河畔に咲く鮮花  

第四章 四十一輪の花 1:長虎の親衛隊


***

 

長虎から与えられた部屋は当初に、蘭が寝かせられていた物置といっても過言ではない和室であった。
 客扱いされていないのだから当たり前かも知れないが、意地悪い義兄を持った気分になり、蘭は人知れず溜息を吐き出す。
――この部屋……散らかりすぎよ
 好きに使えばいいとの長虎からの許しを得て、蘭はこの部屋を片付けすることにした。
 人魚の里でも毎日、仕事をして体を動かせている蘭は、じっとしているよりこちらの方が有難かった。
 気も紛れるし、汗をかくことはさっぱりした気分になっていい。
「よおし、やるぞっ!」
 気合を一つ入れて、蘭は部屋の物を次々と回廊に出しては、部屋の中を綺麗に掃除する。
「随分と埃臭いのに、よくやるね」
 片付ける音がうるさかったのか、長虎が口にハンカチを当てて、嫌味を一つ飛ばしてくる。
 文句しかないのなら、様子など見に来なければいいのにと蘭は胃がきりきりと痛んだ。
「物置小屋はあるんですか? このよく分からない大量の荷物をそこに入れたいんですが」
 蘭は事務的な口調でなるべく長くは関わりたくないと淡々とい言い放った。
 すると長虎はむっと眉をしかめて、回廊に転がる荷物の一つを手に持つ。
「これは、全て女性からの贈り物なんだよ。よく分からない荷物とは失礼だね。君、下虜だし使いたい物があればあげるよ」
 暗に下虜だからこのような高級な贈り物は見たことないだろうと言われているようなものだった。
 だから使用させてやってもいいと慈悲の手を差し伸べている長虎のいいざまにはこちらの方がむかむかと腹が立つ。
「結構です、必要ありません。それに封も開けていないのに、放置しておくなんて女性達が可哀想です」
 山と積み上げられた贈り物を見て、どうしてこんなに冷たく意地悪な男に送るのだろうと首を傾げる。
――みんな、見る目がないのね
 きっと容姿と覇者という権力だけで言い寄って来るのだろう。
 覇者など高慢でいい奴など一人もいないと昨日、散々身にしみて分かった。
「君、僕を蔑んだ目つきで見てるね? プレゼントを開けなくても僕は十分に女性の相手をしているから、心配はご無用」
――そんなに顔に出ていたかしら
 蘭は胸の中を知られてぺたぺたと自分の顔を触る。
「僕は女性には困ったことがないから」 
 自信ありげに長虎が微笑んだ瞬間、女性の高い声が空高くに鳴り響く。
 しかも一人ではなく、大勢の女性の声。
――な、なに? この歓声は
 呆気に取られて蘭はつい声がする方に足を向けてしまった。
「君、今はそっちに行かない方がいい」
 回廊を歩いて、道場らしき室内の前で立ち止まると、殺気にも似た視線が蘭を射抜く。
「ここに来ては駄目だというのに」
 追いかけて来た長虎がわしっと蘭の腕を掴んだ瞬間、つんざくような金切り声が耳に届いた。
「長虎様! 誰ですか、その女っ!」
「長虎様〜!!」
「そのような女は放っておいて、こちらを見て下さい」
 蘭が驚いて顔をねじると、庭の先に柵が立てられてあるが、そこから多数の女性の姿が見えて、長虎に声をかけている。
「な、なんですか、これっ」
 口々に長虎の名前を呼び、熱狂的にきゃあきゃあと叫ぶ女性達に呆然とする蘭。
 ――なに、この女性ばかりの声援は
 見たこともない光景が目の前で繰り広げられ、思わずぽかんと口が開いてしまう。
「まぁ、何ていうか。親衛隊みたいなものかな。本家にいないから、こちらに来ていることがばれてしまっているようだ」
 長虎が蘭にしか聞こえないように小さく呟くと、ぱっと腕から手を離し、女性たちに向き直って、極上の笑みを浮かべた。
「やぁ、みんな。このような場所までありがとう」
 冷たい響きの旋律しか聞いたことのない長虎の声音は、春風の如く柔らかく暖かい。
 太陽のような眩しい笑顔を振りまき、手を挙げては女性達に優しく振っている。
――全然、私と態度が違う……
 蘭との扱いが違うことに気がつき、呆れる眼差しを投げるが、長虎は柵から放り投げられる贈り物に礼を述べていた。
「さぁ、行こう。ここに立ち止まっては変に思われる」
 長虎がさっと振り返り、蘭の手を引っ張って女性達の前から去っていく。
「あの、贈り物を拾わなくていいんですか?」
 蘭の疑問に長虎は冷たい視線に戻って見下ろしてくる。
「メイドが片付けるからいいんだ。そんなことまで君に口出しされたくないね」
 長虎は迷惑そうに低くこぼした。
――結局、私のいる部屋に放り込まれるんだわ
 それを聞いて中身を開けられぬまま埃を被っていく贈り物を思うとどうしてか切ない吐息が漏れる。
 あんなに長虎を思っている娘がたくさんいるのに、その扱いはひどいような気がした。
「そうそう、僕はこれからデートだから帰って来るのは遅い。勝手に晩御飯は食べておいてくれるかな」
 長虎が思い出したように述べて、蘭はああそうですかと答えるしかなかった。
 干渉されるより自由にさせてくれた方が蘭にとってはありがたいものだ。
 長虎がいない時間に息抜きをしようと蘭はほっと安堵の息を吐き出した。









202


ぽちっと押して応援して下されば、励みになりますm(__)m
↓ ↓ ↓



next/  back

inserted by FC2 system