河畔に咲く鮮花  

第三章 三十四輪の花 2:ともの花嫁候補・本多稲穂編2


 
  ビールを頭から浴びた娘達はわなわなと体を震わせて、稲穂から敵をいちるにと向ける。
 だが、いちるがそんなことで怯むことがない。
 逆にあんたらのドレスを脱がして、殿方にアピールする手助けしてやるよ、と豪快に笑っては娘達に逆襲し始めた。
 娘達はひっと喉の奥を鳴らして、野蛮な方だわ、雑賀家の変わり者の姫よ、関わらない方がいいわ、などと文句を並びたてて、逃げて行く。
 稲穂はそのきっぷの良さと、男より男っぷりが良いいちるに唖然とするが尊敬の念すら覚えた。
 そこからいちると稲穂は仲良くなり、留学中もずっと一緒に過ごす。気が合い、稲穂といちるは無二の親友となったのだ。

 昔のことを思い出した後で稲穂はふっと微笑んだ。
「いちるとはそこからずっと腐れ縁ね」
 そこまで話をした後で、稲穂は花を持って、剣山に優雅に活ける。
「なんだ、まだ覚えているの? あんな思い出を」
 いちるは恥ずかしそうに短い髪の毛を、豪快にわしゃわしゃと掻いた。   
「だって、私にとっては衝撃的だったわ。これでも助けてくれたことに感謝しているの」
 稲穂は一つ笑うと、また茎をパチンと裁つ。
「……だから、家朝様があのパーティの時に同じことをして、ドキッとしたのは確かよ」
 稲穂は花を手に持ったまま、少しだけ遠くを眺めた。留学を終えて帰って来て、早々に覇王の祝賀パーティに呼ばれた。
 父が行けとうるさかったし、少年覇王になった家朝様に挨拶して来いと送りだされる。
 聞けばいちるの家にも招待状が届いたらしくて、一緒に行くなら安心と思い、パーティの場にやって来た。
 パーティルームに姿を現したともを見て、稲穂は一瞬で目を奪われる。
 戴冠式パレードには間に合わなかったので、初めてともをこの目で見たのだ。
 美少年と噂は聞いていたが、それは稲穂の想像以上のものであった。
 元々、外国の血が入っているともは、抜けるような白い肌に、青く澄んだ深い瞳を持っていた。スッと伸びた鼻梁も肉感的なふっくらとした唇も、醸し出す雰囲気も清廉で瑞々しい。
 その中にどこか怪しい毒気を含んだ、艶やかな魅力にも惹かれる。詰めた襟元を外して、そこから覗く胸元も滑らかで美しく、思った以上に逞しい。
 色気も兼ね揃えたともに流し目でもされたら、緊張して金縛りにあいそうだった。
 影で見守っている胸はどきどきと高鳴るが、元々積極的ではない稲穂は声を掛けられずにいた。
 若干十七歳だというのに、その威風堂々とした風格あるオーラにも気圧される。
 稲穂より三歳も年下の少年に、すっかり気遅れしてしまい、いちるに背中を押されても、その場で固まっていた。
 それにどうせ由緒正しき家系の娘しか相手にされないとネガティブな発想にもなる。
 覇王に見合うのは、結局家名と、その家の美しき娘達だけ。
 それを現しているかのように、ともの前には色気のある娘達が近寄っていく。
 それもブラ姿であからさまなアピールの方法だった。
 そんなもの達に、稲穂が適うはずもなく、ただ呆気に取られて見ているだけだ。
「あいつら、はしたねぇな。でも結局、男はああいうセクシーアピールの方に傾くのかね」
 それを見ていたいちるも顔をしかめて、やれやれと髪を掻きあげる。
 大きな胸を見せつけるようにしている娘を見て、稲穂は完全に負けていると長い溜息を落とした。
 その上、年の若い娘もともの争奪戦に加わり、挙句は喧嘩をおっぱじめる始末。周りは楽しんでいるようで、それすら趣のある趣向だと勘違いしている。
 やはり覇王の世界にもなると、それぐらい笑って楽しむ気持ちがないといけないのだろうか。
 遠い世界だと思いながら見ていると、ハッと目が覚める出来事が起こった。
 ともが酒だるを持っては、娘達にぶっかけたのだ。
 いちるがしたこととシンクロして、稲穂は唖然とする。
 ともは、家名や色気だけに流される男ではなかった。
 それだけでも稲穂はとものことが気にかかる。
 ともの内面を見た気がして、好感がもてた。
 だが、ともは冷めた口調で、娘達を退出させる。
 実は冷酷で恐ろしい人なのかと稲穂の心の火は小さくなった。
 場はお開きとなり、稲穂はいちると一緒にベランダへ出る。
 さっきのは凄かったな、などといちるが興奮した様子で話して、稲穂も頷いた。
 そんな他愛もない話をしている時に、ともが目の前に現れたのだ。あまりに驚き、身が引き締まる。
 名前を告げようにも、緊張で声が張れなかった。
 地味で暗い娘に思われたに違いない。
 恐縮していると、ともはいちるのことで、ぱっと咲かせる笑顔を浮かべた。
 その瞬間に、稲穂の心の中の火はぼっと燃えあがり、再燃し始める。
 なんて無邪気に綺麗な笑顔で笑うんだろう――
 この人は冷酷で恐ろしい男ではない、そう確信していつまでもともの弾けるばかりの笑顔を見ていた。
 一人でにやにやと微笑んでいる稲穂に、いちるが慌てたように服装を居なおす。
「おい、稲穂。ぼけっとするなよ。家朝様が来たよ」
 目の前でいちるに手を振られて、稲穂はハッと我に返る。
 一瞬なにを言われたか分からなかったが、ともが来たと言われて背筋が勝手にぴんと伸びた。思い出に浸っていた脳は冴えて、目の前の現実に意識を戻す。
「ごめんね、長いこと放っておいて」
 こつこつと上等な革靴を鳴らしては、久しぶりにともが姿を現した。
 稲穂の目の前で止まり、ゆるりと花器に活けられた花を見やる。
 すぐ傍に立たれただけでも、稲穂は緊張して顔をきちんと見ることが出来なかった。
 ともはそんなことも気にしていないのか、のんびりとした調子で喋る。
「どう? 不自由はしてない?」
 優しい声音で問いかけられて、稲穂はどきどきと胸を高鳴らせた。
「は、はい。もったいないほど贅沢をさせていただいております」
 稲穂が緊張した声音で返すと、ズイッといちるが一歩ともに近寄った。
「不自由はしてませんが、家朝様が顔を出さないんで、稲穂が寂しがっていますけど」
 いちるがとんでもないことを言うので、稲穂は驚いて振り仰ぐ。
 いちるは任せておけと、片目を瞑るが、稲穂は胸中穏やかではない。
 はしたないと思われたらどうしようか。
 焦りを刻む稲穂にともの視線が向けられ、ますます緊張が増す。
「ごめんね、僕がここにしばらく住めって言ったのに」
 ともを盗み見すると、優しい笑みが降ってきた。
――そんなに優しい目で見られたら、恥ずかしい 
 稲穂は頬を朱に染めて、もじもじと手を動かせた。
「放っておいてばかりのお詫びじゃないけど、夕方に客人が来るんだ。その時に一緒にお茶でもどう? 夕食も兼ねて軽食も出させるから」
 ともの思いがけない誘いに稲穂はどくんと胸を跳ねさせる。
 早く頷けばいいが、委縮してしまいそれが出来ない。
「もちろん! 参加します!」
 変わりにいちるが元気良く答えて、君には聞いていないんだけどって、ともがまたおもしろそうに笑う。
「じゃあ、また夕刻にね……ねぇ、この花って鮮やかな赤で綺麗だね。僕は花には詳しくないんだけど、なんて花?」
 花器に活けられた花が気になるようで、ともはそう質問してきた。
 稲穂は今度こそ頑張って話そうと、ともを振り仰ぐ。
「これは、蘭の花です。家朝様」
 そう言うと、ともはハッと目が覚めたような表情を刻んだ。
「このお部屋は白くて、少し寂しい感じがしたので、色のあるこの蘭の花を活けようと……」
 稲穂はそこまで言って、言葉を途切る。
 ともはもう話も耳に入っていないようで、ゆるりと剣山から蘭の花を取った。
「あっ、家朝様……」
 稲穂は驚いて、ともを見つめるが、じっと蘭の花に視線を落としている。
「……普通は花器に活けるような花ではないのですが……」
 花器に活けているのが珍しいと思ったのか、稲穂はそういう風にともに説明する。
 ようやくともは我に戻ったようで、手に取った蘭の花を顔に近づけた。
「……そうだね、この花は大人しく花器にまとまる花じゃない」
 意味深なことを囁き、ともは蘭の花の香りをすーっと鼻に吸い込ませた。
 その瞳はどこか寂しそうで、憂いを含んでいる。
――家朝様?
 様子が違うともの顔を見つめるが、愛しそうに蘭の花を愛でているだけだ。
「ねぇ、この花を貰っていくね」
 ともはそれだけ淡々と言って、大事そうに胸の前に留めては蘭の花を持って行く。
 その後ろ姿はどこか哀愁を漂わせて、いつまでも稲穂の目に焼き付いていた。








三十四輪の花 ともの花嫁候補・本多稲穂編2 end









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