河畔に咲く鮮花  

四章 最終章編 第四十五輪 長虎の決意2


 ***

 結局、長虎に連れ戻された蘭は雨に濡れた体を温める為に浴室に通されていた。
 すでに湯が張ってある風呂からは芳しい香りが漂ってきている。
「いい香り……」
 バラの香りのようで蘭は大きく吸い込み、ゆっくりと浴槽に体を沈める。
 香料は少しだけぬめりがあり、肌にまとわりつく感じであった。
「凄く……気持ちいい……」
 お湯を何度も腕や肩にかけて、滑らかな湯の心地を肌で味わう。
 すっかりくつろいでいるところに、誰かが浴室に入ってきた気配に気がつく。
「誰――ですか」
 蘭の不安な声が浴室に響き渡った。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか」
 姿を現したのは長虎で、蘭ははっと目を大きく見開いた。
「な、長虎様っ……」
「僕も体が冷えたから一緒にいいだろう?」
 長虎がタオルも何もつけていないことに気がつき、蘭はばっと顔を背ける。
 体を手で隠して、縮こまっているとすっと長虎の足が湯に浸かるのが目に入った。
 ざぷんと腰まで浸かり、長虎は気持ちよさそうに天井を仰ぐ。
「ああ、気持ちいいね。冷えた体にちょうどいい」
 体を固まらせている蘭をちらりと見て長虎はくすりと笑った。
「そんなに離れないで……こっちにおいでよ」
 ぐいっと長虎に腕を引っ張られてしまい、蘭の体勢は崩れてしまう。
「な、長虎様っ」
「ようやくこっちを見てくれた」
 にこりと微笑む長虎の毛先がしっとりと濡れていて、それがどこか妖艶に見えた。
 その時、どくんと胸が跳ねて体が火照ってきてしまう。
「どうしたんだい、蘭?」
 長虎がつーっと鎖骨を撫でてきて、ぴくんと肩が跳ね上がった。
「い、いえ……何だかのぼせてきたみたいで」
 まだ少ししか浸かっていないのに、体の芯が火照り心臓が高鳴ってくる。
「もう効いてきたかい?」
「――えっ?」
 長虎の意味ありげな微笑みが蘭の瞳を捉え、その中に押さえきれない熱情を含んでいた。
「ああ……僕も効いてきたかも……」
バラの香料がする湯を肩にかけながら、長虎の肌も赤く火照る。
「効いてきたって……これは……」
「ふふ……遊び半分で買った媚薬を混ぜたんだよ。効くとは思っていなかったけど……う……ん……いい感じだね……」
 はぁと艶を帯びた吐息を漏らし、長虎が頬にはりつく髪を撫であげる。
 長虎の肌がうっすらと桜色に染まり、流し目をしてくる様は壮絶な雄の色気を見せつけられているようで。
 どくどくと蘭の鼓動が激しく高鳴ってきた。    
「どうして、こんなことをって思ってるかい?」
 長虎がすっと寄ってきて、蘭の髪の毛に手を差し込む。
「ごめんね……強引にするのは紳士としては卑怯かも知れないけど……どうしてもこの手に繋ぎ止めておきたくて」
 長虎から発せられる甘い熱が肌の表面を掠め、蘭は寒気にも似た悪寒を覚える。
「そうしなければ僕の手に出来ないだろう、蘭」
 長虎はバラ色に染まる湯を手にすくい、ごくりと口に含んで唇を塞いでくる。
「――ンっ」
 すぐに口腔内にバラの芳醇な香りが広がり、ぬめりを帯びた湯が喉の奥に流し込まれた。
「けほっ……ンっ……はあっ……」
 急に飲まされたもので、激しい咳き込みが蘭を襲う。
「ごめんね、苦しかった? でもすぐに良くなるよ」
 そう言った長虎の顔が一瞬だが霞んで見えて、ふらりと目眩を起こす。
「大丈夫かい、蘭」
 ふらついた体を長虎が抱き締め、耳元に楽しそうな笑いが聞こえてきた。
「ふふっ……蘭……僕も気持ち良くなってきた……体が燃えそうに熱いよ……はぁ……」
 べろりと長虎の熱をもった舌が蘭の耳朶を舐めてくる。
「ンっ……ああっ……」
 自分でも驚くほどの高らかな声に蘭は慌てて口をつぐんだ。
「いい声……もっと僕に聞かせて……酔って……ほらっ……啼いてごらん……蘭……」
 長虎の舌が差し込まれ、耳の孔をくちゅくちゅと何度も舐めてきた。
「はっ……あっ……」
 体がぴくんとしなるたびに、表面の湯がちゃぷんと波立つ。
 頭がぼうっと霞んでいき、体に力が入らずいつの間にか長虎が首筋に顔を埋めていることに気がつかずにいた。
「う……ん……おいしいよ……蘭」
 首筋を何度も舌で往復しては、ときおりちくりとした痛みが走っていく。
 ――ああ、長虎様が跡をつけているのだ
 蘭は痺れる脳の片隅でそれだけを考え、ぐったりと体を浴槽の縁に預けた。







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