河畔に咲く鮮花  

第四章 四十一輪の花 6:月夜


 ***

 お仕置きされた日から、長虎はデートにも行かずに、蘭の傍に鬱陶しいほど一緒にいた。
 それにつけ加え、アキも毎日顔を出すようになって、三人で過ごす日が増える。健吾は用事があるとかで、実家に戻っているらしくあの日から姿は見ない。
 気まぐれで自由奔放だから、いつものことだと長虎とアキは何も気にしていないようだった。
「部屋の観葉植物も減らして庭に出しましょう。空気が澱んで、暗いし、健康に悪いですからね」
 毎日の日課になっている長虎の父の車椅子を押して、庭を散策する。生卵事件があってから、長虎が親衛隊に何かを言ったのか、あれっきり姿を見せなくなっていた。
 静かな時間の中で過ごしていると蘭の気持ちも次第に穏やかになる。
 決して人魚の里のことは忘れておらず、いつも心の中では気にしていた。
「父さんも随分と体調が戻って来て、何よりです」
 蘭の隣で歩く長虎がにこりと微笑んで、父に優しく話しかける姿に冷たさはなかった。
 本当に父親のことが好きなのだろうと長虎の新しい部分を発見し、少しだけ見直す。口に出すとまた意地悪い嫌味が飛んでくるので、心の中だけで留めておいた。
「蘭のおかげだ、食事も上手いし、最近は体も軽い」
 長虎の父が幸せそうに微笑むと、蘭の手に自分の手を重ね合わせる。
 暖かい日差しが蘭達に降り注ぎ、ざっと一陣の風が吹き抜けると庭に散った紅葉がくるくると舞った。
「また履き掃除しなきゃいけませんね」
 庭一面に敷かれた紅い葉を掃くのはもったいない気もするが、いずれは枯れていく。人魚の里で紅葉狩りをしていたことを思い出し、知らずに哀愁を帯びた目で庭を見ていた。
「蘭……何かを思い出しているのかな」
 長虎がふと心配そうな声音で問いかけてきて、蘭ははっと我に戻る。余計なことを考えていたと分かれば、またお仕置きと称して淫らなことをされるかもしれない。
「いえ、紅葉で天ぷらが出来るんですよ。今度、作りましょうか」
 すぐさま誤魔化して言ってみると、紅葉の天ぷらという料理に二人は目を点にしていた。
 覇者のような位の高い人達が食すものではないかと思い直すが、予想に反して、長虎の父は小さく手を打つ。
「それは、楽しみだ。なぁ、長虎」
 にこにこと柔和な笑みを浮かべては、早く食べてみたいと何度も嬉しそうに頷いていた。その様子を見ながら長虎も同意して、近いうちに作って欲しいと蘭に頼み込んでくる。
 こういう時の長虎は憑き物が取れたように優しく紳士的だ。蘭の前になるとすぐに意地悪い青年に戻る。
 下虜相手だから仮面を被る必要がないのだと、後から考えて納得はした。
 いつもこのように綺麗な笑みを浮かべて、優しければいいのにと蘭はまだ笑っている長虎を盗み見する。ペットとしか思っていない相手にそれは無理な注文かと思い直し、蘭は諦めることにした。
「さぁ、そろそろ陽がくれます。寒くなるので部屋へ参りましょう」
 今日は風が少し冷たいから、あまり長虎の父を長居させるのはよくないだろう。蘭は長虎の父を部屋まで送り届けて、晩御飯の支度をした。


***

 陽が完全に落ち――月が美しく浮かぶ夜。
 蘭は眠れなくて庭先に出ると新鮮な紅葉を採りたくなっていた。
 明日でもいいが、月が明るい為に周りをよく見通すことができる。
 長虎の父と約束したことを思い出し、紅葉の状態がどのようであるか先に把握しておきたかった。
 食せるとは言ったものの、それは人魚の里の品質のよい紅葉であった。
ここでも同じとは限らないことに気がつき、どうしても確かめたくなる。
蘭でも届きそうな紅葉の木を見つけると、背伸びして採ろうとしたが、一歩足りないようだった。
「もうちょっとで……届きそう……なのに」
 つま先を立てて腕も精一杯伸ばすが、葉先に指が触れるだけでちぎることは出来ない。それでも諦めずに、何度も挑戦していたところ、蘭の体を影が覆う。
 背中に熱を感じた瞬間、蘭の肩ごしからスっと腕が伸び、ぽきりと綺麗に紅葉がちぎられる。
長い指先が葉の茎をくるくる回しながら、蘭の手元まで紅い葉を落としてきた。蘭は紅葉を手渡されてそれをしっかりと持つ。
「君はこんな夜に何をしているのかな。もしかして、野猿だから木登りをしたくなったとか」
 涼しく美しい声なのに、この嫌味たらしい言い方は長虎のもの。
 むっと眉をしかめて振り向こうとしたが、長虎が後ろから腕を回してきて、大きな胸にすっぽりと埋まってしまう。背中がぴとりと長虎の胸板に一部の隙もないほどくっつき、暖かい熱を感じる。
細身だと思っていたのに、逞しく張りがある筋肉の硬さが伝わってきて、男として急に意識してしまう。
 恥ずかしい――そう思ってしまい、背中がじわりと汗ばんできた。
慌てて意識を紛らわそうとしたが、長虎の心臓の音が背中に響いてきて、蘭の体は熱を帯びてくる。
「やはり、野猿は毛深いから暖かいのかな」
 長虎が蘭の髪に自分の顔を埋めて、気持ちよさそうにすりすりと顔を擦った。
「誰がっ、毛深いんですか! もう、離して下さいよ」
 腕を振りほどこうとも、男の人の力に敵うはずもなく、蘭は身動きが取れない。
「ふふっ……本当に言うことを聞かない子だね。普通は僕みたいな美麗な青年に抱きつかれたら、みんな蕩けてしまうというのに。野猿は浪曼がないなぁ」
 長虎が髪の毛に顔を埋めたまま甘く囁くので、熱い息がかかり妙にぞくぞくと背筋が震えた。
「浪曼がないって……それは長虎様が、野猿とか、毛深いとか、情緒の欠片もないことを言うからでしょ。それを私の責任にされても困ります」
「だって、野猿に情緒的な言葉を囁く必要がないだろう。君は僕のペットなんだからさ」
 長虎はふふっと意地悪く笑い、髪に埋めていた顔を移動させて、蘭の首筋に唇を這わせた。
「あっ……」
 生暖かい舌の感触を感じ取って、思わず高い声を出してしまう。
「もう、僕の記が消えているね……またつけないと……」
 そう言ってすぐに首筋をちゅうっと強く吸い上げてくる。ちりっとした痛みが走り、首筋がジンっと熱を帯びる。
「長虎様……止めてくださいっ……」
 体をねじっても長虎の力が弱まることはなく、後ろから抱きつかれたまま、蘭の首筋にはたくさんの赤い花が咲いた。
 散々、首筋に赤い花をつけた後、長虎の力が緩んで蘭を開放した。すぐさま腕から逃れるが、今度はくるりと振り向かされ、あっという間に木立に背を押し付けられる。
 影が落ちてきて見上げたと同時に、蘭の唇は長虎によって塞がれた。
「ンっ……」
 抵抗しようにも体を押さえつけられ、蘭の体はびくともしない。
「ンっ……ふっ……蘭っ……」
 また長虎が蘭と名前を呼び、歯列を割ってぬるついた舌を絡めてくる。何度も顔の角度を変えて、舌を差し込まれる度に、熱い滴りが口腔内に溢れた。
「おいしいよ……甘くて……ンっ……柔らかい……」
 長虎の熱い滴りも加わり、口腔内から溢れて、唇の端からこぼれ落ちる。
「ふふっ、きちんと飲まなきゃ駄目だよ」
 長虎が美しく笑うと、頬を伝う熱い滴りを掬われて、すぐに蘭の口腔に押し込まれた。
「僕の味を……覚えて……自分から欲しいと言うまで…っ」
 熱に浮かされたように長虎が囁きながら、激しく舌を絡めて、吸いつき、口腔内の粘膜をなぞる。貪られるように口腔内を粘ついた舌が蠢き回って、蘭の脳はじんじんと甘く痺れた。
「長……虎様っ……激しいっ……ですっ……ンっ」
 言葉を喋ることも許さないのか、長虎の長い舌がすぐに追いかけてきて、蘭の舌を激しく吸い上げる。
 ちゅくちゅくと粘ついた滴りを、舌を絡めながら交換し、蘭は月明かりの中、されるがまま口腔内を侵された。
 長虎の激しい熱に痺れて、蘭の手から紅い葉がはらりと落ちていく。
 静かで綺麗な夜――いつまでも淫靡な音が、紅葉の降りしきる庭に響いていた。 







 





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