河畔に咲く鮮花  

第三章 三十二輪の花 4:ともの憂鬱 特別編終章


  花見が終わり、時間が経っても、ともの憂鬱は終わらない。  
 屋敷を訪ねても花見の日から蘭に会わせてくれないし、こもったままで外にも出てくれない。
 せっかく雪が大阪に行って、最大のチャンスがあるっていうのに。
 やきもきとしていた中、徳川の見張りから連絡が入った。
 蘭が護衛の貴族の息子と一緒に義鷹の家へ向かったというのだ。 
 調べさせたら、貴族の息子の借金借財を返しに貰いにいったようだ。
 相変わらず、そういうところは優しいよね――ともは自嘲の笑みを浮かべる。
 それでも損も得も考えずに行動する蘭のことが愛しく感じた。
――早く行かないと義鷹が手を出すかも知れない。
 義鷹が蘭を見て、いつも優しい微笑みを漏らしている姿は信じられない光景だった。
 冷徹で氷と世間では言われている男なのに。
 そのぐらい義鷹は蘭に執着している。
――他の奴に触れさせたくなどない
ともははやる気持ちを押さえて、目前に控えた誕生パーティの打ち合わせを何度も重ねた。
 そしてとうとう十七歳の――その日を迎える。
 天気は悪いが、そんなことはどうでもいい。
 誕生パーティが終わり、早く蘭の元へ走って行きたい。
 相変わらず、女共はともに世辞の言葉を述べて、その懐に入り込もうとする。
 女達の明け透けの欲望も悪くはないが、ともの気持ちは蘭に飛んでいた。
 はやる気持ちを我慢をして、義鷹の屋敷に到着したのは夜も遅い頃。
 義鷹の奴は、血相を変えてともを止めようとした。
 だけど、雪もいないこの時点では家朝に歯向かえる奴はいない。
 可哀想な、義鷹――お前も御三家に生まれてくれば良かったのに。
 ともは義鷹を哀れにも思いながら、蘭の部屋へ入って行く。
 その場に姿を現した雪がつけた警護の貴族の息子。
 ともは姉小路家のことも調べていた。
 雪はああ見えて真っ直ぐで、変に純真なところがある。
 蝶子が男色だと偽って、蘭の警護につけたことも知っていた。
 あの蝶子がわざわざ、蘭に警護を付けようと親切心を出すわけがない。
 裏を返せば、企みがあるということだ。
 ――どうせ、そいつを使って蘭を雪から引き裂いて、自分が第一夫人の座に就こうとでも思っているんだろう。
 ともからすれば蝶子の考えそうなことがすぐに分かる。
 だが、雪はそういうところで鈍感だ。
 腕の立つ公人を気に入り、男色を信じる。
 それが嘘でも貴族程度に覇王の妻に手を出す度胸はないと思っているのかも知れないが。 
 だが、公人は裏で蝶子と契約を結ばされている。
 借金の肩がわりをして姉小路家を救ってくれている女に逆らえるはずがない。
 崖っぷちの公人はがむしゃらでその契約を実行するだろう。
 調べればすぐに分かることで、公人は男色ではない。
 しかも色んな権力者の女と寝ては、パトロンとなってもらい慮にして、たくさんの金を引っ張って来ていた。
 ――かなりのやり手だ、こいつ。
 こんな手慣れた男にかかれば、免疫のない純粋な蘭など一発で落とされる。
 それを心配していたのに。 
 なのに、こいつ本気じゃないか――
 公人は雪の名前まで出して、ともから蘭を引き放そうとする。
 自分が仕掛けておいて、蘭の慮になったのは公人の方か。
 ――さすがは蘭おねーさん、みんなが魅力を分かってくれるのは嬉しいけど、こいつと寝たよね?
 公人の態度を見れば一目瞭然だ。
 警護の枠を超えて、蘭を本気で守ろうとしている。
 ――ああ、苛々するなぁ
 こんな奴に先を越されたかと思うと、ともの苛立ちは増していく。
 ――でも、これからはこの僕が蘭おねーさんを愛し、守るよ
 覇王の記がない蘭は、まだ雪のモノではない。
 いいかえると、誰のモノでもないのだ。
 とにかく今は、蘭をこの手に入れることを考えよう。
 ともは戻ることが出来ない道を歩もうと決意する。
 雪のことを考えると本当は胸が痛む。
 ――だけど、雪。文句は言えないよ。僕は学んだんだ、本当に欲しいモノは自分の手で奪うしかないと
 ともは決意した瞳を上げて、まっすぐに蘭を見つめた。

 ――さぁ、最高の誕生日を僕に与えて。
 一生、忘れ得ない夜を、この僕に刻み込んで――。

 ともは十七歳の誕生日の夜に、蘭を自分の手の中にした。
 想像以上にそれは素晴らしく、なによりも甘美な思い出となる。
 一度、触れてしまった禁断の果実は甘い毒を含む。
 ともの精神を蝕み、もっと貪りたくなる。
 そこからともは、毎日のように義鷹の屋敷に通い、蘭を抱いた。  
 蘭を孕ませたら自分のモノになるかも知れない。
 それは雪に文句を言われる筋合いもない。
 蘭はまだ正式な妻ではないのだから。
 ――なんでも自分について来ると思っているからだよ、雪。
 なのにもう一人、すぐ傍で邪魔者がいた。
 義鷹はわざわざ避妊薬を蘭の食事に混ぜては、過ちがあることを事前に防いでいたのだ。
 離れに蘭がいなかったので、本家に出向いた時にメイドがいれているのを見てしまう。
 ――そんなことでこの僕が引くとでも思っているのか
 所詮、義鷹はそれ程度しか出来ない。
 権力者といっても、貴族ではこの覇者の徳川には逆らえない。
 だけど、ともは義鷹をみくびり過ぎていた。
 たかだか貴族と思っていたのに、この徳川に牙を剥くとは。
 両親は義鷹が仕組んだ計画によって、事故を引き起こし、重体に陥った。
 もちろん、あの腹黒い義鷹が証拠を残しているわけはない。
 義鷹という修羅を宿した男を侮りすぎていたのだ。
 それも全て、ともから蘭を引き放す為だけに。
 その情念はもはやうすら寒さまで覚える。
 この結果が凶と出るか吉と出るかはとも自身も分かっていなかった。
 だが、ベッドから起き上がることのない両親を見ては、とうとう決意を固める。
――義鷹、きっとお前に取ってはこの行動は凶だったよ
 ともは徳川の当主として君臨することを決心する。
 同時にもっと揺るがないような基盤を作らなければならない。
 若干、十七歳の若き少年がリーダーになり、徳川家を引っ張っていかなくてはならない。
 いつまでも子供で、親の権力を笠に遊んでいたともは変わらなければならなかった。
 みんなを納得させるような、絶大的な力と礎がともには必要だった。

 ――いいか、当主ってのはそれだけ責任がかかってくるんだ。
 仕えている者を路頭に迷わすのも、導いて行くのも全ては当主の腕にかかる。
 その上、覇王なんざ死ぬほどめんどくせぇ。
 家どころか国のトップだぞ。
 本当にくだらねぇよ。

 ふっと雪の言葉がともの頭の中を駆け走っていく。
 くだらないと言っている割には、民達には崇められている。
 その傍若無人さと、カリスマ性は民衆を惹きつける魅力の一つだ。
――でも、雪。そんなにくだらないなら僕がやってあげるよ
 雪の性格では敵も多いし、実際に暗殺未遂は腐るほどあった。
 ――もう引退して、この若い僕に任せなよ。
 そして、蘭おねーさんをちょうだい。
 ――いや、奪わせてよ。
 ともは数ヵ月の間で国のトップになることを決める。
 独自に調査をし始めて反勢力の伊達を引き込もうと考える。
 もう、雪と秀樹の後ろではいたくない。
 いつまでも、二人の背中を見ていたくはない。
 今度はともが背を向けて、追いかけられる番だ。
 「王手(チェックメイト)」
 ――クィーンを奪うのは誰?
 そう――今度はこの僕が全てを奪う――そう決めたのだ。
 綿密な計画を施し、ともの思うままに進んで行った。
 蜘蛛の罠にかけられているのも知らない雪と蘭。
 本玉寺では義鷹に襲撃されたが、ともは無事だった。
 すぐに義鷹を取り押さえ、同じ地獄を味わそうと思った。
 大好きな――大好きな雪と蘭がいなくなり、それでもともは前へ進まなければならない。
 覇王の記を手に入れたともは、新生・覇王となり眼下に広がる世界を見下ろした。
――本当に、自分が覇王となったのだ
 全ての権力と地位をこの手にいれた。
 なのに、このぽっかりと空いた胸の空洞はなんなのだろうか。
 ともは、世界の景色を見ながら溜息を落とす。
 覇王となった今でも、ともは相変わらず憂鬱は治らず、曇りきった瞳で、この無常の世界をいつまでも目に焼き付けていたのだった。
 


特別編 ともの憂鬱 終 





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