河畔に咲く鮮花  

第三章 三十二輪の花 3:ともの憂鬱


 
 そこからまた時間は流れて、学園では秀樹と過ごすことになる。 
 ――やっぱり、童貞捨てようかな
 男が大事に取っておくなど馬鹿みたいだった。
 蘭は手に入れられないところにいってしまった。
 普通の男はどういう気持ちで童貞を捨てるんだろう。
 女の子が読む漫画では、初めては好きな相手と結ばれたいって描かれていた。
――好き……ねぇ
 そういえばそんな感情を持ったことがない。
 ただ、シタイと思う相手が蘭だったというだけで。
 漫画にあるように、どきどきと胸が高鳴るんだろうか。
 そういえば、蘭に初めて会った時も心が踊った。
 でもあれは、物珍しいと思ったからであろう。
 花器にまとまらない花――そう思って興味を惹かれた。
 蘭と会っても、いつも胸が痛むだけ。
 ざわざわしたり、火傷したような痛さが胸を焼く。
――こんなの漫画に描いてある、どきどき感とは違うよね
 やっぱり好きという感情が分からないともは、諦めて童貞をさっさと捨てようと思い直した。
秀樹は相変わらず特定の恋人はおらず、とっかえひっかえで女と遊んでいるし。
 あんな風に割り切って遊ぶなら楽しいのだろうか。
 まだ迷いが生じるともは、憂鬱な毎日を過ごしていた。
――やばい、もうすぐで十七歳になるのに
 脱童貞宣言してから二年がきてしまう。
――なにやってんだか
 ともは疲れてしまうと、童貞にこだわる考えを止めることにした。
 今度、シタイなと思った娘と経験すればいい。
 そのぐらい単純なことに気がつき、気持ちを軽やかにした。 
 そんな折、後少しでともが十七歳となる前に、雪の屋敷で花見が行われることになった。
 雪の屋敷に来るのも久しぶりだと、ともは一斉に花を咲かせる桜に視線を向ける。
 ざっと一陣の風が走り抜け、眼前が桜色に染め上がった。
 その中でともの視線は自然に、惹かれるように蘭の方へ向いてしまう。
 桜の花びらが、はらり、はらりと舞い散り、その中心で佇む蘭を見て、ともは泣きたいほど切ない気持ちに襲われた。
 学園で初めて会った時よりも一層艶やかになっていたが、その美しさの中には清らかさも滲ませている。
 桜降る中で、光を発しているような――ともの目にはそんな風に映った。
 そのあまりにも美しい情景に胸は痛いほど締め上げられる。
 視界の全ては止まり、静止した世界でともは、ただただ蘭を見つめていた。

――ああ、これが恋しているってことなんだ
  
 ともは遅すぎた自分の気持ちに触れて、ちりっと痛む胸に手をやった。
 ――今頃、気がついてしまった。この気持ちに
 これが好きって気持ちだったなど誰も教えてくれなかった。
 どきどきすると同時に、胸を焦がす苦しい気持ち。それで目が離せなくなるほど愛しく切なくて――
 ――恋って嬉しいだけじゃないんだ
 切ないほど胸をじりっと焼くような痛みをどうすることも出来なかった。
 雪におねだりしても蘭のことは譲ってくれないだろう。
 ともは自分の不甲斐なさを今更ながらに呪った。
 全てはこの手に入ると思っていた。
 ねだれば、雪も秀樹もなんでも譲ってくれると思っていた。
 だが、それは大きな間違いだと気がつく。
 欲しいモノは雪のように、自分で全て奪っていかなくては――
 その夜、眠れずにふらりと蘭の寝室まで足を運んでしまっていた。
――どうする気? 蘭おねーさんを襲って自分のモノにする? 
 それは雪に喧嘩を売るも同然。覇王に歯向かい均衡が崩れる。
 もやもやする気持ちを押さえながら、そっと室内を覗いてしまう。そして、そこで見た光景に絶句してしまった。
 秀樹が馬乗りして蘭を襲っているのだ。
 手が震え、何度も助けに入ろうと思ったことか。
 だがその瞬間、悪魔がともに囁く。
 これを利用する手はない。
 証拠さえ押さえれば、蘭は自分の言うことを聞くはずだ。
 ともは自然にポケットから携帯を取り出し、二人の行為を録画した。
 ぎりっと奥歯を噛み締め、腹ただしさを我慢する。
 ――今すぐにでも秀樹を殺してやりたい。
 そんな恐ろしい気持ちが芽生え始めた。
 兄のような秀樹にこれまでもお世話になりっぱなしだったのに。
 ともは、自分の中に眠る闇の部分を見て、怖くなる。
 その反面、理性は崩れ去り、ともは蘭を手に入れる未来を思い描いた。
――もう、止められないよ。この気持ちは。蘭おねーさん、覚悟してね
 ともは決意を固めて、蘭に堂々と十七歳の誕生日に貰いに行くと公言した。
 誕生日という記念すべき日に蘭を抱く。
 ともにとって一生忘れえない誕生日になるだろう。
 それにどこか寂しそうな蘭を見て、ともがこの手で幸せにしたいと感じる。
 蘭の指にはまだ覇王の記が嵌められていなかった。
 ――雪の奴、まだ与えていないんだ。
 それを思うと、苛立ちもした。
 そんな薄っぺらの愛で、自分のモノにしたと思っているのか。
 雪の周りは蝶子や典子がいた。
 それを不安に思っている蘭はどこか悲しげであった。
――ああ、僕ならそんな想いはさせないのに
 蘭おねーさん待っていて――と心の中で囁いては、ともは屋敷を去って行った。






 





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