じっくりと探るように中をこね回す。
「ひゃっ……あっ……」
 ちょうどお腹の裏のざらついた場所を擦ると、稲穂が身体をびくんとと跳ねさせた。
「ここ、がいいんですか」
「だめぇ……だめぇ……っ」
 稲穂が首を振るが、構わずに指を折り曲げてざらつく肉襞をえぐるように掻き混ぜる。そうすると稲穂が腰を浮き上がらせ、陰唇を義鷹の手に擦りつけてきた。よほどそこが気持ちいいのだろう。
「いいんですよ、何度でも絶頂を味わってください」
 こんな時に色んな女性を喜ばせていた技術が役に立つとは思わなかった。
「そう。気持ちよくなってください。あなたのこと、大好きですよ」
 それでも利用するためにさらりと吐くセリフにいまいち感情が乗っていない。気持ちを紛らわすように、何度も官能を掻き立てる場所をぐちゅぐちゅと掻き回す。
「稲穂様はどちらが好きですか?」
 余った指でぬらりと光る肉芽を揉み、それと同時に増やした指で中を責め上げる。中がきゅうきゅうと締まり、指を痛いほど咥えこんで、また絶頂が近いのだと悟った。
「さぁ、イッてください」
「あっ……あっ……もう……」
 息も切れ切れになり、稲穂が身体をくゆらせる。それを見ながら、さらに激しく敏感な場所を擦り立てると――。
「やぁ……ああっ……!」
 絶頂を迎えた稲穂の内奥が一層締まり、指を奥深くに咥え込んだまま達する。身体をわななかせ、絶頂の余韻に浸った後に浮かせていた腰を下ろした。
「まだ、ですよ。稲穂様」
 その言葉に怯えにも似たような表情を浮かべ、稲穂がふるふると頭を振る。身体をずらし義鷹の指から逃れようとするが、力が抜けきっているのかあまり動けないようだ。
 義鷹は安心させるように静かに微笑み、指を抽送し始める。
「お願い……もう……やめて……っ……」
 絶頂した身体に鞭打つように、甘やかな指使いですっかり解れた柔襞を蹂躙する。
「三本、いきましょうか」
 濡れそぼった蜜口に三本目の指を突き入れ、中をやわく、激しく侵す。愛蜜が飛び散るほど激しく掻き回すと、稲穂の唇から矯正に似た喘ぎ声が漏れ出した。
「やぁ……あっ……ああっ……やめて……でちゃう……っ」
「いいんですよ。ここには私とあなたしかいない。身体を解放してください」
 指を一層深く潜り込ませ、膣肉を押し広げるように掻き回す。空いた左手の指で小さく震える肉芽を挟み、押し潰すようにきゅうきゅうと摘んだ。
「ああっ……ひっ……んっ……」
 赤く勃起した肉芽が指の間で、ぬるぬると蠢いて卑猥なほど形を変える。
「いやらしい人ですね。両方同時にされて喜んでいるなんて」
「ち、ちが……そうじゃ……ない……んぅ」
「違わないでしょう。ほら、こうされて気持ちいいんですよね」
 肉芽を指で挟んだまま小刻みに震わせ、ひくついてだらしなくぐちゅぐちゅに濡れている奥を何度も責め立てる。そうするとびくびくと腰を震わせ、尿道からちょろちょろと透明な液が漏れ出した。
「稲穂様、おそそうされるとは、恥ずかしい人ですね。出すならほら、もっとたくさん出してみてください」
「いや……いやっ……」
 もう少しでまた絶頂に達するだろう。それを見越して、一番感じる箇所を指でぐっ、ぐっとえぐるように押し込んだ。
「ここ好きでしょう?」
 甘く囁きながら彼女の絶頂を促す。中が締まり始め、肉襞がいやらしく指に絡みついてきた。気持ちいいところ何度も押し上げ、肉芽をぬるぬると弄り倒す。
 一際、締まりが強くなるのを感じ、その瞬間を逃さまいと指の律動を速めた。
「ああっ……ひっ……ああっ……で……ちゃ……う……んぅ……っ」
 蠕動する肉壁を一気に指で押し上げると、先程とは違って稲穂は大量の潮を吹き出した。いやらしく濡れた襞がひくつき、絶頂を味わっている。
「ああ、気持ちよかったですね」
 快感の余韻に浸る肉壁からゆっくりと指を引き抜いていき、稲穂の様子を眺めた。何度も達したこともあって、ようやく媚薬の効果が消えてきたようだ。
 赤らむ頬の色は落ち着いてきて、呼吸も正常に戻っているように見える。
 しばらく彼女を休ませようと、水挿し瓶を傾けてコップに冷たい水を注いだ。一気に飲むと、頭がすっきりとし気分が落ち着いてくる。
「稲穂様?」
 顔を向けると、稲穂がうっすらと目を開いてこちらを見ていた。焦点がしっかりと合っているということは、媚薬の効果が切れている証拠だろう。それでも、絶頂の余韻を引きずっているのか、広げられた腿はそのままになっている。
「お水をどうぞ」
 水を注いだコップを差し出すと、稲穂はのろのろと上体を起こして手に取った。彼女が水を飲んでいる間に、濡れたシーツをゆっくりと引き抜き、真新しいリネンを敷く。
「大丈夫ですか? 少し激しくしすぎてしまいましたね」
「もう、終わり……ですよね」
 か細い声を出し、縋るように義鷹に聞いてくる。
「酷い方ですね。ここまで淫らな姿を見せつけておいて、私にはお預けですか」
 彼女の気分が冷めないうちに、すぐさまベッドに腰を下ろして柔らかい胸を揉みしだく。びくん、と肩を跳ねさせながらも、少しの抵抗とばかりに身をよじった。
「お願いです……もう……」
「こんなにも好きなのに、我慢しろとおっしゃるのですか」
 そう、ここからが本番なのだ。最後の一線を越さないと、二度とこのような機会は巡ってこないだろう。
 全ては蘭のため――。
 一度目を伏せて、蘭の姿を瞼の裏に思い浮かべる。ともの命令とはいえ、蘭には酷く冷たい態度を取ってしまった。どうにかして、あれは違うと誤解を解きたい。
「義鷹様?」
「ああ、すみません」
 一瞬といえど、思考を鈍らせてしまった。稲穂に変だと気づかれてはいけない。いつものようににこやかな笑みを浮かべ、稲穂を見つめた。
 それは息を吸うように完璧な演技。それなのに。
「義鷹様は本当に私のことを好きなのでしょうか?」
 心臓を貫かれる衝撃を受け、信じられないほど動揺してしまった。
「……どうして、そう思われるのです?」
「それは……キスをしてくれたのが水を飲ませる一度だけだったからです。しかも、触れ合うだけの義務のようなキスだったから……。情けない話ですが、私がお慕いする方も、一度も唇に触れてくれません」
 窺うように、それでいてそれが真実であろうと、確信を持った言い方に義鷹は言葉を失う。いつもならすらすらと偽りの言葉が出てくるのだが、どうしても出てこなかった。
 きっと嘘を並べたところで、もう彼女には分かっているのだろう。彼女もまた恋する乙女であり、義鷹が稲穂に告げる「好きだ」という言葉の温度差を感じ取っているに違いない。
「参りましたね。あなたは聡明な方だ」
「では、なぜ私に――っ」
 質問を受付けまいと、指を彼女の唇に当てる。
「私からはなにも言えません。ですが、お互いに誰かを恋する身です。どうでしょうか。今宵、今宵限り夢を見るというのは」
「夢……ですか」
「ええ、いっときでも夢を見て、なにもかもを忘れましょう」
 稲穂からコップをそっと取り上げ、テーブルの上に置く。そして、彼女の乱れた髪を綺麗に梳いて壊れ物に触れるように抱き締めた。
「想いを寄せる相手として重ねてくださって構いません」
「想いを……?」
「そう。夢の中でなら想いを寄せた相手に会える」
 甘く囁き、稲穂をベッドに横たわらせる。
「私も夢を見ます」
 自分にも魔法の呪文をかけ、目を伏せた。彼女の顔から視線を逸らすようにして、白い腹に唇を寄せる。熱い舌で滑らかな肌を丁寧に舐めていると、髪にそっと稲穂の手が触れた。 
 どうしたのかと思っていると、消え入るような小さな声でぽつりと呟かれた。   
「……本当に夢を見ているのですか?」
「なにがでしょう」
 意図が分からず、聞き返してみる。
「夢からとっくに覚めているのは、あなたの方ではないのですか」
 問いただすような口調で事実を突きつけられ、義鷹ははっと身を起こす。
 稲穂と視線がぶつかり、瞬時に彼女の瞳に憐れみとも言える情を読み取った。
「苦しいから、泣いているんですよね」
「私が、泣いている……?」
 なにを言っているのだと、戸惑いながら指で頬に触れると左目から涙の粒が一筋伝っていた。
「これは、お見苦しいところを見られました」
「いいえ、むしろ安心いたしました」
「安心とは?」
「義鷹様にも人間らしい部分があるということを知ったからです」
「これは手厳しい」
「そうでしょうか。私はむしろそちらの方に好感がもてますが」 
「あなたも、思った以上に聡明な方だ。好きになりそうですよ」
 嫌味でなく褒め言葉を投げてみたけど、彼女には響いていないようだった。そして彼女は少しだけ微笑み、
「こちらをお使いください」
 と、スカートのポケットから綺麗な刺繍の施されたハンカチを取り出す。ハンカチを受け取り、義鷹は一瞬だけ試すとも思える感情を口に出した。
「この涙、稲穂様の唇で拭ってくれませんか」
 彼女に蘭を投影するのはよくない。だけど、少しだけ面差しの似た稲穂に馬鹿げたことを聞いてみたかった。そう言われた稲穂は目を丸くして、一瞬だが逡巡する。一拍おいて、稲穂はぺこりと頭を下げた。
「……それはご勘弁してください」
 分かっていた。彼女がそういうことを言うなんてのは。
「冗談ですよ。あなたのような高貴な家柄の方にははしたない行為でしょう。お気になさらずに」
 彼女が蘭に似ているからと言っても、やはり二人は全くもって違う人物なのだ。
義鷹はハンカチを使用せずに、指で涙を拭う。
「こちらはお返しします」
「あの、こういってはいいのか分かりませんが、義鷹様は涙を流すほど誰かに想いを寄せているのですね」
 稲穂はハンカチを受け取りながら、こちらの様子を窺うように聞いてきた。
「ええ、そうですよ。この身を焦がすほど愛しています」  
 義鷹がそう言うとは思いもしなかったのだろう。稲穂は絶句して、何度も目をぱちくりと瞬かせていた。
 そう言葉に出すと、今まで押さえていた気持ちが熱をもって湧き上がる。
 彼女に会いたい。彼女をこの目に映したい。彼女に触れたい。彼女と笑いあいたい。
 たったそれだけのことなのに、どうして簡単にはいかないのだろう。蘭を抱いたあの日に想いは成就したと思ったのに、なぜかこの手から離れていく。
「あの、義鷹様……」
 情けないことに蘭を思うと、自然に涙が溢れてくる。拭ったばかりの頬にまた一筋雫が滑り落ちた。
「すみません、都合がいいかもしれませんが、今日のことはなかったことにしていただきませんか」
 稲穂に見られないように涙を拭い、ブランケットを彼女の肩にかけた。
「い、いえ、私のほうこそ……」
 彼女もなかったことにしてもらえた方が都合いいのだろう。肩に引っ掛けられたブランケットをぎゅっと掴んで体を隠した。
「稲穂様、失礼します」
 彼女にしたことを詫びるように深くお辞儀をして、義鷹はゲストルームから立ち去る。ともからの命令はこなせなかったが、きっとこれで良かったのだ。
 外に出ると少しだけ冷えた空気に肌を震わせ、蘭のいる本宅を振り仰ぐ。
「蘭、私は一体どうしてしまったのだろうな。お前を抱いた日から、他の女性を命令でもだけなくなってしまった」
 誰に聞かせるまでもなく胸の内を吐露した。あの明かりが灯された部屋のどこかに蘭はいるのだろうか。
 彼女に想いを馳せ、
「蘭、お前に会いたいよ」
 そう呟いた声は、夜風と混じり合って悲しくも消え去っていった。








 


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