河畔に咲く鮮花  

第三章 三十二輪の花 2:ともの憂鬱


 数秒、見惚れていたともは我に返り、寝たままの娘をじっと見下ろした。 
――なんだろう、このざわざわする気持ち
 ともはその感情がなにかも分からずに、娘に話しかけた。
 ネクタイを見ればともより、三歳上になる。
 でも、見たことはない。
 こんな子がいれば、すぐに秀樹の目に止まるだろうに。
 最近、貴族の称号を買った商売人の娘だろうか。
 もっと近寄りたい、触れたい、話しかけたい。
 ともはその瞬間から、選考に残した娘のことをすっかり忘れ去っていた。
 どくどくと早まる心音を聞きながら、ともは柔らかそうな娘の腹に跨った。
――とても、柔らかくて気持ちいい
 ともが腹の感触を確かめていると、娘は慌てたように体をねじって、眉をしかめている。
 その様子がおもしろくて、くすりと笑ってしまう。
 しかもこの徳川家朝を見ても何一つ動揺はせずに、生意気な言葉を吐いてくる。
――あはっ、なんだか楽しいなぁ
 ともはわくわくする気持ちを押さえながら、娘との会話を楽しむ。
娘のかぐわしい吐息や、柔らかい肌の感触に触れて、ともは激しい性的衝動に駆られた。
――決めた、僕の初めての相手はこの娘にしよう
 初めての相手にすると言ったのに、娘は喜ぶどころか自分にも選ぶ権利があると主張をする。
 本気で言っているのかと思い、ともは少しだけ勘に障った。
 この徳川家朝の初体験の相手という栄誉を与えているのに、娘が断ってくるとは。
 そんな娘がいるとは、信じられなかった。
 でもすぐにともは口の端を上げて微笑む。
――いいね、そんなこと言われたら、ますます自分のモノにしたくなる
 この家朝に手に入らないモノはない。
これまでもそうだったし、これからも全てが手に入ると疑わない。
 娘は焦ったのか、今川義鷹の名前を出してきた。
――義鷹を知っているのか? じゃあやっぱり貴族の縁者かなにか? まさか、嫁とか言わないよね。そうであっても僕には関係ないけど
 義鷹との関係を知りたくて、ともは娘の顔を覗き込む。
 大人の中で生きてきたともには、人の嘘を見破れる力をつけていた。
 ――さぁ、嘘を言えばすぐに分かるよ。どんな奴でも動揺し、脅えを瞳に刻む。その瞬間を僕は逃しはしない。
 だけど娘は惚けるばかりで、ぽかんと口を開けたままだ。
 言うことにかいて、ともの瞳が空のようだと囁く。
――やばい、おもしろすぎる
 こんな娘は今までに会ったことがない。   
 ああ、もう我慢が出来ない。今すぐにでも自分のモノにしたい。
 なのに、運命は残酷だ。
 娘は義鷹どころかともが尊敬し、心を許す兄であり、親友でもある雪と知り合いだったのだから。
 覇王――織田信雪の知り合い。
 娘は森下蘭といって、しかも下慮の出だという。
 その事実を突きつけられて、ともは一瞬だが思考が止まった。
――下慮だって? 
帝王学で学んだことはあるが、実際に見たことも下慮街に出向いたこともない。
下慮なんて本当にいるのかと思うこともあった。
 それがこの目の前の蘭が下慮だという。
 なんの気まぐれか雪は小姓として傍に置き、この学園にも編入させたようだ。
 雪は昔からそういう一面はあった。
 一般市民街から料理の腕がある男を拾っては、自分の屋敷のシェフにしたり、腕が立つ男が入れば、剣法の指南役に任命したり。
 だけど女を傍に置いて、最も身近な小姓にするとは天と地がひっくり返ってもあり得ないことだった。
 それが下慮だということも――
 さすがは、雪。やることが大胆だ。
 あれだけ女を近寄らせなかったのに。
 もし、女を傍に置くとしても、結婚して身持ちを固めてからだな、とぼやいていたこともあったのに。
 義鷹の屋敷で二人は出会ったらしいが、義鷹も義鷹だ。
 貴族のくせに、下慮を拾ったとは。
 でも、この学園に通うということは、これから毎日会えるということだ。
 それだけでもわくわくして、胸がときめいたのだった。
それから毎日、蘭と顔を会わせて、雪に振り回される様を見ながら、楽しい時を過ごす。
――蘭おねーさんは雪の女なのだろうか? だけど、覇王になる雪が下慮の蘭と結ばれるはずはない
 だったら、僕がもらってもいいよね?
 結局、雪は慰み者の相手として、蘭おねーさんを囲っているだけだよね? 
 だったら僕が引きとって、家に置いてもいい。
 そんな折に最大のチャンスが訪れる。
 蘭と二人きりになれるなんて、そうそうないことだ。
 雪がいつもべったりで、つけ入る隙がない。織田家を抜けだし、義鷹の屋敷でも蘭を傍に置いているらしいし。
 そのぐらい雪が夢中になるほど、蘭おねーさんのあそこの具合がいいのだろうか。
 それを想像したらぞくぞくと欲情が掻き立てられた。
 ああ、早く挿入したい。
 蘭が保健室に行くのを見計らって、心配だから雪に見て来ると断りを入れた。
 雪はそれを了承して、見送ってくれる。
 蘭には雪について行けと言われたと嘘をついて、一緒に保健室までついて行った。
この学園の保健室の保険医はベルで呼び出さないと来ない。
 それを知っているともは、内側から鍵をかけて蘭をベッドに寝かしつけた。
――ああ、もう待てないよ。蘭おねーさん。
 蘭の吸いつきたくなる官能的な唇は、想像以上に柔らかくて甘かった。胸も綺麗で薄く色づいた桜色の蕾もかわいい。
――そうだよね、これじゃあ雪も義鷹も夢中になるよ
 だけど蘭はまだ処女だと顔を赤らめながら言った。
 雪がまだ手を出していないことにも驚いたが、反面嬉しくもなる。
 じゃあ、蘭おねーさんの初めての相手はこの僕ということだ
なのに、また蘭からやっぱり駄目だと断られる。
 ちりっと胸に痛みが走り、息苦しくなった。
 ――どうして、この徳川家朝のことを断るの? 
 なぜか悲しくなって、どくどくと心音が早まる。変な緊張が走り、血流の流れも早くなっていく。     
 初めて自分の中に欲求というものが芽を吹き出す。
 この手に入れられないものはないのに。
 絶対に、絶対に蘭をこの手にする。
 そう思うと、いつの間にか逃げても地の果てまで追いかけると言ってしまっていた。
 大人しくなる蘭を見て、ともは満足する。
――そう、蘭おねーさん、諦めて
 だけど緊張して焦ったともは、挿入行為が出来ずに精を吐きだしてしまった。
 その時はそれでも満足だった。
 十分に気持ちが良かったし、蘭と一緒に眠りにつけたから。
 別に焦らなくてもゆっくりと時間をかけて手に入れればいい。
 だがそれはともの大きな誤算でもあった。
 ともは雪を見誤っていたのだ。
 雪はあの斎藤家の蝶子を蹴ってまで、戴冠式で蘭をその手に入れた。
 ステージでキスを交わす雪と蘭を見て、ともは茫然と立ちつくしてしまったのだ。
じりっと火傷のような熱い感覚が胸を焼く。
 それでもともにはそれが何の感情か分からなかった。
 その後も雪と蘭の初夜を見せつけられて、ともは疑似で自分もしている気になる。
 浅ましいほど腰を振り、二人を見ては自分のを扱いて、燃え尽きた。
 それから時は経って、蘭に会えない日々を過ごす。
 覇王の妻となった蘭は雪の屋敷で毎日こもっていた。
 その間も、ともの気持ちは会いたいという気持ちが増して、心が痛み始める。
――苦しい、なんなの? この気持ちは
 会えない日々も、ともは色んな娘からのアプローチを受けていた。 
――そう言えば、まだ童貞だったよ、僕
 綺麗な娘も可愛らしい娘も色気のある娘も、よりどりみどりで選ぶことが出来る。
 十六歳になったともは、一段と美しくなり、背も伸びた。
 艶やかな雰囲気も身につけ初めたともは、娘達に擦り寄られては何かと理由をつけて断る。
 久しぶりに蘭に会ったのは秀樹が催した小夜時雨パーティの時だ。
 うるさい音楽と暗がりの中で熱狂的に踊り狂う若者たち。
 その中で、壁際に咲く花を見つけた。
 見た瞬間に体が勝手に動いて、真っ直ぐにその場所へ向かった。
――どうして、君は寂しそうなの?
 周りに雪の姿は見えない。
 自分のモノになったからって、こんなところに一人にしておくなんてともには信じられなかった。
――やっぱり、僕は蘭おねーさんとシタイ
 雪がいない今なら経験出来るだろうか。一回ぐらいシテもいいよね、ともはそんな風に思ってしまう。
 ともは蘭を誘い、カウンターまで連れていった。
――君に色目を使うけど、いいよね?
 そう意味合いを込めたカクテルを差し出して見たけど、思わぬ邪魔が入った。
 石田三久――真面目で冗談が通じない、秀樹の家に仕える男。
 いつもは西にいるはずなのに、今日はこちらに出て来ているらしい。
 ――雪の花嫁を見に来たのか?
 意外にミーハーなところもあるんだな、ともは心の中だけでそう三久に語る。
 三久がここにいれば蘭を口説くことはもう出来ない。
 出来ない相談……だと嫌味げに三久からカクテルを返されたし。
 ともはこれ以上は無駄だと今回は引くことにしたのだ。







 





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