河畔に咲く鮮花  

見知らぬ彼との再会2


 
 
 蘭はともが住んでいる本宅に連れられた。
 白亜の邸宅に、豪奢なエントランス、長テーブルが置いてあるリビング、色々な部屋を案内してくれる内にどこか記憶の断片がここを知っていると告げてくる。
「もう少し落ち着いたら話をしよう。それまでは、ゆっくりして。用事があればすぐに呼んで。ベルを鳴らせば徳山も来てくれるから」  
 紹介された徳山という初老の男性は、蘭を見た途端どこか哀愁の色を瞳に浮かべていた。
 だけどすぐさまそれを引っ込めて、深々とお辞儀をしてくれた。
 どことなく初老の男性を見たことがあったけれど、今は話をする時間はないようだ。
 ともに急かされるように肩を抱かれ、二階の一番奥の部屋をあてがわれた。
「わ、私、こんな部屋は落ち着かないよ」
「あ、ごめんね。急だったからベッドぐらいしかなくて」
「いや、そういうのじゃなくて」
「明日になればもっと快適になるようにするからさ」
 そうじゃなくて、このような素敵な部屋を与えてくれることに引け目を感じているのに、ともには分からないようだった。
 一人ではもて余してしまうような広い部屋に、大きなテラス張りのバルコニーまでついている。
 どこか豪華なホテルの一室のようで居心地が悪いというか、こんなところにいていいのか申し訳なさが募ってくる。
「ほら今日は疲れたでしょ。気に入ってくれるといいんだけど」
 ともが嬉しそうに顔を輝かせ、ベッドに視線を向ける。お姫様が寝そうな天蓋つきベッドに、サイドテーブルにはアロマポットまで置かれてあった。
「え、あ、うん。可愛いベッドだね」
「よかった。いつか君を迎えるために以前から買っておいていたものなんだ」
「以前から?」
「うん、本当に長い時を待ったんだ。もう駄目かとも思ったけどね」
 ともの瞳に哀愁が浮かび、蘭は彼がどれほど自分を待ち望んでいたかを知ってしまう。
 そう言われてしまうとなにも言えなくなり、彼の厚意を受け取るしかなかった。
「ありがとう」
 一言お礼を述べると、ともが泣き出しそうな顔をして優しく微笑み返してくれた。
「さぁ、今日はもうおやすみ」
 ともに背中を優しく押されながら、彼が用意してくれていたベッドに足を運ぶ。蘭を見送った後、ともはもう一度「おやすみ」と囁いて部屋を出ていった。   
 しん、と静まり返った部屋に寂しさと不安を感じながら天涯つきベッドに身を沈ませる。
 色んなことがいっぺんにあり、頭の中を駆け巡るがあまりに疲れきっていて思考が薄れていく。
 重くなった瞼を閉じると、いつの間にか意識は眠りの中に放り出されていた。

***


 次の日から、蘭の部屋に様々なものが運び込まれた。精緻なデザインを施した調度品や、ドレッサー、名前と同じ赤い蘭の花、こ洒落たテーブルセット、足を伸ばして眠れそうなカウチソファなど見たこともない高級品の数々が部屋の中にセットされていく。その上、パーティに行くのかと言うような洋服に、靴、アクセサリーに香水もプレゼントされた。
 人魚の里ではこのような贅沢品に囲まれた生活をしていないため、自分がどこに座っていいかも分からない。
 蘭をお世話するメイドという女性までいて、息をするのも窮屈に感じた。
「蘭、気に入ってくれた?」
 所在なさげに部屋の中で立っていたところ、ともが意気揚々として入ってくる。
「とも君、あまりに豪華すぎてどうしたらいいか」
「これでも抑えた方だよ。本当ならもっとしたいんだけど。蘭はあまり派手なの好きじゃないしね」
 ともがにっこりと笑い、蘭に手を伸ばす。頬に触れられそうになり、蘭は思わず一歩退いてしまった。ともが目を見開き、行き場を失った腕をぱたんと下ろす。
「あ、そのごめん」
 そう言った後で、蘭の頭がずきりと痛んだ。どうしてだろうか。ともはこんなに優しいというのに、彼が近づいてくるとなぜか身体が拒否反応を示す。
こめかみをぐりぐりと指で揉んでみるが、頭痛はますます酷くなるばかりで、いっこうによくなることはなかった。
「蘭、まだ頭痛がするの?」
「う、うん。ごめんね。なんか調子が悪くて。風邪じゃないみたいなんだけど」
「ううん。きにしなくていいよ。さぁ、薬を飲んで横になって」
 ともがサイドテーブルに置かれた水挿しを手に持ち、コップに水を注いでくれる。そして引き出しから頭痛薬を取り出し、蘭の手のひらに乗せた。
「ありがとう」
「気にしないで。きっと記憶がないのが頭痛の理由だと思うから。それに疲労もたまっているんだよ」 
 ともはとても優しい。どこか一歩引いている蘭に対して何も言わず、気遣いを見せてくれる。
「さぁ、薬を飲んで」
 ともに促され、手に乗せられた頭痛薬を口に含み水を飲んだ。市販のものではないらしく、この薬は特別に作らせたものなのだと言っていた。飲んでからすぐに眠気が襲ってくる。それは立っていられないほど、強いものだ。 
「ごめん、とも君。もう眠くなってきて」
「いいよ。ベッドまで運んで行こうか?」
「ううん、大丈夫。一人で行けるから」
「そう」
 蘭が拒否すれば、どことなく寂しげな響きが返ってくる。それに申し訳ないと思いながらベッドまでなんとか歩いて行った。
 ぴんと張ったシーツが心地よく、身を沈めればあっという間に睡魔が襲ってくる。
「ほら、蘭。身体が冷えちゃうよ」
 ともが近寄ってきて上品な手触りのベルベット製の毛布をかけてくれた。
「ありがとう、とも君」
 瞼が重くなっていき、そっと目を伏せる。
「いいよ、時間はたっぷりとあるから。今はゆっくり眠って」
 ともの指先が壊れ物に触れるように、頬を撫でていく。
言葉は暖かいのに、なぜかひんやりとした指先が意味もなく怖く感じた。それでも眠気だけには抗えず、蘭はゆっくりと意識を深く沈ませた。


 


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